ALSの姉の闘病を振り返ってもう1度闘病記をまとめてみようと思っていたとがあったけど、今はそんな気がなくなりました。
ただ、今まで書いてはいたけど詳しくは書けなかったことがあります。私の人生様々な辛いことがあった中で、1番死にたいと切望したのは、姉がALSと診断された翌日だか、翌々日のことです。
診断された姉を励ますべく、あの当時話題になっていた培養上清の治療法について問い合わせをして、姉に勧めました。
しかし、姉が旦那さんにその話をして、自分1人じゃ通えないから、甥っ子(姉の息子)に仕事を休んで通院に付き添って欲しいと相談したところ(姉の家族は自営業です)
「うちはそんなことで仕事休んでる余裕なんかないんだ!」と怒られた、と姉が電話してきたのです。
姉が「私が寝たきりになってもいいの!?」と言うと旦那さんに「そんな治療する金なんかない」と怒鳴れた、と。
姉が泣きながら「あの2人(旦那と息子)に介護なんかできるわけないし、こんなことなら今死にたい、でも、怖くて自殺もできない」と電話してきた時です。さらに、身内にこのことを言えば怒って姉の旦那さんと喧嘩になるかもしれないから、誰にも言わないで、と口止されました。
こんな悲しい話を自分のところで止めなきゃいけないのと、大好きな人間に死にたいけど死ぬこともできないと言われ、そんな重い現実にどうしても耐えきれず、私のほうが死にたい、と思いました。
兄がALSで亡くなって、ようやくALSという厳しい現実から解放されたと思ったわずか3年半後のことでしたから。
神様、すぐに私を殺してください、明日の朝目覚めさせないでください、と必死に祈りました。あんなに切実な祈りが世の中にあるでしょうか。クリスチャンの神聖な祈りより、絶望の中で生まれた深い祈りです。
そう祈りつつ姉には「せっかく効果があると言われてる治療を受けないうちから自殺したらもったいないでしょう。旦那さんはまだ現実を受け入れられないからどう受け止めていいかわからないだけ。しばらく様子を見れば大丈夫だから」と諭しました。
そのあと旦那さんがすぐ姉に謝ったとのことでしたが。
人生において数々の辛いことがあって、今でももちろんありますが、あのときは私を死なせてくださいって人生で1番必死に神様にお祈りしましたね。もう苦しくて悲しい現実ばかり見るのがどうしても耐えられなかったんです。
神様は叶えてくれませんでしたが。
今日、昨年に引き続き、姉が希望していた、都営霊園の合葬埋蔵のお墓を申し込みました。
父と母が入っています。
母が亡くなった後、普通のお墓を買おうという私や姉の意見を受け入れず、父が合葬埋蔵のお墓を申し込んで当選したのです。
女の子しかいないから、お墓を守る人がいないから、と。
後になって、父の選択は大正解だったとわかりました。
いつ行ってもきちんと管理されていて、参拝客がお供えした綺麗なお花がたくさん飾られています。遠方に嫁いだ私がお墓はどうなってるか、という心配がまったくありません。
墓じまいする人が増えてるこのご時世、父が申し込んだときと違って、合葬埋蔵のお墓は高倍率になっています。
それで、昨年は外れてしまったのです。
旦那さんのご家族と仲が良くなかった姉ですから、自分の両親がいるお墓に入りたいと思うのは自然なことでしょう。入れたら息子にお墓の管理の負担もありませんし。
今年は当たりますように。