音友が立て続けに旅立った。

 明日は必ず来るなんて、本当は幻想なんだよな… 

 

随分前のこと。 

ライブのある日の夕方。 


 モルヒネのため、一日の大半眠っていた末期ガンの母が、その日に限って私の手を離さない。 


 やせ細った枯れ木のような腕。 

ガン患者特有の痩せた顔だと、目がやたら大きく見開いてみえて、私を離さない。

 リハーサルの時刻は迫る。

 帰宅して楽器も積み込まなくてはならない。 


 でも、まともに母と話せるのはこれが最後かもしれない。

 母かライブか。 

究極の選択。


 私不在のまま、アレンジを変えてすぐ演れるとは思えない。

 何しろみんな、まだ若かった。 


 電話の向こうで明らかに困惑が伝わった。

『お前が来ないとリハーサルが出来ない』
『ごめん、もう少し待って。
母が眠るまで…』 


 そういうときに限って、母の目は見開いたまま、私を放さない。


 『お母さん、淋しいから傍にいてね…』 

 心臓が一気に絞られたみたいにぎゅっと痛い。 

普段なら絶対言わない言葉。

 

私だって、もっと傍に居てあげたい。 

でも、二年近くの看病生活で心身擦り減り、思考能力も低下していた。 


 精一杯やっているつもりだったけど、正直疲弊し過ぎて起きられない朝もあった。 

 夕方に病室に行ったり、付きっきりとは言えなかった。 


 もっと体力があれば… 

兄弟、親戚が傍にいたら… 

 色々考える。 


 でも現実は、兄弟も親戚もいない。

 今戦えるのは、心身共に全くスペックの低い私独りだけ。 


 『目を開けるとあなたがいないから、お母さん淋しいの』 


 わかったから勘弁して。

 私だってギリギリ頑張ってた。 

 ホントに?

 もっと出来ることはあったよね? 

まだまだ頑張れたよね? 


 母に淋しいと言わせた自分を責めるしかない。 

責めたって仕方ないのに。 

 母はようやく睡りについた。 

でも、またいつ起きるかわからない。


 私が今ここを離れてしまったら…? 

また淋しい想いをさせてしまう。

 

モルヒネは意識を混濁させる。

 末期ガンの痛みに使う最終手段。 

 これを逃したら、まともに話せる日はもう二度と来ないだろう。 

 そこには、死を待つ入れ物が横たわるだけ。 


 結局、大幅に遅れながらも私はライブ会場に向かった。

 何をどう演奏したかも覚えていない。

 終わった瞬間に、病院にとんぼ返りしたことだけは覚えている。


 何が正しかったのか。

 未だにわからない。 


 ライブ出演を取り止めて、死を待つ母の傍を見守るだけの一夜にするか、
約束を守るためだけにライブに出るのか。 


 正しさとはなんだろう。 

約束を守ること? 

大切な人を悲しませないこと
? 


 正解が今だによくわからない。 

傍に居たとしても、後悔は残る。


 多分、何をどうしても… 

 前向きなことだけを言うほど、若くはない。 


 ただ、後悔無き人生を…





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