三等船室で一晩過ごし、広州に到着した。当時外国人が宿泊できる安宿は限られており、地球歩きに載っていたユースホステルに泊まることにした。ユースホステルには多くの日本人が滞在しており、すぐに仲良くなり、一緒に飯を食べに行った。学生だけでなく、勤め人を辞めて放浪している人もおり、世界旅行の話を聞くのは楽しかった。その中でもTさんという20代後半の男性は強者で各地での武勇伝を語ってくれた。この人には2年後ブダペストで再会することになる。


広州の港と盲流と呼ばれる地方から出稼ぎに出てきた農民でごった返す広州駅

さて、これからどこに行こうかと中国の地図を眺める。1週間後には香港に戻らないといけないので、遠くには行けない。とりあえず広州駅で福建省方面の切符を手に入れようと、朝早く駅に向かった。
中国の鉄道の混雑は聞いていたが、この日ほぼ一日窓口に並んだが、一言没有[ない]と言う言葉で撃沈。この後も中国には何回も行ったがこの言葉には何回やられたことか。
鉄道での移動を諦め、バスにトライする、バスは比較的空いていて、厦門行きの切符が容易に手に入った。これが苦行への招待状とは思いもよらず、喜び勇んだ自分がいた。