八ヶ岳ゆるふわ日記

八ヶ岳ゆるふわ日記

八ヶ岳南麓大泉と東京を行ったり来たりの毎日。日々のよしなしごとを綴ります。

(雪がちらつき始めた吉祥寺駅北口 自民党候補の街頭演説が行われていた 2026年2月7日1500ころ)

 

「高市自民党か、中道改革連合か」

 衆議院選挙投票日まであと1日。

 各種世論調査では自民党の圧勝が予想されている。

 

(「ホリエモンAI選挙」では与党で302議席獲得を予想している)

 

 市場では早くも自民党大勝を織り込んでいて、月曜には株価が爆上げしそうな勢いだ。

 

(先物は前日(金曜日)比2000円の上げ これで万が一自民党が負けたらいったいどうなっちゃうんだろ? SBI証券HPより)

 

 自民党がバカ勝ちしてお調子コかれるのも困ったもんだが、もはや昭和の歴史遺産に過ぎない時代錯誤の労組と宗教団体が結託した野合政権なんてもっと困る。

 

 昨年末に公表された厚生労働省「2025年労働組合基礎調査」によると2025年末時点の我が国の労働組合員は992万人、組織率は16%になっている。

(組織率はじり貧 支えているのはユニオンショップの民間企業労組の存在だ 厚生労働省調査より)

 

 各種労組のうち伝統的に戦闘力(?)が高いのは公務員系の自治労と日教組だが、21世紀に入ってからどちらも衰退の一途をひた走っている。

 ユニオンショップならいざ知らず、いまどき労組に加入するメリットなんて市役所の連中にもセンセイ方にもあろうはずがない。

 メリットどころか、組合費を徴収されたうえに(日教組の場合月額4000~7000円、自治労は月額5000円程度らしい)機関紙(「月刊自治研」年間購読料9000円)を何部も強制購読させられたりするんだから、いまだに組合員でいる人たちはいかなる理由で脱退しないのか理解に苦しむ。

 

 昭和の時代にはユニオンショップに近い組織率を誇っていた日教組も、公立小・中・高教師計100万人のうちのわずか20%、20万人にまで組合員が減っている。教師の過酷な労働環境を考えれば、今こそ労働組合が活性化しなきゃいけないのだが。

 

 公称827万世帯を誇る創価学会も衰退という点では似たりよったりだ。

 得票数や機関紙の売上推移などから類推すると、実態はいいとこ300万というところらしい。そもそもまともな宗教団体は政治には首を突っ込まないでしょうが。

 

 有権者もさすがにその辺は分かっていて、たとえ未曾有の大雪になっても自民党優位は揺らがないと信じたい。

 

 そんな決戦前夜、某秘密結社傘下の「カラオケ推進隊」の隊長(私)以下4名は、密かに吉祥寺「まねきねこ」に集結した。

 

(ガッツポーズを決めてくれた東京18区福田かおる候補)

 

 選挙の帰趨を占いつつ、日頃のストレス(あるんか?)をホンの少し(少しですむんか?)解消させてもらって、その後は某隊員のリクエストで井の頭線三鷹台にあるネパールカレー屋に行っちゃおうという、崇高な、それでいてどこそこいじましい企画である。

 

 奇しくも全員1957年生まれの4人はこれでもかとばかり60年代~80年代の懐メロを繰り出した。

 

(「いつでも夢を」(1962)今から70年前の60年安保が労働運動のピークだった この頃労組主催の合ハイ(もはや死語だ)で結ばれたカップルは数多かったはず)

 

 2時間ほど唄いまくって一行は井の頭線に乗って三鷹台へ。

 

(ネパール人経営「ラクシミ」旨いは旨いが電車に乗ってわざわざ行くべきかは大いに疑問が残る)

 

(注文したのはバターチキン(左)、キーマ、サグチキン(ほうれん草チキンカレー)、マトンの

4品)

 

(つけ合わせはビリヤニのほかサフランライス、ガーリックナン、チーズナン)

 

 旨い。

 日本人の嗜好に合わせてくれるネパール人のカレーは実に旨い。

 移民排斥を声高に叫ぶ政党も多いが、第一次産業はもはや外国人労働者なしでは成り立たない。それに多くの外国人労働者は日本の文化や社会を尊重してまじめに働いているではないか。

 

 外国人労働者数は過去最高の257万人(2025年10月末現在)に達している。これらの労働者が不要だという人たちは代替労働力をどうやって確保しようというのか。

 我が国の労働者人口のうちヒキコモリやニートなどの労働放棄者は推計300万人。

 これらの人々に国民の三大義務のひとつ「労働の義務」を履行させるだけで事態は大きく変わるのだが。

 

 翌朝起きると雪が積もっていた。

 この悪天候は投票行動にどんな影響を与えるのだろうか。

 

 

(午前6時時点で積雪3センチ 武蔵野市(東京18区)に大雪警報が発令された)

(阿部いちご園からの八ヶ岳)

 

 東京に戻る日はお土産を調達する日でもある。

 この日まず向かったのは「阿部いちご園」。八ヶ岳南麓の冬のお土産で欠かせないのがここのイチゴである。

 午前10時のオープンに合わせると寒い中での行列を覚悟しなくてはならないので、1030に行くと行列はすっかり解消されていた。

 その代わり一番オトクな「はねだしイチゴ」は完売。まあトクだ損だといっても大差ないんだからこれでOKである。

 

