The Dialy of RiX

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個人的日記

Amebaでブログを始めよう!
昨日yahooニュースでこんな記事が

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なくなるんだ…
ダブルソーダ

小学生の頃、アイスの定番でした。
このブログにも過去に載せてたぐらい思い入れかあった。


もっと食べときゃよかった。



なんでも、なくなってから気付くんだな。
昨日父親の誕生日でした。
67才です。歳とったな。

実家で昔母親のために買ったスリッパを無理矢理履いており、ボロボロで分解寸前だったため、スリッパを送りました。

軽いものでスミマセン。

スリッパって探すと意外とないのね。
けっこう街中彷徨いました。

最終的に大丸で買いましたよ。
父親のためだけに大丸に行きましたわ。



ラッピングの時、箱か袋か、と、リボンは赤青ゴールドどれかを聞かれ、袋でリボン青 とお願いし、目の前でササーっと包装していく様を見ていたら、青って言ったばっかりなのにゴールドのリボンを貼られました。
心の中で


エッ





でも、本当に何色でも良かったので何も言わず顔色変えず、ありがとうございます、と受け取って帰りました。



そんなこともあるよね


どこにでも問題児はいるもんで。
昨日の発表一位でよかったけど、その後あんな嫌味ラインされるとはね。
なんでもかんでも押し付けんじゃねーよ。
勝手にやってほしいわ。
どいつもこいつもしょーもない世界。
気が向いたのでこのブログを再開させてみようと思います。


始めたのが6年前。
20代だったんだな。
若。



記事を最初から半年分くらい読んだけど、なんか自分じゃないみたい。
なんか青くさくて。
恥ずかしさと、懐かしさと、切なさと。



正直、まだ母親の部分の話は見れません。
この前チラ見して一瞬で辛くなって画面を伏せてしまいました。
締め付けられる思いがした一文があったんだけど、そのこと忘れてた、と気付き、自分がその場にいた話ではなかったけど、なんでそんなこと覚えてなかったんだろう。なんでその場に私はいられなかったんだろう。

そう思ったら急に3年前に気持ちが戻って悲しくて仕方ないです。




私は今もまだ母親の死を受け入れられてはいないとはっきり認識しました。




その悲しみとともに、忘れたくない記憶がこのブログに残されているので、忘れないように、続けてみようかと。


新しい一歩はまだ踏み出せていない。


お母さんには本当にかわいそうなことをしてしまった。
一生かかっても償えない、消えない。
もう3年。時よ止まって。
まだ全く受け入れられない。
悲しみはあの日のまま。
見ないように感じないように騙し騙し惰性で暮らす日々。
早く会いたい。話したい。
6月21日8:58
母息を引き取る。


本当に本当に17年間もの長い間よく頑張ったね。
色々心配かけたね。
何もできなくて、気が利かなくて本当にごめん。
心の底から大好きです。
ずっと一緒にいてね。




iPhoneからの投稿
昨日は家に母の友達が2人来てくれました。
来た瞬間は、「あら~!」という表情で嬉しそうにしていました。
少しすると疲れてしまいました。


昨日は体を拭いてあげたり、二週間前に約束した髪を切ってあげました。
サイドしか切れなかったけど、とてもスッキリした感じになりました。



晩御飯をたべて、翌日の父と妹のおかずを作って、早めに消灯。
昨日よりは息は辛そうではなかった。


私はお父さんに5時に起こしてもらう約束をした。4時半にお母さんのうなる感じの息で目を覚まし、身体をさすり、少しウトウトしているうちにお父さんに起こされて、5時半にお母さんの顔を見て、痛そうにしていたのでレスキュー押して家を出ました。



早朝は明るくて道が空いていた。
車の中で涙が出てしまった。
叫びたくなった。
恥ずかしいけど、何度か「お母さん!」と大声で叫んでみた。
今日私が帰るまで待っていてよ!と心で強く念じた。

