今日は 人の命について ボソッと語ろうと思う。


京都の交通事故で 二人亡くなり 何人かは重軽傷だと言う。


ここに関係している様々な人の人生が だいぶ変わっただろう。


被害者は 一生悲しみと憎悪の中で生き


加害者は その憎悪を受けながら謝罪と反省の中

死ぬ事よりも辛い中で生きなければならない。

ただ これに無関係な者達が 被害者ヅラして 加害者をたたきのめすのは いかがなものかと思う。


はっきり言って 加害者の人も ついこの前までは 普通の人だったわけで。


なおかつ 人の為になる事もしてきているだろうに。


それが ちょっとした歯車の狂いによって


普通として 生きられなくなる。


被害者の人も無関係者も 次の加害者は自分達かも知れないよ!と言いたい。


この世とは なにか運命的に物事が決まっていて


それ通りに出来事が進んで

その中で 一人であったり 大勢の人の命が失われていく。

その亡くした命を愛した者達の悲しみが憎悪になり


その気まぐれな運命によって 犯罪者になったり 殺人犯になった者達は

いろんな憎悪を受け 死ぬより辛い中で生きて行かなければならない。


人の世とは恐ろしい。

自分も いつ何時 どっちに転ぶかわからない。

だから今 自分の運命はわからないから

時の流れに身を任せていこうと思う。


流れに任せれば


ある程度 なんとかなるようになっていると思う。

今 自分は 体調を崩し仕事も復帰出来ずに退職している。

なのに 今全くと言っていいほど 不安を感じていない。


むしろ なにも考えてないに等しい。

一応 来月から大型二種免許を合宿で取ろうと思っていて


その準備をして

後はお金を振り込むだけで 準備完了となる。


そのお金は 知り合いから借りる事になっていて

25日までに 用意すると言ってくれている。

もし用意できなかったらっていう不安は あるかもしれないが


あったとしても すでに対策は練ってあるから


お金を貸すと言ってくれた人が急に無理だと言い出しても 怒ったり怨んだりする事はないだろう。


免許を取らなければならない運命なら このまま来月には取れるだろうし


もし なんらかのアクシデントで教習所にいけなければ 今はその時ではないと思い また違った事を考えればいい。


今まで 努力を空回りさせて生きてきたから

運命の流れるままに ちょうどいい感じの努力をして生きようと思う。


たとえ 明日


人に殺されようと

過ちで 人を殺してしまっても


運命の流れは 変わらないのだから。


流る先は 誰にもわからない。

ならば 少しでも楽しんで流されよう。


良き 運命の旅をパー


本日は以上ひらめき電球