八ヶ岳ゆるふわ日記

八ヶ岳ゆるふわ日記

八ヶ岳南麓大泉と東京を行ったり来たりの毎日。日々のよしなしごとを綴ります。

(八ヶ岳南麓石堂交差点そば「株式会社デュアルライフ」本社 もともとは「木亭」という和食レストランだった)

 

「2人でポッドキャストやってみませんか」

 八ヶ岳南麓の不動産シーンをリードする株式会社デュアルライフの黒田社長からそんな話があったのはかれこれ1か月位前のこと。

「それはルアーフィッシングみたいなヤツですか」

「いえ、インターネットラジオです」

 

 ラジオなんて「なちチャコパック」、「天才秀才バカ」以来かれこれ50年以上聴いたこともないが、昨今こういうものがはやっているらしい。

 

(谷村新司、ばんばひろふみ「セイヤング」1972~1978 なちチャコは寝落ちすることもしばしばだったがこれは毎週欠かさず聴いていた)

 

(それが今ではこんなことになっている模様)

 

 21世紀初頭をピークに以降退化する一方の私のITリテラシーではそんなの無理です、と固辞したところ、難しいことは私がやります、アンタはどうでもいいことをしゃべり散らかしていればいいですから、ということでならばとやってみることにした。

 

 黒田社長とのおつきあいはかれこれ5年ほどになるだろうか。

 八ヶ岳南麓がさらに暮らしやすい地域になるように日頃努力を惜しまない黒田社長の意向であれば、おやすい御用だ。

 

(初めて一緒に活動したのは3年前のこと)

 

(2026年春には二拠点セミナーに飛び入り参加)

 

 まずは全体のコンセプトを決めてオンエアの頻度やお題を考えましょうということで、おのおの案を練ることにした。

 

 ブログなら画像を駆使すればそれなりに情報発信できるが、ラジオという媒体で情報を伝えるのは難しそうだ。

「幸せを呼ぶブログ」

「役に立つブログ」

を標榜しつつも日暮れてなお途半ば、その境地に未だ至らない私にラジオなんてできるのだろうか。69歳の無謀な挑戦である。

 

 クヨクヨ悩んでいると黒田社長から企画案が送られてきた。曰く、

「お役立ち情報なんて要りません、お店の情報なんかも不要です」由。

 たしかに考えてみれば新しいパン屋の情報をラジオに期待するリスナーはまずいないだろうが、じゃあいったい聴き手は何を求めるのだろうか。

 

 そんなやりとりのあと、この日スタジオ(=会社の会議室)に参集した。

 番組のタイトルはずばり「八ヶ岳南麓デュアルライフゆるふわラジオ」。

 なんだか三菱UFJ銀行とか三井住友銀行みたいな取ってつけたようなネーミングだけど、まあいいでしょう。

 頻度は週1回、15~20分程度として、前半は今週のできごと、後半はあらかじめ決めておいたお題から、という構成にすることになった。

 

 さっそく収録してみた。

 相方が黒田社長ということもあって緊張感はゼロ。

 前半はお互いにどんな一週間だったかを紹介して、後半のお題は自己紹介もかねて「八ヶ岳南麓を選んだ理由」。ああでもないこうでもないしゃべり散らかしていると、収録時間は30分を超過していた(汗)。

 

 この日私は今週3回目のゴルフ(お~い)、黒田社長は社業に励んだこともあって2人ともヘトヘト、反省会をいつもの「心粋」でやることにした。

 

(つきだし代わりの餃子は黒田社長の慰労のため3個進呈、私は2個)

 

 話がどんどん脱線しないように(私だ)気をつけましょうね、自己紹介みたいなのは大幅カットした方がよいかも、なんて、考えてみればこの店でホントの反省会をやったのは初めてのこと。

 

 栄えある第1回オンエアをいつにするか、収録日、次回のお題は黒田社長に検討いただくことにして、酒をガマンした社長のクルマで自宅まで送っていただいた。

 なんだか協力しているのかお荷物になっているのかよく分からないが、収録が楽しみだ。

 

クイズ 黒田社長の年齢はいくつでしょう?

(この画像がヒント)

(若い人だらけの街下北沢)

 

 次男夫婦が無事入籍したので、お祝いをすることになった。

 場所は下北沢。彼の地を訪れるのはかれこれ30年ぶりだろうか。

 

 駅から店に向かう道はどこも若い人がギッシリ。

 吉祥寺だの高円寺だのが「ウチら若者の街だから」、なんていばったところでシモキタと比べれば所詮田舎町だ。

 路上には若い男女が発するフェロモンとカウパー氏腺液が瘴気のように漂っていて、歩いているうちに次第に酩酊状態になっていった。

 

(高齢者がいない街はこわいよ~)

 

(あちこちにカレー屋が目立つ さすが若者の街)

 

 瘴気をかきわけかきわけ、フラつきながらまずは花屋へ向かった。

 

(ユー花園下北沢本店)

 

 

(場所柄か花束の品ぞろえがすごい)

 

 お祝いの花を調達して向かったのは次男が予約した「」。人気店らしい。

 

(ちょっと路地を入ったとこにある)

 

(路地の入口に品書きの看板が 「豚ロースと丸茄子の揚げおろし」、「渡蟹のしゅうまい」、「豚の塩角煮」は食わねばなるまい)

 

 定刻に次男夫婦もやってきて、さっそく乾杯~。

 お嫁さんは体育会テニス部出身で、今でも現役アスリートだから気持ちがいいほどもりもり食べる。

 

(お造り盛り合わせ 右上からアイナメ、ハタ、鯛、クロムツ、しめ鯖)

 

 

(渡蟹しゅうまい 数が半端なものはまずはお嫁さん、次に次男にあてがう)

 

  

(豚ロースと丸茄子の揚げおろし 追加で注文した)

 

