娘が産まれてからは、出産で酷使した体がまだ回復せぬうちに、待ったなしの育児がスタートしました。
睡眠不足と疲労、母乳のトラブル、骨盤が開いたことによる腰痛、また私は妊娠中からの貧血に加え出産と悪露の出血が多く産後は体がボロボロでした。
当初ある程度の家事は自分でこなす予定でしたが、あまりにキツかったので1ヶ月は実母に泊まってもらってサポートを得ました。
この頃、夫は帰宅する時間が段々遅くなり確実に終電が間に合わないような時間になることも多々ありました。
不審に思って問い詰めると「一日中働いて疲れてるから駅から家までくらいゆっくり帰らせて」と言ってました。いくら駅までゆっくり歩いたとしても遅すぎます。納得いかず更に問い詰めると逆ギレでしたね。
ちなみに、最寄り駅到着後に浮気相手と長電話していたため遅くなっていたことが、後に分かりました。
当時まだ新生児だった娘は睡眠リズムもムチャクチャ…夜間は2~3時間おきの授乳で毎日ヘロヘロでした。
夫のことは非常に気になりましたが、気にしてる余裕は殆どなかったのです。
それを良いことに夫は通勤時も帰宅時も、私と娘が過ごす部屋を素通りするようになりました。
同じ家に住まうのに3日も4日も顔を合わさないことも珍しくなくなりました。
退院してから生後3ヶ月頃まで、夫が娘を抱いたのは数える程度でしたね。
話し合いの機会も作れぬまま夫は、ゆっくりと「家族」という名の舞台からフェイドアウトしていったのでした。
新生児期という短い短い特別な期間。
母親からしたら、我が子と過ごす時間は濃密で神聖な思い出深さがあると思います。
しかし、私は変わっていく夫を目の当たりにして、また父親から愛情や関心を得られない娘が不憫で申し訳なくて、あまりに悲しく辛かったので新生児期の記憶が鮮明でないのです。
思い出そうとすると無意識にロックをかけてしまうみたいで、具体的によく分からないんです。
ただとにかく不安で悲しくて毎晩震えていました。
本当に哀しいときは涙が出るより先に体が震えるんだなぁ…と涙で霞む目で天井を眺めながらボンヤリ考えたこと、覚えてます。そうやってどれだけ眠れない夜をやり過ごしたでしょうか。
それは渦中にいた私には、とてつもなく暗く長い夜でした。