 

(「紅ほっぺ」4Lサイズ1パック650円 安いのか高いのかよく分からないが朝採りの新鮮さはプライスレス)

 

 続いて向かったのは県道28号沿い、「心粋」チョイ上の「Eights Coffee」。

 東京でも八ヶ岳南麓でもコーヒーの味に差はないだろうし、値段も大して変わらないのだが、こっちでついでに買っちゃう方がとにかく楽チンだ。

 実は火曜日に「たかねの湯」に入るついでに「スコヤコーヒー 」に行ったのだがあいにく休みだった。てっきり水・木が休みだと思っていたのだが火・水の勘違いだったのか、それとも冬季は火・水・木が休みなのか。

 いずれにしてもわざわざスコヤコーヒーまで行く気にはなれないので、「ブックカフェのほほん」に向かった。ここは日曜定休なのでコーヒー店界の「安パイ」と言われている。

 

(「のほほん」店内から北岳を望む)

 

 ここの豆はかつて現「EIghts Cofee」の店舗で商売していた「豆玄」のそれである。

 変わり者のオーナーだった(私が言ってるのではありません)が、性格と技術は別物で(いやむしろ逆相関があるのだろう)ちゃんとしたコーヒーなので安心できる。

 

(豆玄ブレンド100g900円 以前は600円だったがインド、インドネシアなどのコーヒー生産国が消費国に転じ、「日、没する国」の貨幣価値は下落する一方だからこれから価格はさらに上がっていくだろう「コーヒー豆先物ETF」なんてのがあれば買いだ)

 

 そして至高のお土産、それは「バックハウスインノ」のパンである。

 どうしてここのパンはあれほど旨いのか。

 バカ舌の私が断言するのもおこがましいが、角は東京の一流パン屋、赤木屋、白木屋、黒木屋で紅おしろいつけたおねえさんにこれくださいな、ちょうだいなと買ったパンよりはるかに旨いのである。

 

 

 クロワッサンの焼き上がりを待って1250頃訪問した。

 この日予約していたのは、クロワッサン6個、カンパーニュハーフを2つ、マフィンを6個。

 

(スイーツ系も美味だが、必要カロリーの全てをアルコール、餃子、カレー、麻婆豆腐、カツ丼天丼に捧げる誓いを立てた私にとっては禁断の食い物)

 

「いつもありがとうございます。次回の予約はどうしますか」

 次回八ヶ岳南麓に戻ってくるのは3月になってから。

 いつ戻るかは未定だったが、よく考えてみればインノのパンを予約した日に戻ってくればよいだけのこと。

「じゃあ3月5日に角食パン6枚切り1斤お願いします」

「クロワッサンはいいですか?」

「今回は東京に持って帰るお土産なんで次回はいいです」

「そうなんですか。わざわざありがとうございます」

 お礼を言うのはこっちの方だ。

 

 イチゴとコーヒーとインノのパンを積んで愛車フォレスターは一路東へ。

 次に八ヶ岳南麓を訪れた時にはフキノトウが迎えてくれることだろう。

 

(明朝のクロワッサン以外は冷凍に 冷凍してもいつまでも旨いのがインノのパン)

(丘の公園清里ゴルフコースより阿弥陀岳、主峰赤岳、横岳を望む)

 

 立春のこの日久しぶりに「丘の公園清里ゴルフコース」へ。

 朝方の我が家の気温はマイナス6℃。これでゴルフをやるのは狂気の沙汰だ。

 

(フロントガラスが凍結して視界確保に手間取った)

 

 その後予報どおり気温はぐんぐん上がってスタート時には0℃になった。風もなくてまずまずのコンディションだ。

 

(この日のモノ好きは7組 幸運なモノ好きといえる)

 

 2月中の丘の公園は、

「どうしてもやりたいなら、勝手にやれし」

というスタンスで、フロントは1人だけ。レストランも風呂もない。

 

 昼の休憩もなくスルーで回った後は(スコアは略。略!)これも桔梗屋が差配する旧「天女の湯」へ。2月中はラウンド後にタダで入れる(タオル要持参)。

 

 思いの外早く終わって、反省会は1730から「心粋」で開催することになった。

 

(日が長くなってきた この日の日の入りは1717)

 

 一緒にラウンドしたゴルフ友のAさん、ゴルフはしないが反省だけは欠かさないという「安パイ」の異名をとるBさんと乾杯~。

 

 

(初注文のおでん まあ可もなし不可もなしという感じ)

 

 これからの日本は米中との関係をどうしていくんだ、ご近所のおばあちゃんが体調崩したってさ、と話題は大きなことから小さなことまで動かす力だヤンマージ~ゼ~ル~状態(古いな)。

 

「ひょうたんから麻婆」の夜の飲み過ぎが祟ってピッチがイマイチだったのもつかの間、次第によくなる法華の太鼓は飲み、食い、しゃべり散らかして立春の夜は更けていった。

 

 すっかり満ち足りた3人は夜道をトボトボと引き上げた。

 案に相違して暖かさを感じるくらいだ。

 

 家に戻って外気温を見ると6℃。

 マイナス6℃に始まった立春の1日は6℃で幕を閉じた。

クイズ「この人はいったい誰でしょう」 すぐ分かる人は国民の1%もいないはず

 