 これでもかとばかり料理がやってくるがあっという間に片付いてしまう。

 次男はどこで覚えたのか、而今、豊盃と銘酒をガンガン頼むので負けてはならじとついつい飲み過ぎに。 

 お嫁さんにはおにぎりをあてがうことに(笑)。

 

「シモキタってさ、ひっく、カレー屋が多いね~」

 そんなひとことにお嫁さんがピクンと反応した。

「カレー好きなの?」

「好きです!」

「これから食べれる?(さすがに無理だろ)」

「食べれます!」

 

 ギョギョ。

 腹はハチ切れそうだが、お嫁さんが行きたいならどこへでも。

 先刻見つけたカレー屋に向かったが、人気店らしく行列ができていた。

 

(シメのカレーを食う若者が群がっていた)

 

 やむなく別の店へ。

 次男がネットでみつけた人気店「旧ヤム邸シモキタ荘」は幸運なことに空いていた。

 

(古民家風なのか古民家なのか 古びた佇まい)

 

(「ヤム」は「yummy」ではなく創業者の名前らしい)

 

 薄暗い店内に入るとどうやら不思議ちゃん系のカレー屋らしい。

 

 

 ものは試し、4人そろって「3種全がけ」にチャレンジした。

 お嫁さんはごはん大盛りにするか悩んでいた(お~い)が、後がある(エ?)ので普通盛りに。

 

(鶏キーマ、豚キーマ、牛豚キーマだがどれがどれだか分からなくなった)

 

 旨い。

 たぶん旨いのだが、腹が苦しくて味わう余裕がない。

 

 一行が最後に向かったのは駅前のカフェ「FLIGHT LOUNGE」。

 ここのパフェが名物らしい。

 

(説明書によると各種材料がてんこ盛り)

 

 赤ワインをチビチビやっているとやがてお目当てのパフェがやってきた。

 

 

 すげえボリューム。

 お嫁さんはおいしいおいしいとペロリ。

 食い意地に関しては人後に劣ることはない私だが、お嫁さんの健啖ぶりには脱帽だ。

 

 大食いに悪人なし、である。

 まずはめでたし、めでたし。

 

(いつまでも仲良く幸せに) 

(想定では我が家の周辺ではそこそこ火災が発生する「東京都被害想定HP」より)

 

 ジョンウンのミサイル、原発事故、株価大暴落、クマの一斉蜂起、エボラ出血熱の上陸、ハイパーインフレ・・・。

 今後我が国を襲うであろう災厄はいろいろ考えられるが、白眉といえばやはり首都直下地震、南海トラフ地震、富士山噴火の極悪トリオだ。

 

 このうち富士山噴火は2040年までに確実に発生すると言われているが、他の2つだって30年以内の発生確率が70%に達しているから油断はできない。

 つまり私が生きている間に何事も起こらない確率はほぼゼロといってよいだろう。

 

 災害対策として重要なのは、食糧、水、電気、ガス、トイレの5つ。少なくとも3日間、理想的には2週間程度自力でしのぐ準備をしなくてはならない。 

 

食糧(対策〇)

 シーチキン缶詰と「さとうのごはん」を備蓄。

 シーチキンは朝メシ時に古いものから順次食っていけばよいが、さとうのごはんは賞味期間が過ぎて1年もしたら捨てちゃえばいい。これを「古い順に食わなくちゃ」なんて考えるととたんに気が重くなる。

 

(対策〇)

 折りたたみバケツ(調達済)で井の頭池の水を汲む。汲み場所のロケハン済。

 これをカセットガスコンロで沸かせばよい。

 

ガス(対策〇)

 カセットガスコンロでOK。

 

トイレ(対策〇)

 庭に簡易トイレをこさえる。

 穴掘り用のスコップ、目隠しブルーシート調達済。

 

 唯一対策ができていないのが電気である。

 非常用電源にもなるヤリスクロスへの乗り換えを考えているが、フォレスターのバッテリーとタイヤを換えたばかりだからまだずいぶん先のことになるし、容量を考えるとスマホの充電に毛がはえた程度のものしか期待できない。

 

 そんなわけで、この際太陽光発電+蓄電池の停電対策を検討することにした。

 

(太陽光発電にはこれだけの機材が必要 シャープのHPより)

 

(停電対策には蓄電池が欠かせない)

 

 見積りをとったのは電力系のA社、ガス系のB社と、我が家を建ててもらった工務店「ハウステックス」とつきあいが長いというC社の3社。

 

 設備構成は3社とも大同小異だが、惹かれたのはA社である。

 ここは初期費用がゼロで、その代わり今後10年間月額1万7000円程度を負担するというもの。10年経過後は設備が無償譲渡されてそのままタダで利用できる。

 我が家の電気代はならすとだいたい月1万円程度。

 これが太陽光でほぼ賄えることになるので差し引き月7000円の追加負担で安心を買うことになる。

 

 B社、C社は月額料金は不要で初期費用をとるタイプ。

 C社の見積もりでは足場工事費も含めて設置費用は380万円になる(汗)。

 ところが東京都の場合太陽光+蓄電池に補助金が出て、2026年の補助額はなんと218万円とのこと。つまり差し引き160万円で設備一式が調うということだ。

 

 ああ、ありがたや小池百合子知事。

 もっとも法人事業税などの地方税収が東京一極集中になりつつあり東京一人勝ちの現状では彼女のお手柄だけとはいえまい。

 

 う~む。

「初期費用なし」をとるか、「ランニングコストゼロ」をとるか。

 私が死んだあと家内が寡婦年金で細々とやりくりを続けていくことを考えると、今のうちに払うものを払ってしまった方がいいだろう。

 

 そんなわけでC社と詳細を詰めることにした。

 条件的にはB社もほぼC社と同じだったが、初見の業者よりも信頼できる工務店の紹介の方がより安心だ。

 

