八ヶ岳ゆるふわ日記

八ヶ岳ゆるふわ日記

八ヶ岳南麓大泉と東京を行ったり来たりの毎日。日々のよしなしごとを綴ります。

(上高地・河童橋 バックは明神岳標高2931m)

 

 上高地を訪ねるのはちょうど50年ぶり。

 平日であればクルマで入山できたのも今は昔、幸い上高地往復シャトルバスの乗り場に一番近い「さわんど第3駐車場」に駐車することができた。

 

 勝手が分からないので「さわんどバスターミナル」のタクシー会社のおばさんに聞いてみた。

「スミマセン、上高地までまず行って大正池まで歩いてそこで帰りの切符買うのと、上高地往復の切符を買うのとどっちが安いですかね」

「う~ん、今日は平日だからアレだけど、混んでると大正池では帰りのバスに乗れないかもしれないよ」

「・・・」

「勾配も大したことないから大正池で降りて上高地まで散策した方がいいよ」

 

 たしかに。

 おばさんありがとう。

 

 

(いざ出発 ちょうどバスが出たところだったので行列の先頭になった)

 

 上高地の歴史には3つのエポックがある。

 ひとつは1896年(明治29年)イギリス人宣教師のウォルターウェストンが上高地の魅力を世界に伝えたこと。近代上高地の歴史はここから始まったといってよいだろう。

 さらに1927年(昭和2年)芥川龍之介が「河童」で河童橋に触れたことから上高地は一躍有名な観光地になった。

 

 そして現在の上高地のステイタスを確立したのが1933年(昭和8年)に創業した「上高地帝国ホテル」である。

 

(同ホテルHPより)

 

 私はこれまでの半生で「セレブ」と呼べる何人かの人に出くわしたが、その中の一人が職場の先輩のAさんだった。

 Aさんは職場で知り合う半年ほど前に結婚したのだが、なんと披露宴は上高地帝国ホテルで

やったというからお立合い、知り合う前でよかったよ。

 実家に残したガラクタを回収するので手伝ってくれというので広尾の実家についていったことがあるが、その瀟洒な造りにオッたまげた。

 来年結婚します、と伝えると、

「あ、それなら上高地帝国ホテルがいいよ。日どりが決まってるなら予約してあげる」

とのありがたいお言葉。

 必死に謝辞し、手伝いのお礼にトランペットを貰って帰ったのだが、あれはどこにいったのだろうか。

 

 白黒抹茶、あずきコーヒー、ゆずさくら・・・。

 バスの中は「青柳ういろう」もかくやとばかりに、肌の色も髪の色も眼の色もさまざまなインバウンドの人たちでぎっしり。

 インバウンド市場がここまで熱いとは。

 

 ういろう達の殆どは大正池で下車した。

 上高地に向かう湿地帯には板ばりの歩道が往路用と復路用の2列敷いてあるのだが、彼らはお構いなしに両方とも占拠するうえに手をつないでみたり突如立ち止まって記念撮影したりと空気を読まないことおびただしいのであちこちに渋滞が出来てしまった。

 

(穂高連山はあいにく雲の中)

 

 う~む。

 これは昼メシも予想以上に混雑するに違いない。

 しかももともと帝国ホテル価格がベースのところに、これだけインバウンド観光客が蝟集するとメシ代も破格に高いことだろう。

 

 ちなみに帝国ホテル内軽食レストラン「アルペンローゼ」の昼メシは、

ハンバーガー4500円、

カツカレー4200円。

 これのどこが「軽食」というのか。

 

(八ヶ岳南麓の高級ハンバーガー店「PUT」の倍以上とは恐れ入る)

 

 コーヒーショップ「グリンデルワルド」のスナックは、

ミックスサンドイッチ3800円、

カツサンド4900円、

だから、コーヒーショップだからと気安く食ったら死んじゃいますって。

 

 この瞬間に上高地の昼メシはいさぎよく放棄した。

 まさに備えあれば憂いなし、朝メシをたらふく詰め込んだのが奏功した。

 

 そうと決まれば長居は無用。

 ういろう集団で帰路がごった返す前に早々と上高地を脱出した。

 

 この日の遅い昼メシは松本に向かう街道筋の十割そば「せきや」へ。  

 

(古民家風のどっしりとした佇まい)

 

 さあ何を食うか。

 ここは一番、禁断の食い物カツカレーかカツ丼セットでしょう。

 

(カツ丼が通常サイズよりさらにデカい)

 

 パッポンカリーに始まりカツ丼セットで終えた信州旅行はこれにて無事終了。

 次の旅行は旧友と行く白骨温泉だ。 

(乗鞍高原温泉「緑山荘」露天風呂 泉質は単純硫黄泉(PH3.9))

 