 この国の形を問う2026年衆議院選挙まであと4日。

 朝日新聞の情勢調査では自民党が単独過半数を突破しそうな勢いだという。

 産経あたりの調査だと自民寄りのバイアスがかかっているかもしれないが、左寄りの朝日の調査だから自民党の大勝は間違いないのだろう。

 あまり大勝ちして自民党にワル乗りされても困るが、昭和の遺物でしかない労組と宗教団体の野合政権が誕生するよりもはるかにマシだ。

 

(どこそこ野合臭がするが隣人としてはとてもいい感じの2人)

 

 いずれにせよ1285人の候補者の皆さんには敬意を表したい。

 立候補の動機や政治信条はさまざまだろうが、日常生活を投げうって国政に参与したいというその志には頭が下がる。

 

 そんな中、もう一方の参議院議員たちは何をしているのだろうか。

 衆議院候補者の応援演説をやっている人もいるだろうが、そんなもんは所詮所属政党の命令でやっているだけの私的活動だ。

 参議院はもともと無用の長物の税金無駄遣いの存在なんだから、せめて国会休止中の議員歳費月額130万円と100万円の調査研究広報活動費(旧文書通信交通滞在費)、それに65万円の立法事務費を合わせた300万円はただちに国庫に返納させるべきだろう。

 

 日本国憲法は何故こんな屁のつっぱりにもならない議会を作ってしまったのか。

 2024年の内閣府調査によると世界187か国のうち二院制を採用している国は81か国に過ぎない。

 二院制を採用している国は、

・専制政治から貴族革命、民主革命を経た沿革的事情による二院制

・連邦制国家のため州の利益を審議する議会と外交などを審議する議会を保有

に大別できる。

 

 前者の代表が英国議会だ。

 13世紀のマグナカルタ以来王権制限の手段として連綿と活動してきた貴族院が今でも残っているが、その権能は下院が議決した法律案の施行に猶予をかけることができるだけ。それも30日(重要法案は60日だったか)経てば法律案は自動的に成立する。

 そして貴族院は終身制、しかも無給である。要するに過去の偉大なレガシーに敬意を払うことがその存在理由なのである。

 

 後者の分かりやすい例が米国議会である。

 下院は州の利益代表として国家予算など税支出を伴う法案の先議権と大統領の弾劾権(専権)を保有している。

 一方の上院は外交や最高裁判事の選出など国家としての単一性を保つための法案を審議する権能を持っている。

 上院と下院の間に優劣はなく、法案の可否が両院で異なる場合は原則妥協が成立するまで修正協議が続く。

 

 では民主革命の歴史もなく、まして連邦制でもない我が国は何故形式だけの二院制を採用したのか。もともと大日本帝国憲法がかつてのワイマール憲法をコピーしたことに由来するわけだが、敗戦後の日本国憲法制定時に何故一院制にしなかったのだろうか。

 おそらく憲法草案に大きくかかわった米国関係者が漫然と二院制を残してしまった、というのが実相だろう。

 彼らの主たる関心は議会の効率性より「天皇制をどう位置付けるか。戦争権をどう規定するか」にあったはずだ。

 

 国政に何の権能も持たない参議院議員にどれほどの税金が使われているのだろう。

 まず議員自身の収入が上記月額収入とボーナスを加えて年間4000万円。これに親族をバシバシ秘書にすればさらに2500万円が一家に転がりこんでくる。

 ということは、

 6500万円×248人=161億円

の税金の無駄使いが発生しているわけだ。

 連中がおとなしく居眠りだけこいていればまだマシだが、実際にはやれ陳情だ、就職の斡旋だ、海外視察だと動き回るから始末が悪い。

 

 本人とその支持者以外には何の価値もない参議院をどうすればよいか。

 理想は憲法を改正して参議院を廃止することだが、高市政権が盤石になったとしてもこれはハードルが高いだろう。

 

 ここは思い切って参議院の形を変えてみてはどうだろうか。

・選挙で選ぶ民選議員数は各都道府県1名として47人とする。

 「1票の格差が~」などと寝言を言ってはいけない。どうせ無駄なんだから。

・これ以外に「国民の尊敬を集めている優れた人物」を国選議員に指名する。

 具体的には、

 日本国籍を有するノーベル賞受賞者(現存16人)

 フィールズ賞(数学のノーベル賞)受賞者(現存2名)

 国民栄誉賞受賞者(団体受賞を除く現存12名)

 あわせて30人。オリンピック金メダルは数も多いし、まあ国民栄誉賞受賞者だけで十分でしょ。

・都合77人の任期は不定期とし、衆議院選挙の際についでに改選する。

 国選議員は高齢の方、現役の方に配慮して辞退も認める。

 

(ノーベル賞受賞最高齢江崎玲於奈さん100歳 本人が望むならよいが無理強いはできないだろう)

 

(いまだに現役トッププロの井山裕太さん(左)羽生善治さんも無理だろうな)

 

・給料はなし。

 専属秘書の給与は自分で払え。

 共通の事務(出張の手配とか)は「参議院秘書室」でまとめて行う。

 「無報酬では生活が~」という方は立候補しなくていいです。

 