 今回も当時の担当営業D氏がわざわざ我が家まで見積書を届けにきてくれた。

 後日の業者との詳細打合せも同席してくれる由。

 カネにならないのにありがたい限りである。

 

(敷地に水抜き穴をタダで掘ってくれたのは2年前のこと)

 

(D氏にチェックしてもらったところ太陽光パネルを設置している住宅は意外に多い)

(我が家から一番近い脳ドック「すぎなみ脳神経外科」)

 

 長いこと日本人の死因第一位を占めていた脳卒中。

 1981年にトップの座をガンに譲ったものの、「往生際の悪さ」という点では依然としてトップだろう。

 すぐポックリいけばともかく、寝たきりになれば本人も辛いうえに家族にもどれだけ迷惑をかけることになるか。その点認知症の方が本人はつらくないだけマシといえばマシだ。

 

 私が初めて脳卒中に接したのは今から60年前のこと。

 父方の祖父が脳卒中で寝たきりになり、両親とお見舞いに行った。

 祖父は居間のベッドに仰臥して身じろぎもせず、メシを食わせるのも、シモの世話も身体を拭いてやるのも全て祖母がかかりきりだった。

 

 半ば屍と化した祖父は孫に気がつくと回らぬ舌でううう~と何かを伝えてきた。

 おそるおそる口元に近づいてみると祖父は、

「しにてえ、しにてえ」

と言っていたのだった。

 

 今の私なら「おじいちゃん、今ラクにしてあげるからね」と手で口を塞ぐ位の芸当はできるかもしれないが(できるかなあ)、当時の私はやさしかった祖父のあまりの変貌ぶりと人生の最後に待ち受けている闇の恐怖にただ呆然とするだけだった。

 それから3年ほど経って祖父にはようやく安息が訪れたが、以来寝たきりの恐怖は今でも私の脳裏に重くのしかかっている。

 

 そんなわけで脳ドックを受診することにした。

 昨年も受診したばかりなのだが、ここんとこ脳卒中の前駆症状と思わしき現象が生じているので、安心を買うためにもカネを惜しんでいる場合ではない。

 

(「顔の片方が下がる」、「モノが2つに見える」、「言葉が出てこない」の3症状)

 

 ついでに最近とみに怪しくなってきた認知症検査も受けることにした。

 

 巷間「脳卒中」とひとくくりに言うが、大きく分けて「脳梗塞」、「脳出血」、「くも膜下出血」の三類型があり、脳梗塞はさらに「アデローム血栓性脳梗塞(プラークが血管に詰まる)」、「心原性脳梗塞(心臓内の血栓が脳血管に詰まる一番重篤なヤツ)」、「ラクナ脳梗塞(小さな血管が詰まる」」に分かれている。

 この中で「ラクナ脳梗塞」が一番軽微な症状で、比較的ラクなのでこう呼ばれている(ウソです)。

 

 すぎなみ脳神経外科のMRIはキャノン製。

 本体とすえつけ工事などで2億円程度かかるらしい。

 設備の耐用年数7年として稼働日数は300×7の2100日、1回3万円の収入だとすると投下資本の回収には1日あたり3人の受診者を相手にしなければならないから、ドック稼業も決してラクなものではない。

 

 

(すぎなみ脳神経外科HPより 斯界では独・シーメンスがガリバーで世界シェア40%を占めるそうな)

 

 服を着替えて耳栓をすれば準備完了。

 およそ30分間ガチャコンガチャコン、ガガガという不愉快な騒音に耐えねばならない。

    

 ガガガ、グワー、なんて断末魔の叫びのような異音の合間にガチャコンガチャコンが通奏低音のように響いた。

 ウトウト聞いているうちにいつの間にか、カシテチョ、カシテチョと哀願されているように聞こえてきた。

「貸してちょ貸してちょ」

「カネは貸せないね」

「少しでいいから貸してちょ。ガソリンでゃあも、高速でゃあも高いなも」

「貸せないよ。アンタとオレは無関係だからさ」

「貸してちょ、貸してちょ~よ」

 

 ああしゃらうるせえなあと思ったら検査も終わった。

 15分ほどしてからセンセイから診察結果のフィードバックを受けた。

 

「全く何もありませんね(きっぱり)」

 あ~よかった。

「強いていえば微細な脳出血痕が2つほどありますが年相応の現象ですから心配するだけムダです」

 

(脳の断面画像より 赤丸のところが出血痕)

 

「するってえと、これがラクナ梗塞ってヤツですかね」

「(ニワカがうるさいなあ)そんな大それたものじゃありませんから。心配ご無用」

 認知症の方も今のところ大丈夫ということで愁眉を開いた。

 

 次は2、3年経ってからで大丈夫です、ということでセンセイとお別れ。

 

 なんとも清々しい気分だ。

 めでたいハレの日だから昼メシは好きなものを食わねばなるまい。

 カツ丼セットか、カレーにするか。

 昨晩西荻窪で見かけたカレー屋という手もあるが、好漢自重すべし、なんせ昼メシは残り4200回しか食えないから軽挙妄動は慎まなくてはならない。

 

(名前からしてなんだか「不思議ちゃん系」の雰囲気があるんだよな)

 

 東京滞在もあと数日。この際八ヶ岳南麓では食えないインドカレー(ネパール人調製のものに限る)を食うことにして、行きつけのカレー屋(名前忘れた)へ。

 

 ハレの日はやはりダブルカレーだろう。

 

(キーマとマトン辛さは4 ナンが巨大すぎる)

 

 旨い~。

 お供のタンドリーチキンをキーマに浸けこんでガブり。

 旨い~。

 キーマがタンドリーチキン泥棒なのか、はたまたタンドリーチキンがキーマ泥棒なのか判然としないが、その混沌こそが旨さの源泉なのだろう(ホントか)。

 