 風呂嫌いの私だが、それでも温泉にはこだわりがある。

 まず、無職透明な温泉はダメ。なんだか家の風呂と変りばえがしないので温泉に来たぞ~という晴れがましさに欠ける。

 茶色く濁ったヤツもいけません。あれは泥が混じっただけで薬効に乏しいのは明らかだ(ホントか)。

 一番いいのは万座温泉のような青味がかったヤツで、それと同じくらい白濁した温泉も気分が高揚する。

 

 そんなわけで今回訪れたのは白濁度が高い乗鞍高原温泉である。

 上高地へのアクセスを考えると同じく白濁の湯として高名な白骨温泉がさらに便利なのだが、こちらは夏に高校時代の旧友と訪れる計画があるのでこちらにした次第。

 

 乗鞍高原には比較的小規模な温泉宿が10数軒点在するが、その中から選んだのは「緑山荘」。

部屋に付随する食事室でメシが食えるというのが決め手である。

 

 

(民宿という感じの佇まい)

 

 緑山荘は4室の小規模な宿ながら露天風呂×2、内風呂×2がある。つまりどこかしらの風呂は貸し切りで使えるというのがなんともありがたい。

 この日の宿泊客は計2組。

 チェックインの時に内風呂(24時間入浴可能)はこっちを占有してください、露天風呂は今日はこっちで翌朝はこっちを使ってくださいと指定されて独占状態となった。

 

(露天風呂 白濁してまっせ)

 

(内湯も白濁している あたりまえだけど)

 

 10分ほど入浴すると(お~い)、あとはメシまですることはない。

 ひたすら待ち続けること2時間、ようやく準備が調ったところで食事室に案内された。ここは廊下側から配膳して客は居室からドアを開けて入れるようになっている。

 

 献立をみると一見豪華絢爛なラインアップだが、所詮鄙びた温泉宿だから多くを期待してはいけません。

 

(本日の献立)

 

 食膳にはパッと見山菜類が目立つ。

 

 

 まずはお蕎麦を召し上がれということで、最初ツルツルあとはカメカメ、ああ、めでたやな~。

 

(まあ普通だな)

 

 一の膳(というのだろうか)で旨かったのは「紫蘇占地(しそしめじ)」。

 これ旨いですねここで買えるのですかとおねえさんに尋ねたところ残念ながら売り物はないとのこと。

 

(サービスで追加してくれた)

 

 信州アルプス牛(黒毛和牛とホルスタインの交配種)をジュジュっと食い終えた頃に追加の品が登場した。

 

(信州サーモン(ブラウントラウトとニジマスの交配種)の刺身 冷凍が長かったせいか見た目ほど旨くはなかった)

 

(「岩魚のささやき」味噌風味の蒸し焼き)

 

(「ささやき」は「ささやく」じゃなくて「ささやかな」ということらしい)

 

 山菜やしょっぱいものが多いのでメシが進む。

 もう無理、という位腹に詰め込んだところでとどめの一撃チェリーケーキが登場した。

 

(冷凍モノだがそれなりに旨い)

 

 温泉に比べてメシはまあまあ。

 口コミを見るとメシがひどすぎる、というようなクレームもあるが鄙びた山の宿で多くを望む方が間違いだろう。山小屋のメシよりはずっとマシなんだから。

 

 翌朝も風呂に浸かってから(まあ10分程度だけど)朝メシにとりかかった。

 備えあれば憂いなし、だ。上高地に行くとメシが食えるかどうか判然としないのでとりあえず2食分を腹に詰め込んだ。

 

(メシ3杯程度ならおかずはこれで十分)

 

 準備万端一行は上高地へ。

 といってもクルマで15分程度だけど、旅情はいやがうえにも高まっていった。

(国宝松本城 5層6階の天守閣、乾小天守(右)、渡櫓、月見櫓(左手前)、辰巳附櫓(左後ろ)の5つが国宝に指定されている)

 

 愛犬が死んで1年あまり。これまで足を運べなかったところに行ってみようということで、今回は松本城、乗鞍高原温泉、上高地を巡る小旅行に出かけた。

 

 まずは国宝松本城へ。

 天守閣が現存する城は全国で12あるが、このうち国宝に指定されているのは、

姫路城(関ケ原合戦後 西国大名監視のため)

松本城(小田原の陣後 関東に移封された徳川家康監視のため)

犬山城(豊臣秀吉薨去後 家康勢力からの防衛のため)

彦根城(大阪夏の陣後 東西交通の要衝を扼す)

松江城(大阪冬の陣前 西国大名監視のため)

の5城。

 いずれも戦乱の世が終わってから造られたため今日まで天守が残ったものだ。

 

(戦国後期に見られる平城 防衛力は弱いが商業活動や大兵の駐屯には便利)

