来年で、そうかに入会して40年になる。
昨日、池田先生の死を知った。
近所の私への連絡係さんから、メッセージが届いた。
「先生が霊山へ旅立たれました。追善回向の題目をあげたいと思います。」と。
思い起こせば、周りが「先生、先生」と言う姿に入会後不思議に思い、私にとって先生とは?と。
知りたくて、ある人材グループに入った。
直接先生には10回以上、会う機会があった。
県幹部並みのスピードで先生の指導を聞けた。
数々の激励、おこづかい、品物を頂いた。
でも、グループの劣悪なイジメで私はそこを去った。
以降引っ越した地域でも、イジメに遭った。
そのうち、会合が嫌になり活動を辞めた。
いまの地域でも座談会には出ていない。
もう25年くらい、本部へは行っていない。先生は遠い存在だった。
先生は昔、私の母が危篤の時に伝言とお念珠を下さった。
母は回復して大変喜び、信心出来る人に180度変わった。10年寿命を伸ばした。
私にとって母にとって、先生は存在した。
未入会の私の親友は「学会はこれからどうなるか楽しみだ」と悪い意味で言った。
求心力が無くなり、自公連立政権も無くなり、、、と。
今の私にとっては、何も関心は無い。
ご本尊と自分。
御書と自分。
正直この二つがあり、信心を続けて来た。
かつて先生から「言葉に出来ると言う事は、叶うと言う事なんだ。教学をしっかりやりなさい」と言われた。
久しぶりに思い出した。
先生、ありがとうございました。
これからも、信行学に励んで行きます。
ご本尊根本に。