 これで費用はだいぶ圧縮できるはず。

 そして重要な新参議院の役割だが、

「国民の埋もれた声を拾いあげる良識の府」としてはどうだろう。

 衆議院はどうしても数の論理が横行し、政府与党主導の法案が優先されるという内在的な欠陥を抱えている。

 そういった政府提出法案の審議は衆議院に任せて(今でも実質そうなんだけど)、参議院は議員立法に特化する。

 例えば「社団法人、公益法人の理事数見直し促進法」。

 国保逃れのための理事乱発法人を締め上げ、相撲協会の前時代的な理事(年寄)制度の改定、そういうことが進むための法案を出すのである。

 もちろん「下院優越の原則」があるから、衆議院に回付された法律案が否決されることも多いだろうが、それでも「国民の声を具現化した法律案」が形に見えることが重要だ。

 

 運営にあたって重要なのは国民の声をダイレクトに受け止め、審議結果もまたダイレクトに国民に返す仕組みだ。ユーチューブなんかに「参議院チャンネル」を立ち上げて直接やりとりするのがいいだろう。

 

 もうひとつが今でも見かける「参議院付帯決議」の活用である。

「政府と衆議院はこういうことキチンとやれよ」、というのをチャンネルを通じて発信すればよい。玉川徹さんがテレビでわーわー言うのとは断然貫目が違う。

 

 この改革のキモは国民の声、日常生活の問題点を収集し、改善案をまとめ、それを国民にダイレクトに発信する事務局のリーダーである。いくらなんでも吉田沙保里さんがやるのはいささか無理があるだろう。

 ホントは羽鳥慎一さんとか、和久田麻由子さんとかが適任だと思うが、民選にすると有象無象が我も我もと手を挙げるだろうし、政府が指名するのは本末転倒で悩ましい。

 

 天台宗開祖の最澄上人のお言葉に「一隅を照らす」というのがある。

 一隅を照らす参議院って、とても魅力的な議会だと思うのだが。

 

 クイズの答

 参議院議長関口昌一氏(埼玉選挙区)

 

(「関口昌一」のハッシュタグ引用数はゼロ(汗)三権の長の一人なんだけど)   

(単身生活の強い味方 成城石井「麻婆豆腐の素」 我が家では常時3個ほどストックしている)

 

 快晴無風の八ヶ岳南麓をトボトボ歩いていると、向こうからどこかで見たような老人がスタスタと歩いて来た。

「お、こんなとこで珍しいね」

 出くわしたのは最高齢のゴルフ友Aさん。今年米寿のはずだがお元気そのものだ。

 

「前に作ってもらった麻婆豆腐またこさえてよ」

「じゃあ月曜か火曜に作りましょうか」

「月曜がいいな。火曜はパノラマの湯が休みだからさ」

「(どう関係があるんだろ)じゃあ月曜日に届けます」

「一緒に食おうよ。夫婦2人じゃつまらないからさ~、わはは」

 

 ひょうたんから駒、というのだろうか。よく考えると食う側のAさんはまさにそれだが、私の方は「藪から棒」というところだろうか。

 もっとも前回「たくあん長者」(←もらいもののたくあんのしっぽで寄せ鍋をご馳走になる)になったばかりだから、今回はそのお礼にちょうどいい。

 

 

 Aさんは我が麻婆豆腐を大層手の込んだ本格料理と誤解している節があるが、実際は豚肉を炒めて成城石井「麻婆豆腐の素」と絡め、豆腐をぶち込んで煮るだけという実にお手軽なものだ。

 

 これだけではお礼には少々さびしい。

 そうだ、と思いついたのが焼鳥居酒屋「心粋」の鉄板焼餃子と焼鳥をテイクアウトして持っていくこと。

 Aさんご夫妻は心粋の常連だが、この寒さでは足を運んでいないはず。まあこっちは届けるだけで十分誠意をつくしているから、カネを要求してもいいだろう。

 

 約束の時間の1時間前、麻婆豆腐をこさえた。

 

(豚肉250gをよく炒めて)

 

(麻婆豆腐の素をぶちこんでひと煮立ち)

 

(適当に刻んだ豆腐を入れて煮込めばできあがり~)

 

 およそ10分で麻婆豆腐の完成である。

 こりゃ料理とは言えないだろう。

 なんだか老い先短い老人をダマシているようで気がさすので、チャチャっとサラダもこさえてみた。

 

(フリルレタス、玉ねぎの上に小海老とブロッコリーをあしらう ブロッコリーはウェルシアで

まとめ買いしている冷凍のヤツをレンチンしたもの)

 

(なんだかさびしいのでパセリをあしらったのだが余計緑が強くなって地味な絵ヅラになっちゃった)

 

 このサラダにはホンの少しだけ手をかけたところがあって、小エビを超高級ドレッシングで和えてある。

 

(「ジョセフィーヌドレッシング」ものすごく高価なうえ賞味期限が1か月程度 時々意を決して買うが買ったらケチケチせずに使いきらなくてはならない) 

 

 仕込みを終えて「心粋」に向かった。

 あらかじめ頼んでおいた餃子と焼鳥を受け取ってAさん宅へ。

 

(焼き餃子2人前10個 焼鳥は撮り忘れた)

 