 

 現松本城は1590年(天正18年)彼の地に入部した石川数正の縄張りで築かれた。

 家康が今川義元のもとで10数年にわたって人質時代を過ごした際にも共に駿河で暮らした股肱の忠臣数正であるが、1585年に一族郎党を引き連れて家康のもとを出奔、豊臣秀吉の配下となった。

 

(NHK「どうする家康」で竹千代を抱く数正 松重豊が数正を演じたがどう見ても井の頭五郎にしか見えなかったのが残念だった)

 

 離反の背景には秀吉の調略や、徳川家中の岡崎派、浜松派の対立などが挙げられているが、出奔の際には二人の間に何らかの黙契があったのだろう。そうでなくては大阪夏の陣で豊臣家が滅亡した後も石川家の存続が許されていたことの説明がつかない(のち後嗣康長が大久保長安事件に連座、改易され石川家は断絶した)。

 

(楼門には今でも石川家の紋(笹竜胆)が残っている)

 

 松本城主として注目すべきが何代目かの松平直政である。

 直政は家康次男松平秀康(結城秀康)の三男として生まれたが、母親の出自が卑しいため部屋住みを余儀なくされて日々無聊をかこっていた。

 

 転機が訪れたのは大阪冬の陣、夏の陣である。

 あちこちで借金をして武具や家来を調えて参陣した直政は祖父家康の前で武功を挙げ、1619年(元和5年)上総姉ケ崎1万石を拝領あっぱれ大名となった。

 その後松平家の内訌、三代将軍家光(いとこ同士)との交誼を通じてとんとん拍子に出世した直政は1633年(寛永10年)に松本藩7万石を拝領するに至った。

 

 彼の幸運はさらに続く。

 1638年(寛永15年)には松江藩初代藩主として18万6000石の大名となる。

 後に国宝となる城の城主を2度も勤めるという幸運は特筆に値する。

 推測するにひとつは部屋住みの身で苦労した経験が彼の出処進退を誤らせなかったこと、もうひとつは将軍になり損ねたオヤジの秀康公に対する将軍家や幕閣の同情心がその息子に幸運をもたらしたのだろう。

 秀康の小説はいくつか上梓されているが、直政のものは存在しないようだ。だれか書いてくれないかな~。

 

(徳川家康次男 松平秀康1574~1607   

 嫡男信康廃嫡・切腹の際には当然彼が嫡子となるべきところ家康が選んだのは凡庸で素直な三男の秀忠だった 勇猛果敢で親をもしのぐ力量を持っていたという信康とよく似た資質の秀康を後嗣にすると己が身が再び危うくなることを懸念したのだろう)

 

 威容を誇る外見と異なり、城の内部はショボい。もともと殿様が居住する御殿の役割を担っていないので当然といえば当然だ。

 

 インバウンドの波はここにも及んでいて、狭い楼内は外国人観光客がどっさり。狭いうえに極端に急な階段を登るのに苦労している巨漢のアメリカ人も一人や二人ではない。

 

 花村萬月の出世作「皆月」に松本城の階段のシーンが登場する。

 ひょんなことから義理の弟アキラと元ソープ嬢の由美の3人で駆け落ちした妻を探す旅に出た主人公は途中で寄った松本城の階段を登る由美の白い下着を仰ぎ見てそこに純潔を感じてしまう。

 

 私にとっては松本城の最大の見どころスポットだ。

 スマホで写真を撮ろうとモゾモゾすると、

「ダメです。階段の写真はダメ」

 と監視員(なんだろうね)に叱られた。まあそうだろうなあ。

 

(天守に通じる階段は城内で最も急な61度 松本城HPより)

 

(天守より大手門(南側=松本駅方向)方面を望む 城の顔というべき正面はこの南面でなく東面になっているのは東の徳川勢力に対する威嚇のため)

 

 天守の見学が終わると流れるように月見櫓へ。

 ここは直政が善光寺詣でをするといういとこの家光公を接待するために造営したものだという。

 

 

(満月は東の山(焼山、牛伏山か)から顔を見せる)

 

 城のあちこちを見学して約2時間。

 階段の写真を撮れなかったのが残念だが、我が家から最も近い国宝を観ることができて命冥加というものだ。

 

 眼福が終われば食福の時間である。

 これから先の行程ではひたすら醤油味のものが待ち構えているはずだから、ここはカレーとか

パスタを食うのが常道というもの。

 

 さっそく周辺を物色したがカレーは言うに及ばず食い物屋なんてどこ~にもない。

 そうだ、市役所の裏の方に行けば木っ端(じゃないでしょうね、きっと)役人どもが集う店があるはず、とにらんでトボトボ歩いていくと見事ビンゴだった。

 

(タイレストランみっけ それらしい人たちで満席だった)

