映画「俺俺」感想※ネタバレ有り | ネタバレつん

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ネタバレ用。

どうも、りかつんです。

このためだけにブログを作りました。どうしても吐き出しておきたかったので。


個人的な俺俺解釈です。ネタバレを豊富に含みます。

もちろんこの解釈が正解だとは思っていませんし、押し付けるつもりではありません。



深夜のテンションでがーって書いたので読みにくいかもしれませんけどもがんばってください。





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現代のソーシャルメディアにおいて、自己のいろいろな面が増えていく様をうまく表した作品…という解釈が一般的なのかもですが、自己のいろいろな面が増えるというよりも、自己の理想が増えるという見方の方が、個人的にはしっくりきます。



他者と交流するということは、他者が自分の中に住むことでもあると思うんです。

好みを共感したり、体験を聞いたりすることで、他者が自分に入り込み、自分の中に様々な自分が増えていく。そして他者の存在や地位を羨み、なりたがる気持ちも生まれる。自分だったらこうしたい、こうありたい、こうだったら…と思う気持ち。


増殖した「俺」たちは、決して「俺」の中の性格の多様さで説明できるものではない、と私には思えました。自分の理想像。自分だけど、今の自分ではない。こうありたいと思う自分。自分だったらいいなと思う自分。


他者を認めない。適当な関係を築いてきた。仲間にもノリきれない。自分が存在してないのではないか、と感じる主人・永野均。




ナオだったら、仲間の軽いノリもこなせる、学生の頃の、少し甘くても許される、俺。

大樹だったら、部下がいて、存在感の強い、母親ともいい関係の、俺。



そうなりたい、そうありたい、と思ったのが最初の増殖のきっかけなのではないでしょうか。これは「ナリキリ」の心理とも似ている気がするのです。つまり、それがオレオレ詐欺ですよね。

大樹になりたい、そう思って、大樹になりきった。そうしたら本当に大樹になってしまった。



一方、本物の均の母親のもとにいたのは、一番の理想。母親のことをマサエさんと呼び、きっちりした職に就いており、存在感のある、かっこいいサラリーマンな息子(おそらく語尾がなくなったのは均の理想像であるからだと。語尾を馬鹿にしていたし)。巨乳が彼だけを「カッコイイ」と言ったのも、「かっこよく見える理想の男」だからではないでしょうか。

増殖した俺は、みんな自分のことを永野均だと思っていました。でも学生証は違う。ということは、理想だけが乗り移った形なのだろうと思います。そう考えると、削除とは自分に還元すること。理想は理想であると認識し、そして現在の自分を見つめ直すことなのではないでしょうか。


ヤソキチはまさに典型的な例でしょう。税理士になるためにゼロになる。それは均がカメラをやりたくても諦めている姿からしたら、羨ましい。そう思うことで、ヤソキチは「俺」になったし、削除された。「ゼロになる」理想を認識し、やってみることにしたからだと言えるのではないでしょうか。




タジマは唯一声がそのままでしたが、それは「タジマは自分とは違う…」と認めていたからかもしれないな、と。また、タジマが客をよく特別扱いする、というエピソードがあったけども、その後ナオが他の女性客を特別扱いしましたよね。均も本心では誰かを特別扱いしたいという気持ちがあったのだろうな、と。ナオもまた、理想なのだから。



サヤカの存在は、均を一人の人間として認めている象徴であると同時に、「人を認める」ことのプロ。均は一夜を共にし、こうなりたいと感じたんじゃないでしょうか。翌朝、サヤカが俺になったのは「人を認められる理想」であると思ったため。削除されたのは、それを自分の中に取り込んだため。その後、お金を返そうと本格的に行動に移すのもそのためだと感じました。


そして、大樹を削除するシーン。

大樹は自分が強いキャラクターで、最後まで自分を本物だと信じて疑わなかったのはまさに均の理想像なのだから。そんな大樹に対し、この時初めて均は削除を行う。これは均が、理想を消し自分をあぶりだすことができた象徴だと思います。



そしてラストシーン。一眼レフカメラ。マサエさん。

少しずつ、理想の自分、なりたい自分に近づこうとする。俺だけが俺になれるのだ。理想の俺になるのは、俺しかいない。





その姿はまさに、「亀梨和也」みたいだなぁ、と。「こうありたい」から「こうなる」。「かっこよく見られたい」から「かっこつける」。……まさに彼にしかできない役なのでは、と思いました。ファン目線ではありますけども。




そして主題歌の「旅は続く、オワラナイstory」。これからも理想を求めていくし、そうなっていく。そんな暗示が読み取れます。自分探し、とよく言われるけども、結局自分は自分で作っていくしかないのでしょう。


理想はひとつじゃない。だからこそ矛盾も生まれる。現実と理想のあいだにギャップが生じる。この映画では、それとどう付き合っていくかを描いていたのでではないかな、と思いました。






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以上です。

現在2回見て、こんな感じに思っております。が、これからさらに見たらまた変わるかもしれません。なにかのきっかけや気づきの参考になれば、幸いです。



しかし本当にメイン3人が別人に見えましたね。

しつこいようですが、大樹推しです。付き合ってください。