 奥様がレバ焼、砂肝焼、小籠包とブロッコリーの蒸し物などを用意してくれていて、さっそく

乾杯~。

「人数が多いと食卓が賑やかでいいね」

「温かいものからやっつけて麻婆豆腐は最後に食べましょう」

 一同ずらりと並んだ食い物を片っ端からむさぼり食った。

 

 胃袋もおツムも達者なAさんと、Aさんほどではないがどっちも達者な奥様と3人で食っては飲み、飲んではしゃべくり散らかして、ひょうたんから駒の宴はやがてお開きになった。

 

 帰り道ボンヤリする意識の中に何かを忘れたような思いが去来した。

 そうそう、皿を回収に伺わねばならないんだよ~。

 

 家にたどり着いてからはっきり思い出した。

 麻婆豆腐食い忘れたじゃないの~。

(日本基督教団八ヶ岳教会の礼拝堂窓から十字架を望む)

 

「八ヶ岳南麓への移住を考えている方向けのセミナーをやりますので、よかったら覗いてみませんか」

 八ヶ岳南麓で移住者支援のさまざまな企画をリリースしている「株式会社デュアルライフ」の黒田社長から誘いがあった。

「行きます。メシとか酒とか出るんですか」

「すみません、今回何も用意していないです」

 

 う~む。

 さあどうしたものかとクヨクヨしていると妙案が浮かんだ。

 この日は日本基督教団八ヶ岳教会の月に一度の「カレーの日」だ。

 セミナーにも参加するゴルフ友のAさんとまず教会に行ってカレーをご馳走になってから一緒に会場に向かえば、「心のデトックス」+「身体のデトックス」+「ガソリン代の節約」とまさに一石三鳥ではないか。

 

 ひょんなことで2026年最初の教会訪問となったわけだが、山本牧師は「よく来てくれましたね」と温かく迎えてくれた。

 無信仰の私だが、牧師のいつわりのない歓迎に心が洗われる。

 

 この日の牧師の説教は「ヨハネの福音書」から。

「信じる者が皆、人の子(イエス)によって永遠の命を得るため」に神はそのひとり子を地上に遣わしたのだというが、それではどの程度信じれば永遠の命を得ることができるのだろうか、山本牧師は問いかける。

 

(無信仰の私は「滅びる者」それでも聖書には一読の価値がある)

 

 信じること。

 祈ること。

 永遠の命を授かること。

 門外漢の私にはどうも判然としないのだが、牧師の説教を聴いているうちにたまたま前夜NHKでやっていた先週亡くなった加藤一二三さん(ひふみん)のドキュメンタリーを思い出した。

 

 初の中学生棋士にして「神武以来の天才」と称揚された加藤氏だが、10代、20代と名人挑戦にすら手が届かないままに30代を迎えた。

 行き詰まりを感じた加藤氏は強くなりたい一心で1970年にキリスト教に帰依したそうだが、以来86歳でこの世を去るまでその信仰は揺らがなかった。

 

 ちなみに加藤氏が洗礼を受けたのは下井草カトリック教会。

 私はこの教会が経営する幼稚園に通っていたが、それは単に家から一番近い幼稚園というだけの理由だった。

 

(1982年悲願の名人位獲得 プロ活動通算62年10か月は不滅の大記録)

 

 その後加藤氏が通ったイグナチオ教会では同氏の祈りは信じられないほど長いことで有名だったそうだ。

 教会の神父さん(カトリックだから牧師ではない)によると、加藤氏が特に好んだ聖書の逸話は、夜中に隣家にパンを借りにきた人の話だったとのこと。

 

 夜中に自宅を訪ねてきた友人のために家の主は隣家にパンを借りに行った。

 隣家の男は遅いので明日にしてくれ、とドアを開けなかった。

 すると主は何度も何度もしつこくドアをノックした。

 とうとう辟易した男はドアを開けてパンを渡した。

 神に祈ることもこれと同じである。

 

 長考派として有名で2日制の対局で7時間を超える長考の実績がある加藤氏らしいエピソードだが、信仰の本義とはこんなところにあるのかもしれない。

 

 説教で心の栄養をもらった後は身体の栄養時間である。

 Aさんによると本日のカレーは「辛いカレー」。どんなだ?

 

  

(大鍋でグツグツいい匂い)

 

 あまり名誉なことではないが、信徒さんの間で私は「カレー男」と認識されているらしい(まあ当たってなくもないけど)。

 そんなわけでさあどうぞと、いの一番にカレーをもらった私は皆さんの祈りが終わるのももどかしくカレーにパクついた。

 

 

(ごはんは五穀米かな)

 

 旨い。

 適度な辛さが体内に沁み渡る。

 大きくいえばインド風だが、スパイシーな家カレーという感じで「最高地点」や「」のカレーと同系統といえる。

 少々量が物足りないので図々しく(どうせ「カレー男」だからサ)お代わりをもらいに行ったがこの日は残量ゼロだった。残念~。

 

 それにしても信仰を持つ人たちの気高さよ。

 私には到底マネはできないが、教会を訪れるたびに山本牧師の説教だけでなくそこに集う信者の皆さんの明るさ、敬虔な姿に心を打たれる。

 

 メシを済ませて一路小淵沢へ。

 どんな人が来てるかな~(←ビズリーチ風に)。

 会場には30人ほどの若い方々が集まっていた。移住市場がここまで熱いとは(同上)。

 

