講談社から出ます。 | south coast diaries

講談社から出ます。

3月20日に発売予定 です。チェックして下さいね!! 




sunshine from irvine




オビキャッチ:アメリカ一辺倒では国益を損なう大きな理由

オビリード: インテリジェンスの専門家だからこそ書けた、日本の外交と安全保障の変遷

初版部数: 12000部:刊行日 2009年3月20日



第一章 戦略思考に弱い日本


日本に戦略思想がないと明言するキッシンジャー、シーレーン構想の真の目的、統幕議長ですらシーレーン構想の意図を理解できなかった、上兵は謀を伐つ


第二章 二一世紀の真珠湾攻撃


ブッシュ政権はテロ予告情報に何故反応しなかったのか、謀略はあくではない、北方領土の利用価値


第三章 米国の新戦略と変わる日米関係


ソ連の脅威が消滅するショック、ソ連崩壊後の最大の脅威は日本、米国が警戒した樋口レポート、新たな日米安全保障関係の構築


第四章 日本外交の変質



日本外交はいつから変質したか、「同盟の非対象をどうみるか」、日本は何故「日米共通の戦略」の道を邁進するか、日米関係を変える中国という要因



第五章 イラク戦争はなぜ継続されたか


米国の各種戦略とイラク戦争、駐留長期化は治安維持に寄与しない、戦争が継続された二つの理由


第六章 米国の新たな戦い


オサマ・ビン・ラディンの戦いの目的、コーランの教えは過激か、ハマス・ヒズボラへの対応が中東安定の鍵


第七章 二一世紀の新戦略



核兵器の歴史的使用を模索したブッシュ政権、ジョセフ・ナイの論理、戦争に勝利する手段としての核兵器、一九六〇年代の核戦略に学ぶ


第八章 日本の進むべき道


核兵器保有は日本の安全保障拡大に利さない、米国の北朝鮮政策を読み間違える日本、ミサイル防衛は有効か、グローバリズムと抑止効果、国際的に高い評価を得る日本



私は一九八六年から八九年にかけ、イラン・イラク戦争の中、在イラク日本大使館で次席として勤務した。この時、月一回、米、英、独、仏、日からなる西側大使館次席会議が開催され、ここでイラクの内外動向を討議した。米国からはウイルソン公使が出席した。


このウイルソンが二〇〇三年のイラク戦争で一気にマスコミの寵児となった。米国のイラク戦争開始の理由はイラクの持つ大量破壊兵器である。その中でも核兵器開発が大きな焦点だった。イラクがアフリカのニジェールから核燃料のウランを購入したという情報が浮上した。二〇〇二年ウイルソンはCIAに依頼されてニジェールに飛んで調査し、「噂は根拠なし」と報告した。しかし、ブッシュ大統領はイラク攻撃前の演説でイラクの核兵器の脅威を強調し、その証拠としてイラクのアフリカからの核燃料の購入を指摘した。この経緯を踏まえ、ウイルソンは二〇〇三年七月六日、ニューヨークタイムズ紙に「ブッシュ政権はイラク侵攻を正当化するためにサダム・フセインの大量破壊兵器についての情報を操作したか? 数ヶ月にわたる私の政権との関わりに基づけば、イラクの核兵器に関する情報はイラクの脅威を誇張するために歪められたと言わざるをえない」との論評を発表した。


ホワイト・ハウスはこの記事に怒った。七月一四日ノバク記者が「ウイルソンの妻はCIAの工作員」という暴露記事を書いた。報復である。CIA工作員の名前がでると、本人や外国での協力者は生命の危険まで出る。工作員として活動する道は絶たれる。この記事はブッシュ政権の反対者に対する報復であるとして、関心を呼び、ウイルソンはブッシュ政権の誰がこの情報を記者(複数)に漏らしたか徹底的に追求する姿勢を示した。不思議なことに、この事件に関与したウイルソン、CIA長官テネット、暴露した記者のノバク、情報を新聞記者に提供したアーミテージ国務副長官のいずれとも私は会っている。


二〇〇四年九月ドルファー団長率いる米政府調査団は、イラクでは湾岸戦争以降国連の主導によって大量破壊兵器はほとんど破棄され、脅威は不在だったと報告した。さらに九・一一(同時多発テロ)調査特別委員会はイラク侵攻の今一つの理由、サダム・フセインとアルカイダとのつながりを否定した。しかし米軍はその後もイラクに残った。ではイラク戦争を開始した理由は一体何だったのか。石油鉱区獲得の狙いの理由も調べてみると薄い。


ノーベル経済学賞受賞のクルーグマンは著書「The Great Unraveling」の中で「真の理由を見つけるには、自らが調べるホームワークをしろ」と指摘している。イラク戦争開始の真の理由を解明する手がかりは一九九一、九二年にある。この時期ソ連は崩壊した。冷戦期の米軍の戦略、装備はソ連の脅威を前提にしている。このソ連の脅威がなくなると米軍の戦略、軍備はどうなるのか。この時期、歴史上大国は海外への過大な軍事展開で自滅していくと説くポール・ケネディの「大国の興亡」が注目された。冷戦終結後、米国国民が脅威と感じたのは何であったか。日本の経済力である。ここで米国は安全保障上の大きい岐路に立った。軍事費を削減し経済に資源を注入するのが一つの選択である。今一つは世界最強の軍をそのまま維持する。米軍は後者を選択した。しかし議会は脅威がないところに強力な軍は不要と主張する。ここで米国政権は、イラン、イラク、北朝鮮の脅威を前提にする戦略を作る。この脅威に受動的に対応するのでなく、場合によっては積極的に介入し、体制変換も目指す姿勢を打ち出した。これがブッシュ(父)クリントン、ブッシュ(子)の大統領時代の一貫した戦略となる。この延長線上にブッシュ大統領(子)のイラク侵攻がある。そして多分、オバマ大統領のアフガニスタン軍事増派がある。


では冷戦終結時、米国国民の大多数が脅威とみた日本はどうなるのか。米国が軍備増強を図り、日本が経済に特化する構図はまさに、ポール・ケネディの「大国の興亡」の世界である。ここから日本を米国の軍事展開に協力させる方針が出る。この方針を作ったのはナイで、一九九五年二月「東アジア戦略報告」を策定し、これに呼応する形で同年一一月「新防衛大綱」が制定された。この流れはその後さらに発展し、二〇〇五年日米間で署名された「日米同盟 未来のための変革と再編」では日米は共通の戦略の下、世界を舞台に軍事展開をすることが決定された。


イラクの泥沼から脱出するかにみえた米国はアフガニスタンの泥沼に入ろうとしている。米国の軍事戦略は大迷走の中にある。米国の戦略に合わせようとする日米同盟も迷走の中にある。この時期、まさに米国の戦略は何か、それとの一体を強める日米同盟は何なのか、それは日本の国益に合致するかを問う時期にある。その解を試みたのが「日米同盟の正体」である。批判が出よう。ただ、この本で提示された証拠をどう解釈するのか、それを読者に試みて戴ければ幸いだ。