先日の大阪万博での土下座強要事件にヒントを得て星新一風のショートショートを書いてみました。よかったら見ていって下さい。
土下座強要時代
N氏はコンビニ店員だった。ある日、客の男が理不尽な要求をしてN氏に詰め寄る。要求が通らないと見るや男はN氏を怒鳴りつける。
「店長を呼べ、本部に言いつけてやる。」
こうなると一筋縄ではいかないが、N氏は冷静に謝りながら土下座をしようとする。
「すいません、この通りです。許してください。」
周りの人が一気に注目する。そのうち数人は動画を撮影しようとする。すると男はバツが悪そうに言う。
「ちょっと待て、土下座をされたら困る。もういいから頭を上げろ。」
男はそそくさと逃げ出し、N氏はそれを見送りながらニンマリとする。
「全くいい時代になったものだ。」
数年前までカスタマーハラスメントは大きな社会問題になっていた。店員は厄介な客の対応に日々頭を悩ませていた。厄介な客と言えども客は客、ぞんざいに扱っていたら店の売り上げに影響する。店舗は何十ページにも及ぶ対策マニュアルを作成して、カスタマーハラスメント対策を行なっていた。店員の心労もピークに達し、クレーマーが嫌だから辞める店員も出てきた。
ある日、客の執拗なクレームに困り果てた店員が土下座をした。客から強要されたわけではなかったが、状況に耐えられずに自分から土下座したのである。それを周りの人々が撮影してSNSに上げた。
効果はテキメンだった。
「店員に土下座をさせるなんて許せない。」
「自分が神様とでも思っているのか?」
客に対する批判の声が瞬く間にSNS上で溢れかえった。それどころかその客を特定しようという者も現れた。客の服装、喋り方、特徴などわずかな情報から、調査を進め、ついに氏名と住所を突き止めるに至った。
そこからは針のむしろである。町を歩くだけで周りの人から中傷され、すっかり精神を病んで引きこもってしまった。
これを見ていた全国の店員は「もしかしたら土下座は使えるのではないか?」と思い始めた。ひとたび理不尽なクレームを言う客が現れれば土下座をしようとする。実際に土下座をする必要はない。ひとたび動画が拡散されると人生が終わるので、客はすぐにクレームを取り下げる。
クレームは大幅に減り、店舗の運営は以前よりずっと良くなったのである。店員は紳士的な客のみ相手にすれば良いし、クレーム対策に割く時間は大幅に減って店舗の売り上げも上がった。クレーム対策の分厚いマニュアルを作る必要もない。マニュアルには、「クレーム対策には土下座をすればよい」とだけ書けばよい。いいことずくめである。もしかしたらクレーマー本人にとっても無駄な事に時間を使わなくて良くなったので良いことではないだろうか?