(「淡路島 かよふ千鳥の鳴く声に いくよねざめぬ 須磨の関守」の須磨海岸)
定年退職まであと10日となった。
ああ、月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。
もはややり残したことも思い残すこともない私の脳裏に去来するのは、私が出会った変な人々のことである。
ということでシリーズ第3弾、お届けします(例によってこれは私の創作であり、実在の団体・人物とは金輪際関係ありません 過去記事は → ここ)。
今は昔、役員秘書を務める男がいた。
ある日役員のところに「〇〇大学創立75周年記念行事への寄付のお願い」なるものが舞い込んだ。
「これからこういうのが増えるかもしらんな~。ちょっと他の大学も調べとけや」
指示を受けた男はさっそく調査にとりかかった。
ところが1か月経ち、2か月経っても調査報告がない。やがて季節も変わった頃、ようやく調査報告書が役員に渡された。それは全社員の出身大学別人数と、各大学の5周年毎の寄付必要額が向こう10年にわたって記載された膨大なエクセルシートであった。なにせ出身大学だけでも100以上、そのうちの半分は出身者わずかに1名である。
受け取った役員もこれが何なのか、もはや見当もつかなかったが、その後報告書は、
「ではここで問題です。わが社で一番多いのはどの大学の出身者でしょう?」と飲み会のネタに活用されたという。
今は昔、アフリカの小国に技術協力に出向いた男がいた。
先方の大臣主催のパーティを終え、男が古びたホテルの部屋に戻るとベッドに巨大な黒いものが横たわっている。よく見ると逸ノ城サイズの女が寝ているのだ。
う~む、男は悩んだ。
これは旅先での寂しさを癒すため、大臣が派遣してくれた女性に違いない。日本人とは美醜の感覚が違うのは当然だし、ここは両国の友好のためにも頑張らねば。男は据え膳を前に悲壮な決意を固めたのであった。
翌朝男は大臣に昨晩のお礼を言ったが、どうも話が噛み合わない。
やがて大臣は真顔になって男に訊ねた。
「ひょっとしてベッドの女と、その、なんだ、〇〇したのか?」
イエス、と男が答えると大臣はあきれ顔で言った。
「ふ~ん。あれはベッドの熱をとって冷やすための女なんだ。・・・まあ、好き好きだけどね。ふ~ん。」
晩年の男は自分の不始末で日本人の評判が地に墜ちたことを悔やむ日々だったという。
(こんな感じ?)
今は昔、寮の先輩が釣ってきたフグにあたった男がいた。
フグ毒を抜くには立ったままの姿勢で首から下を砂浜に埋めるのがよい、というので寮生総出で男を須磨海岸に埋めたところ、民間療法の霊験あらたか、夢うつつの果てに翌朝男は蘇生した。
男を介抱した舎監は、
「君、よかったな~。フグで命拾いしたヤツは出世するんや」と男に告げた。
やがて舎監の予言どおり男はトントン拍子に出世し、40年後見事社長になった。
「それからな、僕はフグ一度も食っとらんのや」社長は私達に言った。そりゃ九死に一生、もう食いたくないのもよくわかる。一同ふんふんとうなずいていると、社長は厳かに告げた。
「フグ食ってな、夢になるとアカンから」
「芝浜」ならぬ「須磨浜」の一席、おあとがよろしいようでございます。
今は昔、ややなまりのある男がいた。
ワープロで「需要予測」が出ない、というので画面を見ると「じようよそく」と打っている。
「住民税」も出ないというので見ると「じうみんぜい」だ。
普段話をしているとなまりはあるものの、「じゅうしょ」とか「じゅうよう文書」とかキチンと発音している。
これはなまりのせいでなく単にリテラシーの問題なのだ、と私は悟った。
男は時々私の方をちらちら見て、
「ゆるちゃん、はにかむなよ~」と言う。
「はにかんでますかね?」
「うん、結構はにかんでるよ」と言う。
私はどちらかといえば図々しいタイプなので、自身の意外な一面を指摘されて困惑した。
それからしばらくして、真相が明らかになった。
私がボールペンの尻をくわえてガシガシやっていると、
「ほら、はにかんでる」と言うではないか。
男は「はにかむ」とは「歯に噛む」のことだと思っていたのだ。
今は昔、筋肉オタクの男がいた。
昼メシは常にプロテイン、昼休みも寸暇を惜しんで筋肉作りに余念がない。
やがて男は何万円もする腹筋強化器具を購入したのだが、よほどうれしかったのだろう、肌身離さず
身につけて会社にもシャツの下に着用してくる始末であった。
ある日のこと、男の乗る埼京線はいつにもまして大混雑していたが、くんずほぐれつしているうちに
器具のスイッチが勝手にONになってしまった。
思わぬ振動に車内は阿鼻叫喚、男は痴漢容疑で取り押さえられた。
その後駅舎で取り調べを受け、容疑は晴れたが(痴漢ではないがおツムが相当弱い男、という扱いだったらしい)、50を過ぎていまだ筋骨隆々の男は生涯独身臭がプンプンするのであった。
(こういったヤツ)
今は昔、鳥取の男と高松の男がいた。
東京生まれ東京育ちの私から見ると目くそ鼻くそだが(失礼)、上司にあたる鳥取の男が高松を田舎扱いすることが多くて、高松も必死に言い返す、というのがいつものパターンであった。
ある日の昼メシの時、雑煮の餅は丸餅か角餅か、汁は白みそかおすましかで話が盛り上がった(だいたいこの手のものは木曽川が境界となる。関東は角餅おすまし、関西は丸餅白みそだ)。
すると鳥取の男が、
「うちは、丸餅と小豆の汁の雑煮だぞ~」と言い出した。
ああ、それはね、鳥取以外ではお汁粉とかぜんざい、って言うんですよ、と皆で説明しても納得しない。
正月に食うのだから雑煮だという。
いつもならこういう場面ですかさずツッコむ高松の男は何故か沈黙している。キナ臭さを感じて高松の雑煮を聞くと、「笑うから言いたくない」、と言う。
絶対に笑わないから教えて下さい、と哀願すると、
「白みそにね、丸餅」と言う。
な~んだ、ありふれた関西風じゃん、と小ばかにすると、男は小声でつぶやいた。
「丸餅の中にアンコが入ってる」
鳥取の男以下全員で大笑いして、その日の昼メシはなごやかに終了したのであった。
(鳥取(左)は粒あんの「田舎汁粉」ですね 高松(右)はちょっとなあ)
(フィクションだよ~)