(上高地・河童橋 バックは明神岳標高2931m)
上高地を訪ねるのはちょうど50年ぶり。
平日であればクルマで入山できたのも今は昔、幸い上高地往復シャトルバスの乗り場に一番近い「さわんど第3駐車場」に駐車することができた。
勝手が分からないので「さわんどバスターミナル」のタクシー会社のおばさんに聞いてみた。
「スミマセン、上高地までまず行って大正池まで歩いてそこで帰りの切符買うのと、上高地往復の切符を買うのとどっちが安いですかね」
「う~ん、今日は平日だからアレだけど、混んでると大正池では帰りのバスに乗れないかもしれないよ」
「・・・」
「勾配も大したことないから大正池で降りて上高地まで散策した方がいいよ」
たしかに。
おばさんありがとう。
(いざ出発 ちょうどバスが出たところだったので行列の先頭になった)
上高地の歴史には3つのエポックがある。
ひとつは1896年(明治29年)イギリス人宣教師のウォルターウェストンが上高地の魅力を世界に伝えたこと。近代上高地の歴史はここから始まったといってよいだろう。
さらに1927年(昭和2年)芥川龍之介が「河童」で河童橋に触れたことから上高地は一躍有名な観光地になった。
そして現在の上高地のステイタスを確立したのが1933年(昭和8年)に創業した「上高地帝国ホテル」である。
(同ホテルHPより)
私はこれまでの半生で「セレブ」と呼べる何人かの人に出くわしたが、その中の一人が職場の先輩のAさんだった。
Aさんは職場で知り合う半年ほど前に結婚したのだが、なんと披露宴は上高地帝国ホテルで
やったというからお立合い、知り合う前でよかったよ。
実家に残したガラクタを回収するので手伝ってくれというので広尾の実家についていったことがあるが、その瀟洒な造りにオッたまげた。
来年結婚します、と伝えると、
「あ、それなら上高地帝国ホテルがいいよ。日どりが決まってるなら予約してあげる」
とのありがたいお言葉。
必死に謝辞し、手伝いのお礼にトランペットを貰って帰ったのだが、あれはどこにいったのだろうか。
白黒抹茶、あずきコーヒー、ゆずさくら・・・。
バスの中は「青柳ういろう」もかくやとばかりに、肌の色も髪の色も眼の色もさまざまなインバウンドの人たちでぎっしり。
インバウンド市場がここまで熱いとは。
ういろう達の殆どは大正池で下車した。
上高地に向かう湿地帯には板ばりの歩道が往路用と復路用の2列敷いてあるのだが、彼らはお構いなしに両方とも占拠するうえに手をつないでみたり突如立ち止まって記念撮影したりと空気を読まないことおびただしいのであちこちに渋滞が出来てしまった。
(穂高連山はあいにく雲の中)
う~む。
これは昼メシも予想以上に混雑するに違いない。
しかももともと帝国ホテル価格がベースのところに、これだけインバウンド観光客が蝟集するとメシ代も破格に高いことだろう。
ちなみに帝国ホテル内軽食レストラン「アルペンローゼ」の昼メシは、
ハンバーガー4500円、
カツカレー4200円。
これのどこが「軽食」というのか。
(八ヶ岳南麓の高級ハンバーガー店「PUT」の倍以上とは恐れ入る)
コーヒーショップ「グリンデルワルド」のスナックは、
ミックスサンドイッチ3800円、
カツサンド4900円、
だから、コーヒーショップだからと気安く食ったら死んじゃいますって。
この瞬間に上高地の昼メシはいさぎよく放棄した。
まさに備えあれば憂いなし、朝メシをたらふく詰め込んだのが奏功した。
そうと決まれば長居は無用。
ういろう集団で帰路がごった返す前に早々と上高地を脱出した。
この日の遅い昼メシは松本に向かう街道筋の十割そば「せきや」へ。
(古民家風のどっしりとした佇まい)
さあ何を食うか。
ここは一番、禁断の食い物カツカレーかカツ丼セットでしょう。
(カツ丼が通常サイズよりさらにデカい)
パッポンカリーに始まりカツ丼セットで終えた信州旅行はこれにて無事終了。
次の旅行は旧友と行く白骨温泉だ。












































