一人での運転は危ないようだ。



札幌の自宅にもどり、支度をして洗濯なども済ませて会社へ行った。
掃除当番だから少し早めに行った。
いつもと変わりない社内。休み中の問い合わせなどが溜まっていた。
一応、営業部はみんな知っている。
昨日、Jr.からの電話で社長が帰れば私もどうしてもやらなきゃいけないことを済ませれば帰ってもいいことになったので、朝からせっせと働いたが、まず何から片付けたらいいのかと、あくせくしながら、とりあえず今日中のことは済ませた。
家でできる仕事は持って、今旭川に向っている。


しばらくは実家から通う生活だ。
旭川に帰ったらおじちゃんが迎えに来てくれる。


早く家に帰りたい。






iPhoneからの投稿

昨日の夜、実家に帰ってきました。
昨日、一旦退院した母はちょうど眠りについたところでしたが、痛みのせいでなかなか眠れない様子でした。



妹が泣きながら、
お姉ちゃんの思ってる以上に悪くなっていると思う。
と、病院でのことや先生から言われたこと、迷った末退院を決断して連れて帰ってきたことを話してくれました。




昨夜は痛がって眠れない母の体をさすったりレスキューボタンでモルヒネいれたりで、みんな眠ることができなかった。
お母さん、という呼びかけには答えてくれるけど、私が誰なのかもしかしたらわかっていないかも。



もう何を言っているかわからないし、意味不明なことを口走るし、痛みが激しいし、体をさすりながら、最後に名前を呼んでくれたのはいつだっけ、とか思ったりしていた。


妹は前にもこうやってお母さんの隣で寝て、夜中に寝返りさせたりしていたので、今ももう精神的にも相当限界なんだと思う。


午前中には訪問看護の方が来てくれて、スソの洗浄をしてくれた。
オムツとパッドを取り替えてくれた。
初めて、皮膚の状態をみたが、目を覆いたくなるような状態だった。潰瘍がゴツゴツと出ていて化膿している。
触ると固い。



午後からは妹も私もお母さんも寝ました。妹は用事たしにでかけて、みんなろくなもの食べてないから、食材買ってきてもらって、煮物とか沢山作ってあげました。



寝て少し気分の良さそうなお母さんに私が作った味噌汁を飲んでもらいました。おいしい、と言ってくれてよかった。本当によかった。


テレビのお料理コーナーを見て、音量上げてと合図したらしく妹が音を上げてあげると、一生懸命レシピを覚えようとしてたみたいです。

妹がワンワン泣きながらそのことを伝えにキッチンまできました。

自分はご飯食べれないのに私たちのためにレシピを覚えようとしてくれたみたいです。

お母さんありがとう。

その後、急に なんか食べたい、と言い出したので、豆腐を食べさせてあげました。
実は、絶飲食のあと飲み物のみOKになり最近では繊維質のない豆腐などの口の中で溶けるものならOKになったのでした。

お腹減ったと言って、およそスプーン一杯分くらいの豆腐んゆっくり食べました。


ご飯のあと、わりと穏やかな顔でテレビをみている様子でしたが、私が近寄ると、遅くなるから早く帰りなさい、と言ってくるんです。


前々からいつも実家から札幌へ変えるのに暗くなってから出たら危ないから早く帰りなさい、といつも言われていました。



明日帰るんだよ、と言っても理解できず、早く行きなさい、と手を振られました。笑
思い出すんだね。やっぱ親だね。

妹にむかっても、送って行きなさい あとお金。と言っていました。
電車代くれようとしたんだね。



はやくしなさい、と何度も言うので仕方なく妹と隣のばあちゃんちへ。


ばあちゃんちで時間を潰して、ばあちゃんとおじちゃんと四人で家に戻って、お母さんにばあちゃんとおじちゃん来たよと言うとビックリしたみたいな表情でした。



お母さんが調子良くピースサインをするので、沢山写真とりました。
もうちょっと顔を近づけて、と言ってみんなと写真をとりました。
宝物になった。



お母さん、私の名前呼んで。






iPhoneからの投稿
その間に作ったカレー

photo:01



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少なっ。

上は、もはやオリジナルのキーマカレー的なもの。下は基本のスパイスカレー。
料理とは気持ちが表れるのでしょうか。
なんだかどっちともしょっぱかった。
(どんな気持ちの表れなんだろう)



iPhoneからの投稿
北海道限定って本当に北海道にしか売ってないのかな?