(熱弁をふるう黒田社長 実年齢よりはるかに若く見えるのが摩訶不思議)

 

 この日集まった人たちはどなたも八ヶ岳南麓に地縁はないそうだ。

 移住の理由は人それぞれ、知る由もないが、数ある候補地から八ヶ岳南麓にたどり着くとはなんと幸運な人たちだろう。

 

「ここは天国か?」

「いや、八ヶ岳南麓だ」

 

 ふと「フィールドオブドリームズ」の一節が脳裏に去来した。

 

(Field of Dreams (1989)「ショーシャンクの空に」、「ギルバートグレイプ」と並んで何度も何度も見返している好きな映画

 アイオワでトウモロコシ畑を経営する主人公はある日不思議な囁きに導かれて畑に野球場を作る そこに現れたのは70年前の「ブラックソックス事件」で球界を永久追放されたシューレスジョー・ジャクソンだった

 前年の「アンタッチャブル」で評価を得た主演のケビンコスナーはこの映画で名声を確立、翌年には「ダンス・ウィズ・ウルブス」でトップ俳優となった)   

(「照ノ富士引退伊勢ヶ濱襲名披露大相撲」で長男テムジン君を抱いて最後の土俵入りを披露する伊勢ヶ濱親方 露払いは大の里、太刀持ちは豊昇龍 日刊スポーツより拝借)

 

 この日蔵前国技館で元横綱照ノ富士の引退相撲が行われた。

 残念ながら私は抽選に漏れ、その場を見届けることができなかった。

 

 不世出の大横綱白鵬、いつまでも記憶に残る照ノ富士が次々に土俵を去ったが、豊昇龍、大の里の両横綱に新進気鋭の安青錦も加わって大相撲はまさに新時代を迎えつつある。

 

(心技体横綱の資格は十分 初場所千秋楽優勝決定戦安青錦は豪快な首投げで熱海富士をねじ伏せた ケガをしなければ歴代最高最強の横綱になる可能性がある)

 

 この3人に続くのは誰だろう。

 過去の経験則から言うと、25歳が大関昇進のギリギリの年齢でそれより歳をとってから大関に上がってもまず横綱までは届かない。

 

歴代横綱(若貴以降)大関昇進年齢・横綱昇進年齢

(大関昇進が25歳以降で横綱までいけたのはわずか2人)

 

 この間貴ノ浪(22歳)、千代大海(22)、出島(25)、武双山(28)、雅山(23)、魁皇(28)、栃東(25)、琴欧州(22)、琴光喜(31)、把瑠都(25)、琴奨菊(27)、豪栄道(28)、高安(27)、栃ノ心(30)、貴景勝(22)、朝乃山(26)、正代(29)、御嶽海(29)、霧島(27)と、多くの大関が横綱に手が届かなかった。

 怪我に苦しんだ貴景勝などわずかな例外を除いて、皆大関昇進が遅すぎて横綱を前に体力を使い果たしてしまったのだろう。

 

 そんな目で番付を見ると将来の大関・横綱候補は意外に限られている。

 

春場所予想番付と場所時点の年齢

 

 幕内にはわずか7人だ(表のオレンジ色)。

 王鵬なんかは期待のお相撲さんだったのだが、いつの間にか26歳。強豪がひしめく現下の状況では大関昇進は並大抵のことではない。同様に28歳になった琴櫻が3横綱(安青錦も昇進間違いなし)を倒して2場所連続優勝することはもはやあり得ない。

 

 7人の候補のうち熱海富士、義ノ富士、伯乃富士と、伊勢ヶ濱部屋勢が3人上位にひしめいているのが目をひく。

 伊勢ヶ濱部屋には幕内優勝経験もある尊富士もいるが、年齢(26)を考慮すると横綱を狙うのは大変だろう。

 また元師匠(現宮城野親方)の四股名を襲名した伊勢ヶ濱部屋のホープ旭富士(23)も部屋の事情で初土俵が4年も遅れたせいで、よほど出世街道を驀進しないと賞味期限切れになってしまいそうだ。

 

 この5人には(贔屓目だけど)そろって大関になってほしいものだが、なったらなったで大変な問題がある。

 引退後の年寄株の取得である。

 

 大横綱照ノ富士でさえ取得に苦しんだ年寄株は協会全体で現在105。100年前の1927年に105になってから変わっていない。

 その間お相撲さんの寿命は伸びに伸びているから現在の親方衆は皆さん70歳(定年65+再雇用5年)まで年寄で居続けるだろう。

 そうなると平均33歳で株を持ったとして37年間株を保有するわけだから、単純計算で年間に売りに出る年寄株はわずか3ということになる。

 

 しかも協会の理事選、理事長選に影響が出るため、年寄株の売買は一門をまたぐことは稀有である。

 上記5人のホープがひしめく伊勢ヶ濱部屋の場合、一門の総年寄株数は11に過ぎない。

 これを保有者の年齢順に並べてみると、

65歳 宮城野(元横綱旭富士)

61歳 玉垣(元幕内智乃花)

57歳 朝日山(元大関琴錦)

53歳 浅香山(元大関魁皇)

51歳 大島(元関脇旭天鵬)

47歳 安治川(元幕内安美錦=安青錦所属安治川部屋の部屋持ち親方)

