言語聴覚士「けつ」の伝えたい話

言語聴覚士「けつ」の伝えたい話

言語聴覚士として病院で働いている自称「けつ」が、仕事や日常生活で感じるちょっとした気づきや考えを綴ります。とくに、経験の少ない言語聴覚士を含むコメディカルや学生に聞いてもらえるとうれしいな。

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今日は予定通りの雪。出張扱いでST養成校のバイザー会議(実習指導者会議)に参加してきました。あっ、そうそう。2017年に突入し、ブログテーマを変えました。あと…。これからはブログを丁寧に続けていければと思ってます。

 

Facebookはどうしても本音というよりは“いいね”を意識してしまった投稿になってしまっている気がするし…。あと…。プロフィールにも書いたように、臨床家として日々患者さんに向かう日々から、現在は管理職としての役割へ…。そうすると余計に本音は言えなくなってしまうからね。

何かのきっかけか、ご縁でこのブログを読んでもらえるのなら、それはそれで嬉しい。

 

今日は6月に8週間の総合実習を受け入れるための会議。正直、学校側が準備不足であり、あちこちでボロがでていた。参加した各医療等の機関に勤めるSTは他校の実習も引き受けてきている。だからこそ、質問したことに特に明確な返答のない態度に…大丈夫かっ?って思っちゃった。ちなみに、自分も質問してみたら、案の定あいまいな返答。もう少し教員としての自覚を持ってもらいたいと感じた今回の会議でした。

 

以前ブログでも書きましたが、我々言語聴覚士にとって週明けや休み明けは、少し違った緊張感があります。そして…今日月曜日の朝も、悲しい情報が飛び込んできました。癌末期の担当患者さんがお亡くなりになりました。出会いから10日程ではありましたが、私にとって忘れられない患者さんです。初めてお会いした日、皮膚の炎症、口内炎、咽頭に貯留した粘調性の高い多量の痰、両下肢の浮腫み、癌特有の鈍痛…。会話明瞭度は3~4(話内容をしっていれば分かる~時々聞き取れる音がある)程度で、正直言って、意思確認のためのやりとりが音声言語では不十分でした。

アズノールを主にしたうがいの定着化(日に5回)、痰の喀出練習、著明な開鼻声や嚥下努力時の呼気鼻漏出に対する鼻つまみによる代償方法指導、義歯脱着と洗浄、機能的かつ専門的口腔ケア、炎症等を十分に配慮した上での舌等の可動域練習などを行いました。介入から日々劇的に変化をされました。私は勿論のこと、患者さんもとて
も喜んでくれました。ただ…癌細胞には打ち勝つことはできませんでした。モルヒネによるペインコントロールは比較的うまくいっていた印象で、亡くなられる数日前まで、その使用による幻覚幻聴やその他の不穏な言動はあまり見られませんでした。患者さんのお部屋には1日に何度も顔を出しました。調子が少しでも良い時は、私の訪室にニコ~っと笑って迎えてくれました。その笑顔が本当にうれしかったです。この仕事をしていてよかったな~とうれしくなりました。

最後の2日、私は患者さんに会えませんでした。でも…、看護師によるカルテ記載には、最後の最後まで本人が話されたコトバが記載されていました。「生きる~ 生きる~」等…。よく会話不明瞭の場合、カルテ記載に「…」とか、「-」とか、「○×※△」などと書かれていることもあるのですが、この患者さんのカルテには最後の最後までご本人が口にされたコトバが書かれていました。他者と会話コミュニケーションが図れていたという証です。家族さんとお話された様子も記載されていました。「お父さん痛いの?」「痛いな~」等…。言語聴覚士として私が出来たことなど本当に限られています。ただただ、何を話しているのか全く分からなかった患者さんが、私たちは勿論、家族や看護師その他との会話やりとりが最後までできていたことを、スピーチセラピスト言語聴覚士としては、これ以上の喜びはありません。