 

 さっそく「シュリンプ・パッポンカレー(カニ類のカレー)」なるものを注文した。

 

(卵が多くてあんまり辛くない パクチー抜きで)

 

(ごはんは別売りとのことなので「タイ風チャーハン」を追加)

 

 旨い。

 ここの店主は日本人だから、日本人に合うようにローカライズしたタイカレーは旨いに決まっている。

 

 松本城を訪れることは金輪際ないだろうが、万が一また来る日があったら今度はグリーンカレーを食ってみよう、そんなことを考えながら松本をあとにした。

(日本で2番目に高い(標高1425m)清里アーリーバードゴルフクラブ17番ホールより八ヶ岳を望む まさにスペクタクル)

 

 ゴルフ友のAさんは八ヶ岳高原ロッジの近くの別荘族。これまで何回か東京で飲んだことはあるものの、地理的な制約で八ヶ岳で飲んだことは一度もなかった。

 今回お互いに単身ということもあり、ゴルフの後に八ヶ岳南麓を代表する焼鳥居酒屋「心粋」で飲みましょうということになった。

 そのあとは我が家で泊まってもらおうという算段である。

 

 前祝い兼事前練習として水曜日に2人で「清里アーリーバード」へ。

 52・46の98は私の技量ではまずまずといったところ。

 

 この日の本番は私たち2人にゴルフ友のBさん、KBMも加わって4人でニギニギしくラウンドする予定だったのだが、「滅多にかからない(本人談)」罠に鹿がかかったということで絶好のゴルフ日和にもかかわらずKBMは不参加となった。

 

 

(フェアウェイには鹿の糞がゴロゴロしているが猟場はこの先の八ヶ岳方面)

 

 この日のスコアも奇しくも52・46の98。

 練習しようがしまいが、スコアにはちっとも影響がない(汗)。

 

 いったんお別れしたAさんが寝具とともに我が家にやってきた。

 私のクルマに乗り換えて一路「心粋」へ。

 この日のメンバーはゴルフの3人に「ゴルフはしないが反省会は欠かさない」という有徳人の

Cさんの総勢4人。

 

 噂ではCさん最近は「安パイ」と呼ばれているらしい。

 というのも「心粋」は3人だとカウンター席をあてがわれるのだが、4人そろえばテーブル席を占拠できる。こういったシチュエーションではいつでもOKの飲みトモがいるのは実に心強いのである。

 AさんとCさんは初対面だが、どちらも温厚かつ人畜無害(失礼だろ)の好人物なので、我々は気にしません。

 

(焼餃子2人前10ケ ゲストのAさんに3個進呈、勧進元の私も3個、あとの2人は2個でガマンしなさい!)

 

 さっそく生ビールで乾杯~。

 ひとくちふたくちゴクゴクっとやっている間にCさんは一気呵成に中ジョッキを空け、開始10秒でお代わりしたのには一同あんぐり、インド人もびっくり(古いな)。

 安パイ氏、とにかく酒もツマミも恐ろしく召し上がる。安パイなんて失礼千万、危険牌そのものなのである。

 

 ああでもないこうでもない、しゃべり散らかしながらハイボールをグビグビ。

 AさんとCさんもなにやら顔をくっつけて話し込んでいる。友だちの輪は何もしなくても勝手に広がっていくんだなあと感慨無量だ。

 

 新しく入れた角瓶が空になった。

 時計を見るとまだ飲み始めてから30分しか経ってないじゃないの。

 酒席でいつも思うのだが、初っぱなは時間が遅々として進まないのは何故だろう。終いの方になるとあっという間に1時間、2時間経っちゃうというのに。

 

 

(カウンターにCさんのかつての教え子がいらっしゃったのでテーブル席に招じ入れたがさぞ迷惑だったことだろう 因みにごろにゃんと甘えている方がCさん)

 

 そうだ、夜も更けてきた頃にCさんが奇声を発した。

 なんでも大門ダムの地下で貯蔵した超限定品の純米吟醸酒(武の井酒造謹製)を2本手に入れたとのこと。

「要りますか~」

「要るに決まってるでしょうが。ヒック、続きはウチでやりましょう!」

 

 

(武の井酒造HPより 山梨県と同酒造のコラボによる初の試みとのこと)

 

 Bさん、Cさんは明日も仕事とのことで本日はこれでお開き。

 トボトボ家路をたどる道すがら、Cさん宅にちょっとお寄りして大門ダム貯蔵の純米吟醸酒を頂いた。

 

 我が家に戻ってAさんとサシでもらいたての酒を飲み始めた。

 旨い~。

 Aさんもこれ旨いですねえとグビグビ、グビグビ。

 角瓶2本空けた後だけにホンの少し残ったのはご愛敬、明日は独り酒としゃれこもう。

 