40歳 楯山(元幕内誉富士)

39歳 友綱(元幕内魁聖)

38歳 桐山(元幕内宝富士)

35歳 間垣(元幕内石浦)

33歳 伊勢ヶ濱(元横綱照ノ富士)

 

 向こう10年で、つまり上記5人が引退する時期までに空きとなる株はわずか2。

 年寄株がなければ協会には残れず(横綱特権の一代年寄という例外もあるが部屋持ち親方にはなれない)、角界を去った後はタレントになるか、ちゃんこ屋のオヤジになるか。

 熱海富士がここんとこ急に強くなってきたのも、案外そんな切羽詰まった状況を感じているせいかもしれない。

 

 年寄数自体を倍増する。

 年寄株保有期間を短縮(10年とか20年とか)、手放した後も協会職員として雇用する。 

 方法はいろいろあると思うが、100年も放置されたこの理不尽な現状をなんとか改革してもらいたいものだ。

 

(断髪式で大銀杏に鋏を入れる白鵬氏 彼が突如角界を去らなければ照ノ富士の年寄株取得にはなお紆余曲折があったことだろう)

 

(永谷園CMの縁?断髪式に登壇したこじるり 照ノ富士のおかみさんにはこじるりがいいと思ったんだけどなあ スポーツ報知より)

(昔々ある家にしっぽの欠けたたくあんがあったそうな)

 

「我が家で鹿肉料理を作りますのでよかったら来ませんか」

 サックス友(サックスの知識を伝授してくれる友)のAさんからお誘いがあった。Aさんは清里の理髪店「高原バーバー」を私に紹介してくれた恩人でもある。

 

 二つ返事でお邪魔させていただくことにした私がまず向かった先は件の「高原バーバー」。ハレの席にふさわしく散髪をしちゃおうという魂胆である。

 

「たくあん漬けたからね、持って帰って」

 バーバーの奥様(「婆あの奥様」ではない)からいただいたのは1本のたくあん。塩分が強いうえにごはん泥棒でもあるたくあんは私にとっては少々危険な食い物だ。

 

「チョキチョキ、この前Aさんが来たよ」

「そうですか。今度家に呼ばれてるんです」

「昨日はBさん(最年長のゴルフ友)も来たよ」

「そうですか」

 

 KBM(「高原バーバー」のマスター)と与太話をしているうちに閃いた。

 そうだ、たくあんの半分をAさん訪問の手土産にしちゃおうっと。

 

 その刹那KGMの眼が怪しく光った。

「Aさんちにたくあん持ってっちゃダメだよ。Aさんにも渡したから」

 う~む。

 なんという勘の鋭さ。

 濁った眼からは想像がつかない慧眼である。

 

 おツムもすっきりした私はワインをお土産にAさん宅へ。酒を飲む気満々の私は近所のゴルフ友Cさんに送っていただいた。

 

 奥様の鹿料理の旨いこと。

 鹿肉はとかく硬いのだが、まるでローストビーフのような柔らかさ。聞けば圧力鍋を使って調理したとのこと。

 畢竟料理の秘訣は愛情である。

 

右上から:鹿肉のロースト塩レモン味、同ニンニク生姜味、鹿肉煮込み(どれも旨いが私が一番気に入ったのはニンニク生姜味)

 

 食卓には箸休めで件のたくあんも登場した。

 KBMの機転がなければたいそう恥ずかしい思いをしたことだろう。

 

 初めて聞かせていただいたAさんのサックスは見事な腕前で思わず聞きほれてしまった。いまだに、

 日曜日に市場へ出かけ~

位しかできない私とは所詮貫目が違う。

 

 帰路は歩くつもりだったのだが、ご一緒させていただいたAさんのご友人に家まで送っていただいた。まさにアゴアシつきである。

 

 たくあんは依然として1本丸ごと残ったままだ。

 そうだ、と思いついたのはBさんに半分差し上げること。KBMの口ぶりではBさんにはブツを渡していないはず。

 

 歳も歳なので、あらかじめ食うかどうか尋ねると本人はともかく奥様は大好きだとのことなので好きなだけ切り取ってくださいと丸ごとお届けした。

 

「今回は単身なの?じゃあウチで晩メシ食ってきなよ、今夜は鍋だから」 

 いいんですか、ど~もスミマセン、と恐縮しつつもボッチめしが解消されたこの幸せ。あなたに~も~分けてあげたい~。

 いったん家に戻って晩メシ用に買ったひまわりのマグロ刺身とウイスキー、炭酸を持って再びBさん宅を訪れた。

 

(アミューズのキュウリとタマネギお浸し 塩もみしたひと手間がうれしい)

 

(牡蠣とタラの寄せ鍋)

 

 Aさん宅の〆張鶴大吟醸を楽しみながら鍋と刺身をパクついていると、いつしか身も心もポカポカに。

 満を持して持ち込みのハイボールをグビグビやっていい気分だ。

 あまりの食いぶりに残りものだけど、と奥様が出してくれた炒め物も独り占め。

 

(たぶん明日の昼メシ用なんだろうなあ)

 

 帰りがけに残ったたくあんを渡された。

 老い先短いのに遠慮しちゃって、たくあんはしっぽの方が切り取られていた(冒頭の写真)。

 