(物価高騰のあおりかタンドリーチキンが細くなった)

 

 帰省中の行事も淡々とこなして残るは次男夫婦の入籍祝いだけ。

 気分爽快、食欲増進。

 この調子なら極楽往生間違いなし、である。

 

「毎日が土曜日」の私だが例年6月上旬は忙しい。

 庭の山椒が収穫期を迎えるからだ。

 

 標高約1000mの我が家で実の取り頃を迎えるのは6月になってから。

 といって、6月も半ばになると実の中に種が形成され始めて口に残るようになるので、日々山椒の実をつぶしてみてベストの状況を見極めなければならない。

 収穫したらすぐちりめん山椒と山椒の醤油漬け(←1年もつので大層重宝する)をこさえ、出来立てを東京の知人たちにお届けするのが私の唯一の年中行事である。

 

 この「山椒帰省」に合わせていろんな用事をまとめて済ますことにしている。

 今回は、

愛車フォレスターの車検

脳ドック

杉並区民健康診断

太陽光パネル+蓄電池設置(東京直下型地震対策)の現地調査

次男夫婦の入籍祝い

と目白押し。

 

 そんな中ご近所の飲みトモAさんにちりめん山椒をお届けするついでに西荻窪で飲むことになった。

 場所は初見のお手軽イタリアン「LORO KITCEN」。「LORO」とはイタリア語で「彼奴等」という意味らしい。 

 

 Aさん宅の目の前のバス停で西荻窪駅に向かうことにしたのだが、あろうことかバスは定刻の5分前にやってきた。

「これはいけませんね~。乗り損ねるお客さんが気の毒ですよ」

「ホントに。バスは定刻前に出るのはマズいでしょ」

 ったく、バス会社も人手不足で細かいことまでは配慮できないのかもしれないが、こういう所は襟を正してほしいものだ。

 

「あ」、とスマホを見ていたAさんが声をあげた。

「どうしました?トランプがまたTACOりましたか」

「ゆるふわさんが事前にチェックした時刻表は土日のですね」

「ギョギョ」

「バスは定刻から3分遅れでやってきたことになります」

 

 Yurufuwa Allways Cheap Out・・・。

 恥の多い人生でした。

 

 そんなわけで店には開店の10分前に到着、準備にいそしむマダムから「もうちょっとだけ待ってね」と懇願され周辺をウロウロ。

 5分前に戻るとマダムがにこやかに迎え入れてくれた。

 

 店はテーブル席が2つとL字型のカウンターがあるこじんまりした佇まいである。

 

(外には街イタリアンらしい情景が広がる)

 

 ここは人気店だが、品数は思いの外少ない。

 

(メニューは基本これだけ)

 

(季節モノが3品 以上)

 

 生ビールを頼んで、前菜から「ロロサラダ」、「海老フライ」を、メインには「ラムスペアリブのスパイスグリル」、季節モノから「鱧のビール揚げ(どんなんだ?)」を注文した。

 

 

(つきだしはマグロの唐揚げ)

 

 最初に登場したのは「ロロサラダ」。

 実に彩りゆたか。

 

(今宵のお供はドイツ産ピノノワール ちょっとふやけた味わい ゲルマン魂はどこにいった)

 

 この店の素晴らしいところのひとつが料理を全て2人分に分けてくれること(上の写真も1人分に分けたもの)。奇数個の食い物が「遠慮の塊」化する不祥事を防いでくれる。

 

 続いてやってきたのが海老フライだが、一見すると海老フライには見えない。

 

(モヤモヤの中に海老フライが鎮座している)

 

 旨い。モヤモヤ(ニンジンかなあ)があっても、なくても旨い。

 台座になっているマッシュルームソースがこれまた実にイケる。思わずフォカッチャを頼んで清掃作業にいそしんだ。

 

(こういう作業は大歓迎)

 

 ふと気がつくと狭い店内は LOROで満席になっていた。

 いったいどこから湧いてきたのか、どうやら常連さんらしい。

 

 次にやってきたのが「鱧のビール揚げ モロヘイヤソース」。

 ひと切れの半分ほど食ったところでうっかり皿の中にワインをブチまけてしまった。

 ああ、気の毒な鱧。

 ビールで揚げられた挙句ワイン漬けにされるとは。

「大丈夫ですか。料理は作り直しますからね」

「いえ、大丈夫。このまま食います」

 作ります、食いますで押し問答のすえ新しい半人前がやってきた。

 

 ああ、情けは人のためならず(オマエが言うなって)。  

 

(リニューアルで再登場 こんなことならもっと食っておけばよかったと思う私はどこまでも小さい)

 

 そういえば初っ端に頼んだスペアリブがいつまでもやってこない。

 しびれを切らした私がコマネズミのように走り回るマダムをエラそうに呼びつけて事の次第を確認すると、忘れているわけではなくて火が通るのにとてつもなく時間がかかるとのこと。おそらくモノがモノだけにある程度注文がまとまってからこさえるのだろう。

 

(これも一人分ずつ小分けにしてくれた)

 

 う~ん。

 こんがりジューシーで至福の味。

 ゲルマン魂を忘れたふぬけたピノノワールでは貫目が違い過ぎるのでレモンサワーを追加した。

 

 明日は車検+脳ドックの慌ただしい一日である。

 忙中閑あり。

 Aさんにおつきあい頂いて豊かな時間を過ごすことができた。

(上高地・河童橋 バックは明神岳標高2931m)

 

 上高地を訪ねるのはちょうど50年ぶり。

 平日であればクルマで入山できたのも今は昔、幸い上高地往復シャトルバスの乗り場に一番近い「さわんど第3駐車場」に駐車することができた。

 