(銘柄はおそらく「青煌」と思われる)

 

 Cさんありがとう。

 安パイだ、危険牌だ、けしからんことをぬかす輩は私が成敗してしんぜませう。 

(「PUT」のおススメ「醤油テリヤキエッグ」)

 

 八ヶ岳南麓に数ある中でも旨いと評判のハンバーガーレストラン「PUT」に行ってみた。

 場所は総菜パンで高名な「くのパン」の隣。最近オープンした「ル・プレジール・デュパン」のトイメンである。

 ここは「くのパン」の息子さん夫婦が何年か前に開いたものだが、至近にもかかわらずこれまで訪れる機会がなかった。

 

(ル・プレジール方面からの遠景)

 

 平日にもかかわらず店内には大勢のお客さん。全員女性だから評判どおり旨いのは間違いなさそうだ。

 この界隈の多くの男性はここで2000円近く使うのなら、カロリー単価が半額以下の「らーめん一休」で焼肉定食かカツカレーを選ぶはず。

 逆に一休ではカップルを除けば女性客は見たことがないから、自然に棲み分けができちゃったらしい。

 

 前金制のレジで初見であることを告げるとマダム(たぶん「くのジュニア」の奥様)がひととおり説明してくれた。

 簡単に言うとバーガーにはお供が必ずついてきて飲み物は別料金ということらしい。

 

(マダムのおススメに従って「醤油テリヤキエッグ」をチョイス 相方は「アボカドチェダーチーズ」(←こっちが正解だった)どちらも1800円と少々お高め)

 

 それにしてもハンバーガーを食うのはいつ以来だろう。

 30年ほど前にお茶の水で勤務していた時は「いもや」の天丼か「バーガーキング」が昼メシの

定番だったのだがそれも今は昔、天丼は食えてもハンバーガーは想像しただけで胃が重くなるのだから老いは残酷である。

 

 そうだ、と突然思い出したのがいつだったか「まきばレストラン」でジャンボハンバーガーを食ったこと。

 ブログの記事を辿ってみると(←こういう時にブログってホントに重宝する)、今から7年前2019年のことだった。

 

(これが最後のハンバーガー 話のタネにはなるものの食いづらいうえに不味かった まきばの運営受託者が桔梗屋に代わって即刻廃止された模様)

 

 待つこと5分、バーガーセットがやってきた。

 

(まきばほどではないが食らいつくのは大変なサイズ)

 

(お供はフライドポテト、コールスロー、ピクルス)

 

 深呼吸してエイヤとがぶり。

 具がバラバラとこぼれていく。それを拾って口に押し込んだりしているとあっという間に手がベトベトねなった。

 ここまで手を汚すのは50年前に三田の「ラーメン二郎」で脂まみれの丼に閉口して以来のことだ。この時は他のお客さんにならってテーブル下の新聞や雑誌で手を拭ったっけ。

 

 こちらの店では手を拭けるものは極小サイズの濡れナプキンだけ。これは最後まで温存せねばならないし、残念ながら新聞も雑誌もない(あたりまえだ)。

 そうだ、トイレで手を洗っちゃおうと行ってみると、洗面台にペーパータオルが。地獄に仏とはまさにこのこと。

 

 人心地もついて周囲を見回すと女性客の皆さまも大口あけてガブリガブリとやってらっしゃる。なまじ異性の客がいないから思う存分かぶりつけるのだろう。

 

 そうこうすると、お一人様の男性が入店してきた。

 レジに並んでいるその顔はどこかで見たことがある顔だ。

 はて誰だっけ、とガン見すると向こうも視線に感づいてこちらを凝視してきた。

 そうだ、彼は「歴史的シリーズ」で有名な某セレブスーパーの社長ではないか。いつもの見覚えある制服を着ているから間違いない。

 

(写真と本文はい~っさい関係ありません)

 

 水をとりにいくついでに社長に挨拶した。

「こんにちは、いつもお世話んなってます」

「こんちは(はて誰だっけ)」

「こちらにはよく来られるのですか(アンタんとこの客だよ、客)」

「ええ、常連です。ここが一番旨いですから(誰だか分かんないけどいいや)」

 

 う~む。

 社長が昼休み時間を利用してはるばる食いに来るのだから味は間違いない。

 やり手の社長のこと、そのうち「歴史的ハンバーガー」なんてのを売り出すかもしれない。

 

(別売りのアイスコーヒーは250円 これであと口もさっぱり) 

 

 それにしてもついこの前食ったと思っていたジャンボハンバーガーに辟易したのがもう7年も前のことだったとは。

 最近できたと思っていたこの店も同じく2019年オープンだというから、これもかれこれ7年経っている。

 