「○○さん、闘病生活本当にお疲れさまでした。私は○○さんから、本当にたくさんのことを教えて頂いた気がしてなりません。そして、父や、特に両下肢浮腫著明だった姉の癌闘病生活を常に思い出しては、今自分に出来ることは何かを考えました。○○さん、寂しいです。本当に本当に寂しいです。今日も病室を訪れました。そうしたら…、もうそのお部屋には他の患者さんが寝ておられました。私は、そのお部屋にまだ○○さんがいるような気がしてなりませんでした。そして、本当に寂しいです。○○さん、最後まで食べ物を口にさせてあげることができなくてごめんなさい。一度だけ食べたリンゴのゼリー、おいしかったですか?ノドの通過が悪くて、少しムセまし
たが、15g食べられましたね。私はあの日の光景が忘れられません。そのあとは、口腔内へのスプレー散布や、ごく少量のうがいや湿らせる程度のケアにとどまってしまいすみません。私に話してくれた「水ようかん食べたい~」の言葉…。今も脳裏に焼き付いています。どうか天国にいって少し落ち着いたら水ようかんたらふく食べてくださいね。」

○○さん、10日ほどでしたが、本当にありがとうございました。あなたと出会えてよかったです。そして…約束します。○○さんは私のココロの中に生き続け、そしてこれから私が出会うであろうたくさんの患者さんに対しての救いとなります。どうか、患者さんに触れます時は、○○さんのお力をお貸しくださいね。最後になりましたが、ご冥福をお祈りいたしております。どうか安らかにお眠りください。
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昨日の講習会を終えて、俄然認定試験に通るぞ~モード。自分のよいところは、熱くなると思いのほか頑張るところ。反対に…冷めてしまうとダメ…なところ。10時過ぎには文房具コーナーで単語帳を選らんでました。形から入るタイプでもあります…。
用語説明や略語だけじゃなく、説明をしたり、10個近く列挙したりすることも覚える必要があるため、ある程度の情報量が書き込める大きさを選んだ。しかも、バラバラとしないように束ねられるゴムまでついたものを選びました。

今日は午前中に会議、午後からも少し時間をあけて総会があったので、その間にカフェに行き買ってきた単語帳に書き込む作業をしました。自分は、中学、高校、大学とあまり勉強しませんでした。勉強が決して嫌いだったわけじゃないけれど、最初に書いたとおり、“熱くなると思いのほか頑張る”のが私。結局のところ、中学からただ漠然と興味が一番あったのが英語だったというわけだ。それも、高校時代にアメリカに留学して、大学は外国語大学に行って…。その目的を達する以上に燃えることはなかった…。

大学を卒業して商社に勤め、退職後1年の受験勉強期間を経て言語聴覚士養成校に入学したのは26、7歳の頃だったかな。そこからの2年間は正直、遊んだことを思い返してみても殆ど思い出せないくらいに勉強した。興味のあることを見つけられて、本当に楽しかった。勿論、年も年だし試験勉強はつらかった。暗記がなかなかできなくて
…もっと若い時からしっかり勉強しておけばよかったと心から思った。

話しが少し逸れてしまったけれど、人はそれぞれ全く違うものだと思う。43歳になった私は、今学ぶことが楽しくて仕方がない。やりたいことがいっぱいいっぱいあって仕方がない。8月末には東京での研修会を受けて、ある認定取得を目指したいと思う。遅咲きの自分に、そして…、熱くなるものに気づくのにも時間がかかってしまう自分に、今が青春と思うほど日々が楽しくて仕方がない。

もしブログを読んでくださっている言語聴覚士を目指す学生さん、若い言語聴覚士の先生、またはそうでない方も含め…『人間、やり始めるのに早いも遅いもないんだよっ!』『やり始めよう!そう思えた日があなたのスタートの日!そう、仕合わせ日々に突入する記念すべき日!』なんだと思うな。 “It’s my calling”中学時代の英語のreaderの教科書にあったジョニーアップルシードの話に出てきたセリフを思い返しながら、“これぞまさに天職だ!”と言えるようにがんばっていきたいと思
う。
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