(正倉院御物「黄熟香」別名「蘭奢待」(=文字内に「東」「大」「寺」が隠されている)勅許を得て天下の名香を切り取った貴人は歴史上数人いるが室町第八代将軍足利義政、織田信長は遠慮なく太い所を切り取っている 一方明治天皇は祖霊に遠慮したのかしっぽの方を切り取った もっとも簒奪王朝としてその後皇統から徹底的に排斥された旧天武系の御物に天智・桓武系の正統である明治天皇が遠慮するとも思えないのだが) 

  

 残ったたくあんをどうするか。

 近々予定している「キムチチゲの宴」の際に、参加予定のCさんたちにつきだしで食べてもらうことにした。

 

 もらったたくあんのしっぽをきっかけに鍋をたらふく食うに至った果報者「たくあん長者」の物語。その子孫は代々食うには困らなかったとのことである。 

(あっぱれJPCZの南下を防ぎ切った八ヶ岳の勇姿 2026年1月26日撮影)

 

 ここ数日あまりの寒さに散歩を中断していたが、翌日にゴルフを控えたこの日足慣らしのために意を決して散歩に出かけた。

 

(朝の気温マイナス7℃ はたして心臓が持つだろうか)

 

 厚手の防寒コートにマフラー+釣り用の防寒手袋の重装備で家を出た。

 日向の雪はほぼ融けていたが、日陰には残雪があって足元がおぼつかない。ここで転んだらヘタすれば命とり、打撲や捻挫で済んだとしても明日のゴルフは断念せざるを得ないだろう。

 

(八ヶ岳南麓ではどんな道でもアンジュレーションがあるから要注意)

 

 寒さ厳しいとはいえ快晴無風の絶好の散歩日和。

 八ヶ岳方面に向けて(=登り坂)歩いていると、次第に身体の凍えはとれていってそのうち汗ばんできた。生命とは偉大なものだ。

 

(気温、湿度とも低いので富士山がはっきり見える)

 

 昼メシを済ませてから「丘の公園清里ゴルフコース」へ。得意の一夜漬け練習のついでに積雪状態をチェックしようという算段である。

 

 コースの駐車場は空っぽでクラブハウスも真っ暗。

 どうやら今日は雪でクローズとなったようだ。

 

 

 練習場も無人だった(当たり前だ)。

 雪は少々残っているが、この程度なら明日は大丈夫だろう。

 

(午前中の日照が少ない左側にうっすらと雪が残っている)

 

 よっしゃ、と気合が入って3カゴ打った。

 無人の練習場にダフりショットの異音が響き渡る。

 ゼェゼェ、今日んとこはこのぐらいで堪忍したる。

 

 クルマに戻ると電話が鳴った。

「こんにちは~、丘の公園です~」

「(ギョギョ)」

「明日ですが積雪のためクローズになりました~」

 

 ええ~、この程度の積雪でそれはないでしょ。

 きっと寒波のせいでキャンセルが続出、わずかなモノ好きのために風呂わかしたり厨房に火を入れるより閉めちゃった方がいいという経営判断なのだろう。

 

「支配人、明日もクローズってこんでいいずら」

「いいさよ~。ノブい連中にせいせい電話しとけし」

「アイアイサー」

 

 う~む。

 桔梗屋、そちもワルよのう。

(八ヶ岳頑張れ! 日本海方面から押し寄せてくるJPCZを体を張って食い止める八ヶ岳 1月23日午前11時八ヶ岳高原大橋にて撮影)

 

(一方その頃南アルプス方面は・・・ 同時刻に同じ場所から撮影)

 

 朝起きるとなんだか外が明るい。

 カーテンを開けるとなんと雪が積もっていた。

 といってもわずか1センチ程度だから、439センチ(!)の積雪になった酸ヶ湯温泉に比べれば屁のようなもの。お日様が昇ればおそらく融けてしまうだろう。

 

(積雪計を兼ねている我が家のデッキで観測)

 

(こういう時クルマの色は白以外の方がエヅラがいい)

 

(ウェザーニュースの積雪マップ 我が家も積もってます!)

 

 朝6時の気温はマイナス6℃。

 八ヶ岳南麓に戻った日(1月22日)に彼の地は3年ぶりに真冬日(=最高気温が0℃を下回る日)となったが、以降我が家では日中の最高気温でも3℃を下回る極寒日が続いている。

 

(床暖房のあるリビングに疎開して寝ることにした こうなるともう「男おいどん」だよ)

 

 火曜日に丘の公園清里ゴルフコースを予約しているのだが(物好き)、積雪クローズが心配だ。

 ウェザーニュースによるとほぼ同時刻に丘の公園でも我が家と同レベルの雪が降ったようだが、以降の予報では最低気温はマイナス12℃に達し、プレー時刻までそのまま氷点下が続くのでそれなりの積雪があればおそらくそれは根雪(笑)になって春まで残るだろう。

 

 月曜日に練習がてら(お~い)現地の様子を検分することにした。

 だいたいこんな天気でゴルフをやろうとする了見が間違っている。

 どうせ「毎日が土曜日」の身、ゆっくり雪見酒としゃれこむのも一興だ。

 

(飲みトモに4本買ってもらった「春鶯囀 新酒一番しぼり」 お歳暮用の最後の1本だが年も明けちゃったしもう飲んじゃおうっと)