 こんな調子で月日が流れていくと、メメントモリカウントダウンタイマー(現在のこり4200日)がゼロになる日はアッという間にやってくるに違いない(汗)。

 

(カウントダウンタイマーがゼロになるまでにもう一度位訪れるだろうか その時は「アボカドチェダーチーズ」にしようっと)

(なんだか旨そうな面構えの格安鰻重)

 

 この日「パノラマ市場」に行くと早くも淡竹が店頭に並んでいた。

 

(大中小3本で370円 安いぞこれ)

 

 さっそくこんにゃくとシイタケで煮物を作るべく「ひまわり市場」へ。

 今宵の夕餉は淡竹の煮物、子持ちカレイの煮物(残り物)となったわけだが、これだけでは少々物足りない。

 店内を物色していると惣菜コーナーで鰻重に出くわした。

 お値段はなんと918円なり。

 

(安いけど中国産だからなあ)

 

 一見旨そうにみえるが所詮中国産である。

 どうしたものかとクヨクヨ悩んでいると、そこに現れたのは「アルコール検知機能つきヒト型AIロボット」界で史上初の役員になったHIRAIDE-Z号改めHIRAIDE-S(Sは専務のS)号である。

 S号も今やひまわり経営陣の一角として店内隅々に目配りしなくてはならない立場だが、誰か故郷を思はざる、やはり長年過ごした酒コーナーからは離れがたいとみえて近辺をウロついていたらしい。

「この鰻重旨いのかな~」

「さあどうでしょう。私も食ってないので」

 それからは鰻好きロボットとの間で鰻談義が始まった。

 韮崎に新しくできた鰻屋いきましたか、ああ「すぎやま」2度行きました、旨いよあすこ(1回目は15分遅刻したせいで皮が硬く感じたが2度目はホントに美味かった)、私は諏訪に行っちゃいますね〇〇とか、あすこは座敷だから腹が出てる人間にはつらいんだよね~。

 

 そんな話をしているうちに腹はすっかり鰻腹に。

 まあ安いんだから不味くても仕方ないわな、ということでお買い上げ。

 

 家に帰るなり淡竹の煮物にとりかかった。

 出汁の素、酒目分量、みりん目分量、醤油をドボドボ注いで落とし蓋をしてグツグツ煮込んでできあがり。

 昨晩の残り物の子持ちカレイ煮と鰻重の左右を固めるお供が揃った。

  

 

 まずは淡竹をツマミにビールをグビり。

 旨い。

 69歳まで生きさらばえてよかったなあ、とシミジミ。

 

 カレイは昨晩も食っていてこれといった感慨はないので、まずは身をボソボソ食って好物のタマゴは最後までとっておく。

 

 

(ひまわり市場のカレイは子が大半を占めていてイケる)

 

 いいかげん食ったところでいよいよ今宵の主役鰻重にとりかかった。

 がぶり、と鰻に食らいついたが特に旨いとは思えない。

 といって死ぬほど不味いかというとそんなこともなくて、鰻の風味がそれなりに感じられるから捨てたものではない。

 

 こなた918円の鰻、かたや6300円の鰻(「すぎやま」の鰻重)。

 最後の晩餐だハレの日だというなら「すぎやま」一択だろうが、普段食いなら918円でもいいんじゃないの。

 そんなことをツラツラ思いながら、2杯目の淡竹の煮物をたらふく腹に詰め込んだ。

 

(明日はひまわり市場のワカメをぶちこんで若竹煮にしちゃおう)

 

 鰻重が主役か淡竹が主役か判然としないまま、五月雨の夜はやさしく更けていった。 

(赤キウイ(紅妃)開花 2026年5月16日)

 

 朝キウイ棚を見ると紅妃が開花していた。

 相方の早生種の雄花(ナンとかいう名前だが忘れた)は一週間近く前に開花していたので受粉のタイミングが心配だったが、どうにか間に合ったようだ。

 

(雄花は満開状態)

 

(緑キウイ(ヘイワード)はまだ小さな蕾 相方の雄花はそろそろ咲きそう)

 

 昨日の暖かさに触発されたのはキウイだけではない。早くも花弁には地バチや蝶の仲間が顔をつっこんでいる。

 

 そうなると心配なのが害虫である。

 うっかりしていると樹木に致命傷を与えかねない害虫の王様カミキリムシも羽化し始めたに違いない。

 

(樹高4mのエゴノキがテッポウムシにやられて根元から倒壊したのは2024年3月のこと 長年気がつかなかったせいで折れた部分は食害でズタズタになっている)

 

 彼奴等が樹木の幹にテッポウムシの卵を産みつけるのは6月頃だから、今のうちに大切な木の

株元、幹回りに木酢液を散布する必要がある。

 さっそく木酢液をバラ、キウイ、ブドウ(キャンベルスアーリー)、アメリカハナミズキ、ブットレア(こいつが一番やられる)、ジュンベリーにシュコシュコ。

 