 勝手が分からないので「さわんどバスターミナル」のタクシー会社のおばさんに聞いてみた。

「スミマセン、上高地までまず行って大正池まで歩いてそこで帰りの切符買うのと、上高地往復の切符を買うのとどっちが安いですかね」

「う~ん、今日は平日だからアレだけど、混んでると大正池では帰りのバスに乗れないかもしれないよ」

「・・・」

「勾配も大したことないから大正池で降りて上高地まで散策した方がいいよ」

 

 たしかに。

 おばさんありがとう。

 

 

(いざ出発 ちょうどバスが出たところだったので行列の先頭になった)

 

 上高地の歴史には3つのエポックがある。

 ひとつは1896年(明治29年)イギリス人宣教師のウォルターウェストンが上高地の魅力を世界に伝えたこと。近代上高地の歴史はここから始まったといってよいだろう。

 さらに1927年(昭和2年)芥川龍之介が「河童」で河童橋に触れたことから上高地は一躍有名な観光地になった。

 

 そして現在の上高地のステイタスを確立したのが1933年(昭和8年)に創業した「上高地帝国ホテル」である。

 

(同ホテルHPより)

 

 私はこれまでの半生で「セレブ」と呼べる何人かの人に出くわしたが、その中の一人が職場の先輩のAさんだった。

 Aさんは職場で知り合う半年ほど前に結婚したのだが、なんと披露宴は上高地帝国ホテルで

やったというからお立合い、知り合う前でよかったよ。

 実家に残したガラクタを回収するので手伝ってくれというので広尾の実家についていったことがあるが、その瀟洒な造りにオッたまげた。

 来年結婚します、と伝えると、

「あ、それなら上高地帝国ホテルがいいよ。日どりが決まってるなら予約してあげる」

とのありがたいお言葉。

 必死に謝辞し、手伝いのお礼にトランペットを貰って帰ったのだが、あれはどこにいったのだろうか。

 

 白黒抹茶、あずきコーヒー、ゆずさくら・・・。

 バスの中は「青柳ういろう」もかくやとばかりに、肌の色も髪の色も眼の色もさまざまなインバウンドの人たちでぎっしり。

 インバウンド市場がここまで熱いとは。

 

 ういろう達の殆どは大正池で下車した。

 上高地に向かう湿地帯には板ばりの歩道が往路用と復路用の2列敷いてあるのだが、彼らはお構いなしに両方とも占拠するうえに手をつないでみたり突如立ち止まって記念撮影したりと空気を読まないことおびただしいのであちこちに渋滞が出来てしまった。

 

(穂高連山はあいにく雲の中)

 

 う~む。

 これは昼メシも予想以上に混雑するに違いない。

 しかももともと帝国ホテル価格がベースのところに、これだけインバウンド観光客が蝟集するとメシ代も破格に高いことだろう。

 

 ちなみに帝国ホテル内軽食レストラン「アルペンローゼ」の昼メシは、

ハンバーガー4500円、

カツカレー4200円。

 これのどこが「軽食」というのか。

 

(八ヶ岳南麓の高級ハンバーガー店「PUT」の倍以上とは恐れ入る)

 

 コーヒーショップ「グリンデルワルド」のスナックは、

ミックスサンドイッチ3800円、

カツサンド4900円、

だから、コーヒーショップだからと気安く食ったら死んじゃいますって。

 

 この瞬間に上高地の昼メシはいさぎよく放棄した。

 まさに備えあれば憂いなし、朝メシをたらふく詰め込んだのが奏功した。

 

 そうと決まれば長居は無用。

 ういろう集団で帰路がごった返す前に早々と上高地を脱出した。

 

 この日の遅い昼メシは松本に向かう街道筋の十割そば「せきや」へ。  

 

(古民家風のどっしりとした佇まい)

 

 さあ何を食うか。

 ここは一番、禁断の食い物カツカレーかカツ丼セットでしょう。

 

(カツ丼が通常サイズよりさらにデカい)

 

 パッポンカリーに始まりカツ丼セットで終えた信州旅行はこれにて無事終了。

 次の旅行は旧友と行く白骨温泉だ。 

(乗鞍高原温泉「緑山荘」露天風呂 泉質は単純硫黄泉(PH3.9))

 

 風呂嫌いの私だが、それでも温泉にはこだわりがある。

 まず、無職透明な温泉はダメ。なんだか家の風呂と変りばえがしないので温泉に来たぞ~という晴れがましさに欠ける。

 茶色く濁ったヤツもいけません。あれは泥が混じっただけで薬効に乏しいのは明らかだ(ホントか)。

 一番いいのは万座温泉のような青味がかったヤツで、それと同じくらい白濁した温泉も気分が高揚する。

 

 そんなわけで今回訪れたのは白濁度が高い乗鞍高原温泉である。

 上高地へのアクセスを考えると同じく白濁の湯として高名な白骨温泉がさらに便利なのだが、こちらは夏に高校時代の旧友と訪れる計画があるのでこちらにした次第。

 

 乗鞍高原には比較的小規模な温泉宿が10数軒点在するが、その中から選んだのは「緑山荘」。

部屋に付随する食事室でメシが食えるというのが決め手である。

 

 

(民宿という感じの佇まい)

 

 緑山荘は4室の小規模な宿ながら露天風呂×2、内風呂×2がある。つまりどこかしらの風呂は貸し切りで使えるというのがなんともありがたい。

 この日の宿泊客は計2組。

 チェックインの時に内風呂(24時間入浴可能)はこっちを占有してください、露天風呂は今日はこっちで翌朝はこっちを使ってくださいと指定されて独占状態となった。

 

(露天風呂 白濁してまっせ)

 

(内湯も白濁している あたりまえだけど)

 

 10分ほど入浴すると(お~い)、あとはメシまですることはない。

 ひたすら待ち続けること2時間、ようやく準備が調ったところで食事室に案内された。ここは廊下側から配膳して客は居室からドアを開けて入れるようになっている。

 