photo:01





何ヶ月も前からだけど、相変わらず忙しいっす。

タイムカードみたら先々月は一番早い退勤時間が22:41。
先月も平均23時台というね…。


そんな期間を乗り越え、今は若干落ち着きつつあります。



最後のブログからだいぶたちましたが、モズめちゃ面白かったわ。
WOWOW契約しちゃいたい勢い。


GWの話を一応書いておくと、車を車検にだして、代車で旭川帰って妹と話題のアナと雪の女王見ましたぜ。
ちなみに、車検11万。ツライ。



映画の感想→相当ハマる。笑



すごい影響受けて、あの歌が頭から離れません!笑
とりあえず、LINEのスタンプダウンロードして、使いまくってます。


それ以外はいつもの通りいくみちゃんとゆうかちゃんと飲みに行きました。
新婚のいくみちゃんは早速新しい名字でお店予約してましたね。
来月はそんないくみ夫婦の結婚式だし。楽しみ~!



GW期間の母の様子
尿管ステント交換の為、入院していました。が、麻酔の手配の為に交換処置は次週に。
意識ハッキリと話していたけれど、前回よりは明らかに痩せてしまっていた。脚のむくみは相変わらずパンパン。腹部の痛みも取れないので、レスキューでモルヒネを注入してなんとか、ごまかしごまかし過ごしていた。






次週、休みは一日しかなかったけど、尿管ステントがうまく入るのかわからなくて、もし入らない場合は背中に穴を開けるとかいう話だったので、どうしてもどうしても不安で日帰りで病院へいきました。


処置前は水を飲んではいけないので、口が乾いて辛そうだった。
病院行く前に妹と口が乾いた時用のスプレーと、下血がひどいのでお産パッドを買っていっていました。
口にスプレーをかけて乾きをしのぎ、ちょっと眠らせてと言ったので、ロビーで前の週に買った生花の花を差し替えて豪華に作成。

寝ている様子をみると、薬の影響で手足がまるで起きているように動いていました。強制的に眠らされている状態なので、脳が働いていて筋肉が動くそうです。


お母さんに差し替えたお花を届けて、その後処置が始まり、再び妹とロビーで待つ。
一時間半後に無事ステント交換が完了して処置室から、出て来た。
普通に目が開いていて、よかった と小さく手を叩いて喜んでいました。

ただし、尿道に管を通して袋を下げて、今度からは袋に尿が溜まったら捨てる、ということになる。

でもトイレで用をたすのがとても辛そうだったので、これでよかったんだと思う。


後ろ髪引かれる思いで札幌へ戻る。
次は6月の第一週目に帰省。


家に戻った母はまたさらに体力を失った様子。
寝返りが出来ない。
むくんだ脚をさすって、背中もむくんでいるのでさすってあげた。
突如、寒い!と言い出して毛布を掛けてあげたが、尋常ではない寒がり方で熱が38℃以上上がった。
脚をさすって、と言われてゆっくりさすっているうちに眠りについていた。

目を覚ましてから少したつと、熱が下がったけれど、グッタリとしていて、本当は髪の毛を切ってと言われていたが、再来週も帰ってくるからその時ね、と言ってまた札幌に戻る。


その後、ブロック麻酔を打つために入院。ブロックはうまく打てたけれど、大量の鼻血を出したらしい。



昨日
妹から電話。
血小板が極端に少なくて、出血したとのこと。熱も時折39℃以上となったり、薬の影響で返答がおかしかったり、幻覚が見えている時があるよう。
次いつ出血が起こるかわからない。
脳から出血したりすればそのまま息を引き取るかもしれない。

輸血はしても血小板を正常値に戻す治療は出来ない。
ブロックは打っても痛みが出る。


初めて妹が泣きながら電話で話していた。
これからどうしたらいいのか、二人で励ましあった。涙がでた。



明後日、夜に旭川に戻る。
お母さんの様子を見て、自分の仕事をどうするか、また会社に相談しよう。






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