 ものはついでとばかり、芝生にもブランパッチの予防薬「タフシーバ」を散布した。

 

左:7年前に購入した「細川庭店」社長推奨の芝生剤「タフシーバ」(バイエル社製)プロ仕様でよく効く

右:Amazonで11年前に買った木酢液 どどめ色で不気味な液体になっているのでつぎ足しで使用中 

 

 作業はおおよそ1時間ほど。

 キウイの雌花を目にしたせいで思わぬ作業が始まったが、これで当分は庭の作業はしなくてもすみそうだ。

 

(カッコーが鳴いたってさ 「パノラマ市場」にて)

 

 例年痛い目に合わされているGW中の冷え込み。

 今年はなんとか災厄を免れたとほっとしていたところに、GW明けの日曜日の朝に気温が3℃まで急降下した。

 

 3℃はこれまでの例からすると夏野菜の苗には致命傷だ。

 予報をいち早くキャッチした私は前日夕方(「コジシタ八ヶ岳」に行く直前)野菜苗にスーパーの生鮮食品なんかを包む薄~い袋をかぶせてみたのだが、大自然の驚異(というほどでもないか、アハハ)の前に人類の(オマエの、だろ)ささやかな抵抗なんぞ屁のようなもの、一朝にして夏野菜はヘコたれてしまった。

 

(3日後の万願寺唐辛子(商標名は「万願寺タイプとうがらし」)5年連続で失速)

 

(キュウリもたぶんダメだがこいつはまだ買えるからいいか)

 

(ミニトマトアイコは健在 トマトの原産地は標高2000mを越えるアンデス高地なので寒さにはめっぽう強い)

 

(サンショウにはこの程度の冷え込みは無関係 今年も豊作になりそう)

 

 う~む。

 まあミニトマトだけ生き延びてくれればよしとしよう。

 

 この日「パノラマ市場」にレタスを買いに行くと、レジ前にキャッチーな掲示があった(冒頭の写真)。

 

 どれどれと苗なんかが置いてあるコーナーを覗いてみると、なんと万願寺唐辛子の苗が置いてあるではないか。

 

(ホンモノかどうかわからないが安い~ ありがとう社長~)

 

 さっそく苗を3つ購入。庭には4本植わっているがそのうちの1本は命脈が尽きていないようなのでそのまま温存することにした。

 


(お店の方が用意してくれた段ボールも食欲をそそる)

 

 例年GW前に綿半まで足を運んで万願寺唐辛子(のニセモノ)の入荷予定日をわざわざ調べたりしていたのはいったいなんだったのか。

 

 まさに灯台もと暗し。

 

T.I.L(今日学んだこと)

〇 八ヶ岳南麓ではカッコーが鳴くまで夏野菜の植えつけは絶対に、絶対にガマンすること 「カッコーが鳴いたさよ~」情報は「パノラマ市場」で分かります

〇 万願寺唐辛子は綿半なんぞ行かなくとも近場で手に入る

 

(赤キウイ(紅妃)も豊作の予感 今年は摘蕾をきちんとやらなきゃ)

 祭りのあとのさびしさは

 たとえばゴルフで紛らわし~

 

 薫風にのってそんな音楽が聞こえてきた八ヶ岳南麓の夜。

 ここんとこ鯨飲馬食が続いていたので今宵のメシは残り物だけで済ますことに。

 

左から:タケノコごはん、キュウリの和え物、鹿肉ロースト、ペンネのサラダ

 

 鹿肉のロースト以外はプロのナオミさんのこさえたものだから貫目が違う。1日経ったとはいえすこぶる旨い。

 なんていう料理なのかLINEで質すと(その日に聞けばいいのに当日は食うのに夢中でそれどころではなかった)丁寧なレシピが返ってきた。

 

ナオミ風ペンネサラダ(私の命名)

茹でたペンネ、茹でたサツマイモをマッシュしたもの、揚げ焼きしたブロッコリー、塩もみしたタマネギを自家製マヨネーズ、自家製ヨーグルト、塩胡椒で混ぜる

 

キュウリの和え物

千切り竹輪、細かく刻んだキュウリを韓国海苔、ゴマ油、イリゴマでまぜまぜ 

 

 旨いが、これだけでは少々もの足りない。

 冷蔵庫を探すと何かのムースがあって、ひとなめすると実に旨い。

 さっそく「バックハウスインノ」のカンパーニュに載せてパクリ。

 

(ここんとこ角食よりもカンパーニュを選ぶことが多い お供は綿半で売ってる格安ピノノワール)

 