 献立をみると一見豪華絢爛なラインアップだが、所詮鄙びた温泉宿だから多くを期待してはいけません。

 

(本日の献立)

 

 食膳にはパッと見山菜類が目立つ。

 

 

 まずはお蕎麦を召し上がれということで、最初ツルツルあとはカメカメ、ああ、めでたやな~。

 

(まあ普通だな)

 

 一の膳(というのだろうか)で旨かったのは「紫蘇占地(しそしめじ)」。

 これ旨いですねここで買えるのですかとおねえさんに尋ねたところ残念ながら売り物はないとのこと。

 

(サービスで追加してくれた)

 

 信州アルプス牛(黒毛和牛とホルスタインの交配種)をジュジュっと食い終えた頃に追加の品が登場した。

 

(信州サーモン(ブラウントラウトとニジマスの交配種)の刺身 冷凍が長かったせいか見た目ほど旨くはなかった)

 

(「岩魚のささやき」味噌風味の蒸し焼き)

 

(「ささやき」は「ささやく」じゃなくて「ささやかな」ということらしい)

 

 山菜やしょっぱいものが多いのでメシが進む。

 もう無理、という位腹に詰め込んだところでとどめの一撃チェリーケーキが登場した。

 

(冷凍モノだがそれなりに旨い)

 

 温泉に比べてメシはまあまあ。

 口コミを見るとメシがひどすぎる、というようなクレームもあるが鄙びた山の宿で多くを望む方が間違いだろう。山小屋のメシよりはずっとマシなんだから。

 

 翌朝も風呂に浸かってから(まあ10分程度だけど)朝メシにとりかかった。

 備えあれば憂いなし、だ。上高地に行くとメシが食えるかどうか判然としないのでとりあえず2食分を腹に詰め込んだ。

 

(メシ3杯程度ならおかずはこれで十分)

 

 準備万端一行は上高地へ。

 といってもクルマで15分程度だけど、旅情はいやがうえにも高まっていった。

(国宝松本城 5層6階の天守閣、乾小天守(右)、渡櫓、月見櫓(左手前)、辰巳附櫓(左後ろ)の5つが国宝に指定されている)

 

 愛犬が死んで1年あまり。これまで足を運べなかったところに行ってみようということで、今回は松本城、乗鞍高原温泉、上高地を巡る小旅行に出かけた。

 

 まずは国宝松本城へ。

 天守閣が現存する城は全国で12あるが、このうち国宝に指定されているのは、

姫路城(関ケ原合戦後 西国大名監視のため)

松本城(小田原の陣後 関東に移封された徳川家康監視のため)

犬山城(豊臣秀吉薨去後 家康勢力からの防衛のため)

彦根城(大阪夏の陣後 東西交通の要衝を扼す)

松江城(大阪冬の陣前 西国大名監視のため)

の5城。

 いずれも戦乱の世が終わってから造られたため今日まで天守が残ったものだ。

 

(戦国後期に見られる平城 防衛力は弱いが商業活動や大兵の駐屯には便利)

 

 現松本城は1590年(天正18年)彼の地に入部した石川数正の縄張りで築かれた。

 家康が今川義元のもとで10数年にわたって人質時代を過ごした際にも共に駿河で暮らした股肱の忠臣数正であるが、1585年に一族郎党を引き連れて家康のもとを出奔、豊臣秀吉の配下となった。

 

(NHK「どうする家康」で竹千代を抱く数正 松重豊が数正を演じたがどう見ても井の頭五郎にしか見えなかったのが残念だった)

 

 離反の背景には秀吉の調略や、徳川家中の岡崎派、浜松派の対立などが挙げられているが、出奔の際には二人の間に何らかの黙契があったのだろう。そうでなくては大阪夏の陣で豊臣家が滅亡した後も石川家の存続が許されていたことの説明がつかない(のち後嗣康長が大久保長安事件に連座、改易され石川家は断絶した)。

 

(楼門には今でも石川家の紋(笹竜胆)が残っている)

 

 松本城主として注目すべきが何代目かの松平直政である。

 直政は家康次男松平秀康(結城秀康)の三男として生まれたが、母親の出自が卑しいため部屋住みを余儀なくされて日々無聊をかこっていた。

 

 転機が訪れたのは大阪冬の陣、夏の陣である。

 あちこちで借金をして武具や家来を調えて参陣した直政は祖父家康の前で武功を挙げ、1619年(元和5年)上総姉ケ崎1万石を拝領あっぱれ大名となった。

 その後松平家の内訌、三代将軍家光(いとこ同士)との交誼を通じてとんとん拍子に出世した直政は1633年(寛永10年)に松本藩7万石を拝領するに至った。

 

 彼の幸運はさらに続く。

 1638年(寛永15年)には松江藩初代藩主として18万6000石の大名となる。

 後に国宝となる城の城主を2度も勤めるという幸運は特筆に値する。

 推測するにひとつは部屋住みの身で苦労した経験が彼の出処進退を誤らせなかったこと、もうひとつは将軍になり損ねたオヤジの秀康公に対する将軍家や幕閣の同情心がその息子に幸運をもたらしたのだろう。

 秀康の小説はいくつか上梓されているが、直政のものは存在しないようだ。だれか書いてくれないかな~。

 

(徳川家康次男 松平秀康1574~1607   

 嫡男信康廃嫡・切腹の際には当然彼が嫡子となるべきところ家康が選んだのは凡庸で素直な三男の秀忠だった 勇猛果敢で親をもしのぐ力量を持っていたという信康とよく似た資質の秀康を後嗣にすると己が身が再び危うくなることを懸念したのだろう)

 

 威容を誇る外見と異なり、城の内部はショボい。もともと殿様が居住する御殿の役割を担っていないので当然といえば当然だ。

 