 旨い。

 ひと切れでは足らず、ふた切れ、三切れとムースがなくなるまで食い続けた。

 またまたナオミさんにレシピを尋ねた。

 

サバのリエット

①鯖缶の汁を切ったもの、クリームチーズ80g(←この量がポイントらしい)、すりおろしタマネギ小さじ1(料理って繊細だな~)、すりおろしにんにく小さじ1、塩胡椒少々をバーミックス(なんじゃこれ)で滑らかにする。

②湯通ししたレーズン30gとケーパー大さじ1を粗みじんにして①に混ぜ混ぜ

 

 う~む。

 料理は材料ももちろん大事だが、それを最大限生かすのはやはり「ひと手間」を惜しまないことにあるようだ。

  

(バーミックス 1951年に世界で初めて生産されたフードプロセッサーのブランド プロの世界は「フードプロセッサー=バーミックス」なのだろう)

(「鹿ヒレ肉のロースト」つけあわせはひまわり市場で買ったクレソン 自生のものを使ったらもっと旨いだろう)

 

 この日八ヶ岳南麓は快晴無風の絶好のバーベキュー日和となった。

 まずは前夜から解凍を始めた鹿ヒレ肉をバラすところから作業は始まった。およそ1キロの肉塊と思っていたが、出来上がりから推定するとその倍の2キロほどありそうだ。

 

(シカセロ(「背ロース」の意か)ヒレの最上部位)

 

 巨大ヒレ肉は白っぽい膜のようなもので覆われていて、これをきれいにはがさなくてならない。さらに筋っぽいものも随所に走っていて解体はひと苦労。

 

(この段階で肉塊はずいぶん小さくなっちゃった(汗))

 

 塩胡椒しておよそ30分休ませてから、オリーブオイルで表面を焼く。

 

(肉汁を閉じ込められる程度の焼き加減でいいんでしょ、きっと)

 

 続いて肉塊をホイルでひとつずつくるんでオーブンへ。

 170℃で10分、その後しばらく放置する(←ここ試験にでます)。

 鹿肉は過熱するほど硬く不味くなるので(経験済)、内部温度を70~80℃に留めるのが理想とのこと。

 

(電気釜の「保温」を使う手もあるそうな)

 

 開宴1時間前に鹿肉のローストは一応出来上がった。

 果たして硬さ、味はどうだろう。

 どれどれと切断してみると、ほんのり桜色のいい仕上がりではないか。

 

(私のナンチャッテ料理史上最高の出来栄え)

 

 ツマミ食いしてみると実に旨い。

 これは洋風のソースよりわさび醤油が合いそうだ。

 

 これならお客人に食わしても大丈夫。

 すっかり気をよくしてAさん夫婦を「ノキシタ」に迎えにいくついでに「コジシタ」に寄ってノブコさんにひと塊差し上げた。 

 

 11時に妹さん(ナオミさん)ご夫妻が大量の料理とともにやってきた。

 タケノコごはん、サツマイモのテリーヌ、サラダ、おひたし、ムース、デザートと盛りだくさん。ナオミさんはプロの料理人で、別荘のキッチンであれもこれもとつい気合がはいっちゃったそうな。

 ああ、ありがたや料理人トモ。

 

 表面を焼いた際の肉汁とバルサミコ酢、みりん、醤油でソースをこさえてみたがなんだかとげとげしい味でちっとも旨くない。

 ナオミさんに助けを求めると、みりんをレンチンして濃厚にしたものを加えたり、片栗粉でとろみをつけたりと、さすがプロは貫目が違う。

 おかげでどうにかこうにかソースらしいものに変身した。

 

 デッキで乾杯して宴は始まった。

 見栄えのよい鹿肉ローストとこれまた美しいナオミさんの料理で(注:「美しい」は「料理」と「ナオミさん」両方にかかってます)テーブルは満艦飾。

 鹿肉を食っては飲み、タケノコごはんをほおばりながらしゃべくり散らかす一同は、赤ワインを高い順に飲み干しては笑い、叫び、また食い散らかす。

 

 そうだ忘れていたよと、本来主役となる牛ヒレも今日ばかりは影が薄い。

 

(「肉のわたなべ」謹製牛ヒレ肉 一人あて約130g1800円なり)

  

(「まあじっくり焼こうよ」とこの日はチヤホヤされない哀れなヒレ肉)

 

 飲んで食って笑ってしゃべって、あっという間に4時間が過ぎていった。

 最後はナオミさんのケーキで2日にわたる饗宴(狂宴)はお開きとなった。

 

(なんだっけ、これ) 

 

 ちなみに鹿肉のローストは第2クールまで平らげたが、最後のひと塊というところで皆さんギブアップ。

 

 やむなくゴルフ友のBさんにかくかくしかじかお伝えして引き取りに来ていただいた次第である。