 インバウンドの波はここにも及んでいて、狭い楼内は外国人観光客がどっさり。狭いうえに極端に急な階段を登るのに苦労している巨漢のアメリカ人も一人や二人ではない。

 

 花村萬月の出世作「皆月」に松本城の階段のシーンが登場する。

 ひょんなことから義理の弟アキラと元ソープ嬢の由美の3人で駆け落ちした妻を探す旅に出た主人公は途中で寄った松本城の階段を登る由美の白い下着を仰ぎ見てそこに純潔を感じてしまう。

 

 私にとっては松本城の最大の見どころスポットだ。

 スマホで写真を撮ろうとモゾモゾすると、

「ダメです。階段の写真はダメ」

 と監視員(なんだろうね)に叱られた。まあそうだろうなあ。

 

(天守に通じる階段は城内で最も急な61度 松本城HPより)

 

(天守より大手門(南側=松本駅方向)方面を望む 城の顔というべき正面はこの南面でなく東面になっているのは東の徳川勢力に対する威嚇のため)

 

 天守の見学が終わると流れるように月見櫓へ。

 ここは直政が善光寺詣でをするといういとこの家光公を接待するために造営したものだという。

 

 

(満月は東の山(焼山、牛伏山か)から顔を見せる)

 

 城のあちこちを見学して約2時間。

 階段の写真を撮れなかったのが残念だが、我が家から最も近い国宝を観ることができて命冥加というものだ。

 

 眼福が終われば食福の時間である。

 これから先の行程ではひたすら醤油味のものが待ち構えているはずだから、ここはカレーとか

パスタを食うのが常道というもの。

 

 さっそく周辺を物色したがカレーは言うに及ばず食い物屋なんてどこ~にもない。

 そうだ、市役所の裏の方に行けば木っ端(じゃないでしょうね、きっと)役人どもが集う店があるはず、とにらんでトボトボ歩いていくと見事ビンゴだった。

 

(タイレストランみっけ それらしい人たちで満席だった)

 

 さっそく「シュリンプ・パッポンカレー(カニ類のカレー)」なるものを注文した。

 

(卵が多くてあんまり辛くない パクチー抜きで)

 

(ごはんは別売りとのことなので「タイ風チャーハン」を追加)

 

 旨い。

 ここの店主は日本人だから、日本人に合うようにローカライズしたタイカレーは旨いに決まっている。

 

 松本城を訪れることは金輪際ないだろうが、万が一また来る日があったら今度はグリーンカレーを食ってみよう、そんなことを考えながら松本をあとにした。

(日本で2番目に高い(標高1425m)清里アーリーバードゴルフクラブ17番ホールより八ヶ岳を望む まさにスペクタクル)

 

 ゴルフ友のAさんは八ヶ岳高原ロッジの近くの別荘族。これまで何回か東京で飲んだことはあるものの、地理的な制約で八ヶ岳で飲んだことは一度もなかった。

 今回お互いに単身ということもあり、ゴルフの後に八ヶ岳南麓を代表する焼鳥居酒屋「心粋」で飲みましょうということになった。

 そのあとは我が家で泊まってもらおうという算段である。

 

 前祝い兼事前練習として水曜日に2人で「清里アーリーバード」へ。

 52・46の98は私の技量ではまずまずといったところ。

 

 この日の本番は私たち2人にゴルフ友のBさん、KBMも加わって4人でニギニギしくラウンドする予定だったのだが、「滅多にかからない(本人談)」罠に鹿がかかったということで絶好のゴルフ日和にもかかわらずKBMは不参加となった。

 

 

(フェアウェイには鹿の糞がゴロゴロしているが猟場はこの先の八ヶ岳方面)

 

 この日のスコアも奇しくも52・46の98。

 練習しようがしまいが、スコアにはちっとも影響がない(汗)。

 

 いったんお別れしたAさんが寝具とともに我が家にやってきた。

 私のクルマに乗り換えて一路「心粋」へ。

 この日のメンバーはゴルフの3人に「ゴルフはしないが反省会は欠かさない」という有徳人の

Cさんの総勢4人。

 

 噂ではCさん最近は「安パイ」と呼ばれているらしい。

 というのも「心粋」は3人だとカウンター席をあてがわれるのだが、4人そろえばテーブル席を占拠できる。こういったシチュエーションではいつでもOKの飲みトモがいるのは実に心強いのである。

 AさんとCさんは初対面だが、どちらも温厚かつ人畜無害(失礼だろ)の好人物なので、我々は気にしません。

 

(焼餃子2人前10ケ ゲストのAさんに3個進呈、勧進元の私も3個、あとの2人は2個でガマンしなさい!)

 

 さっそく生ビールで乾杯~。

 ひとくちふたくちゴクゴクっとやっている間にCさんは一気呵成に中ジョッキを空け、開始10秒でお代わりしたのには一同あんぐり、インド人もびっくり(古いな)。

 安パイ氏、とにかく酒もツマミも恐ろしく召し上がる。安パイなんて失礼千万、危険牌そのものなのである。

 

 ああでもないこうでもない、しゃべり散らかしながらハイボールをグビグビ。

 AさんとCさんもなにやら顔をくっつけて話し込んでいる。友だちの輪は何もしなくても勝手に広がっていくんだなあと感慨無量だ。

 

 新しく入れた角瓶が空になった。

 時計を見るとまだ飲み始めてから30分しか経ってないじゃないの。

 酒席でいつも思うのだが、初っぱなは時間が遅々として進まないのは何故だろう。終いの方になるとあっという間に1時間、2時間経っちゃうというのに。

 

 

(カウンターにCさんのかつての教え子がいらっしゃったのでテーブル席に招じ入れたがさぞ迷惑だったことだろう 因みにごろにゃんと甘えている方がCさん)

 

 そうだ、夜も更けてきた頃にCさんが奇声を発した。

 なんでも大門ダムの地下で貯蔵した超限定品の純米吟醸酒(武の井酒造謹製)を2本手に入れたとのこと。

「要りますか~」

「要るに決まってるでしょうが。ヒック、続きはウチでやりましょう!」

 

 

(武の井酒造HPより 山梨県と同酒造のコラボによる初の試みとのこと)

 

 Bさん、Cさんは明日も仕事とのことで本日はこれでお開き。

 トボトボ家路をたどる道すがら、Cさん宅にちょっとお寄りして大門ダム貯蔵の純米吟醸酒を頂いた。

 

 我が家に戻ってAさんとサシでもらいたての酒を飲み始めた。

 旨い~。

 Aさんもこれ旨いですねえとグビグビ、グビグビ。

 角瓶2本空けた後だけにホンの少し残ったのはご愛敬、明日は独り酒としゃれこもう。

 

(銘柄はおそらく「青煌」と思われる)

 

 Cさんありがとう。

 安パイだ、危険牌だ、けしからんことをぬかす輩は私が成敗してしんぜませう。 

(「PUT」のおススメ「醤油テリヤキエッグ」)

 

 八ヶ岳南麓に数ある中でも旨いと評判のハンバーガーレストラン「PUT」に行ってみた。

 場所は総菜パンで高名な「くのパン」の隣。最近オープンした「ル・プレジール・デュパン」のトイメンである。

 ここは「くのパン」の息子さん夫婦が何年か前に開いたものだが、至近にもかかわらずこれまで訪れる機会がなかった。

 

(ル・プレジール方面からの遠景)

 

 平日にもかかわらず店内には大勢のお客さん。全員女性だから評判どおり旨いのは間違いなさそうだ。

 この界隈の多くの男性はここで2000円近く使うのなら、カロリー単価が半額以下の「らーめん一休」で焼肉定食かカツカレーを選ぶはず。

 逆に一休ではカップルを除けば女性客は見たことがないから、自然に棲み分けができちゃったらしい。

 

 前金制のレジで初見であることを告げるとマダム(たぶん「くのジュニア」の奥様)がひととおり説明してくれた。

 簡単に言うとバーガーにはお供が必ずついてきて飲み物は別料金ということらしい。

 

(マダムのおススメに従って「醤油テリヤキエッグ」をチョイス 相方は「アボカドチェダーチーズ」(←こっちが正解だった)どちらも1800円と少々お高め)

 

 それにしてもハンバーガーを食うのはいつ以来だろう。

 30年ほど前にお茶の水で勤務していた時は「いもや」の天丼か「バーガーキング」が昼メシの

定番だったのだがそれも今は昔、天丼は食えてもハンバーガーは想像しただけで胃が重くなるのだから老いは残酷である。

 

 そうだ、と突然思い出したのがいつだったか「まきばレストラン」でジャンボハンバーガーを食ったこと。

 ブログの記事を辿ってみると(←こういう時にブログってホントに重宝する)、今から7年前2019年のことだった。

 

(これが最後のハンバーガー 話のタネにはなるものの食いづらいうえに不味かった まきばの運営受託者が桔梗屋に代わって即刻廃止された模様)

 

 待つこと5分、バーガーセットがやってきた。

 

(まきばほどではないが食らいつくのは大変なサイズ)

 

(お供はフライドポテト、コールスロー、ピクルス)

 

 深呼吸してエイヤとがぶり。

 具がバラバラとこぼれていく。それを拾って口に押し込んだりしているとあっという間に手がベトベトねなった。

 ここまで手を汚すのは50年前に三田の「ラーメン二郎」で脂まみれの丼に閉口して以来のことだ。この時は他のお客さんにならってテーブル下の新聞や雑誌で手を拭ったっけ。

 

 こちらの店では手を拭けるものは極小サイズの濡れナプキンだけ。これは最後まで温存せねばならないし、残念ながら新聞も雑誌もない(あたりまえだ)。

 そうだ、トイレで手を洗っちゃおうと行ってみると、洗面台にペーパータオルが。地獄に仏とはまさにこのこと。

 

 人心地もついて周囲を見回すと女性客の皆さまも大口あけてガブリガブリとやってらっしゃる。なまじ異性の客がいないから思う存分かぶりつけるのだろう。

 

 そうこうすると、お一人様の男性が入店してきた。

 レジに並んでいるその顔はどこかで見たことがある顔だ。

 はて誰だっけ、とガン見すると向こうも視線に感づいてこちらを凝視してきた。

 そうだ、彼は「歴史的シリーズ」で有名な某セレブスーパーの社長ではないか。いつもの見覚えある制服を着ているから間違いない。

 

(写真と本文はい~っさい関係ありません)

 

 水をとりにいくついでに社長に挨拶した。

「こんにちは、いつもお世話んなってます」

「こんちは(はて誰だっけ)」

「こちらにはよく来られるのですか(アンタんとこの客だよ、客)」

「ええ、常連です。ここが一番旨いですから(誰だか分かんないけどいいや)」

 

 う~む。

 社長が昼休み時間を利用してはるばる食いに来るのだから味は間違いない。

 やり手の社長のこと、そのうち「歴史的ハンバーガー」なんてのを売り出すかもしれない。

 

(別売りのアイスコーヒーは250円 これであと口もさっぱり) 

 

 それにしてもついこの前食ったと思っていたジャンボハンバーガーに辟易したのがもう7年も前のことだったとは。

 最近できたと思っていたこの店も同じく2019年オープンだというから、これもかれこれ7年経っている。

 

 こんな調子で月日が流れていくと、メメントモリカウントダウンタイマー(現在のこり4200日)がゼロになる日はアッという間にやってくるに違いない(汗)。

 

(カウントダウンタイマーがゼロになるまでにもう一度位訪れるだろうか その時は「アボカドチェダーチーズ」にしようっと)