長男の七五三とかいろいろバタバタしていて、なかなか続きが書けなかった……!!
とりあえず、療育に通いだしてからの長男の記録です!
療育に繋がるまで編はこちら![]()
通い出した療育
昨年9月から児童発達支援を探し出して、やっと通い出せたのが昨年12月。
通うことに決めたのは、教室数は少ない小規模の児発だがベテランの先生が多い少数精鋭のところ。
(先生はちょっとファンキーな人がいる)
療育時間は週に1日1時間。
週1、1時間の療育で何が変わるんだ…とも思うが、保育園が療育後の登園ができないため(登園時間が遅くなるので)、療育の日はお休みすることになると、保育園で学べることも減ってしまう。
そのため療育は週1にすることにした。(私が週2でワンオペで見るのもキツいというのも
お昼くらいに帰ってきてからYouTube漬けになってしまい全てを無に返すムーブ…
)
療育でやったことなどを自宅でも取り入れて自宅療育をしたり、療育の先生から家や保育園でやった方がいいことを聞いて、実践していくという方向性でいくことに。
療育内容は児発によってさまざま。
机上学習、運動、音楽、個別、集団など、それぞれの児発によって療育内容やその配分は異なる。
個別の場合はほとんどがそうだと思うけど、その子の課題に合わせたカリキュラムが組まれて行われる。
通っている児発は、
①運動20分
②音楽20分
③机上学習20分
そして同じ時間帯に2,3人近い年齢の子達もおり、小集団と個別のどちらも見てもらえる。
バランスよく組まれてる点が![]()
ただ、なにせ時間が1時間なのでやることがそれぞれ浅くなってしまうのはデメリット。
とはいえ、療育はそもそも低年齢でさらに特性のある子が通うので長時間集中して活動をやり続けるのは難しい側面もある。
少しずつ積み上げていく…のを親は劇的な効果を求めず辛抱強く見守る姿勢が試される……。
12月〜3月
12月、といっても12月の第3週から療育へ通い始めた長男。
1月からのがキリがよかった!?とか思っていたが、年末もやっていて最終週も行けた。
児発は割と年末年始もギリギリまでやり、早くから始まるらしい。
Oh…結構大変なお仕事…![]()
療育は原則母子分離が基本なのだが、まあ…
無理ッッッ!!!![]()
なので、最初は私も同席することに。
しかし、母子分離どころか新しい場所に慣れない長男。なかなか参加することができず…。
先生の声掛けや、私と過ごして安心を得られると次第に時間と共に慣れて運動に参加してみたりと活動範囲を広げていくことができたけども。
回を重ねるごとにだんだんと慣れていったが、年末年始を挟むとまたふりだしに…。
しかも年始は母子分離を試みてみたのだが、まあ大号泣…![]()
1歳で保育園に預けた時より心が痛むレベルのギャン泣き…。
一応、時間の経過と共に活動に参加することはできたみたいだが、迎えにいくと入り口付近で活動中…。
奥に行くことができなかったらしく「まじか…
」となった。(前途多難…!!)
さらに次の週は児発のビルの中に入ることさえ拒否!!!
これは無理矢理母子分離したら予後が悪くなるやつかも…と思った私はこの日からしばらく私も同席させてもらうことにした。
そしてこの頃、児発管理官(一番偉い人)(インナーカラーピンクの人)と面談があり、長男の当面の担当をこの一番偉い先生がやってくださることに…!
あまりの長男の慣れなさっぷりに見かねたんだと思う…。(他の子はもっと早く慣れるということにも驚きっ!)
このピンク先生、さすが偉い人なだけあって、他の先生たちにまっっったく心を開かず、目を合わせようとしない長男とすごく上手に関わってくださって、長男がわざわざ先生の手をひっぱってコチョコチョしてーと要求するほどの仲に!
もともとひどい人見知りとはいかないものの、他の先生だと全然ダメで一言も声を発さなかったので「さすがや…さすがピンク先生や!!」と私のピンク先生への信頼がうなぎのぼり……!!
(余談だが、このピンク先生は本当に寄り添いが素晴らしくて、保育園の加配つけるかどうか問題もすごく親身になって話を聞いてくれた。
感謝しすぎて先生の家はどこか知らないが、足をむけて寝られない
)
通い始めて3ヶ月くらいまでは、とにかく療育に慣れる!欠席せずに通う!これが目標ですと言われたので、まずは楽しい場所、長男の全てをちゃんと受け止めてくれる場所、という認識を私たち親と長男が持つことが求められる期間であった。
ちなみにこの頃、長男自身も言葉の伸びが急成長しており、12月末(2歳10ヶ月)で「かっこいい ひこうき」と突如二語文が出るようになる。
そのあとも、「牛乳飲む」「パン食べる」など、動詞が使えるようになり、日常の要求が言葉で伝えられることが増えていった。
療育の成果とは別に長男の急成長時期であったと思う。(この後も何度か急成長時期があるのだが)
ただこれは、親も療育に通うことを意識し、療育的な生活をしていた、というのもある。
長男が「パン!」と言ったら「パン食べる」と二語文で返したりして、二語文が出るよう促した。
言葉の促しはこちらを読んで参考にした。
また運動発達面もジャンプがなかなかできなかったので、ジャンプの仕方を教えてできるようにさせたりもした。
療育のトランポリンでジャンプが上手にできるようになると本人も嬉しくて何度も跳ぶ練習をしていた。
言葉の発達にはバランスよく身体全体の使い方、手先の器用さができるようになることが大事と言われてる。
いわゆる感覚統合の考え方。
親自身もまずこれを意識し、この時期にできるべき運動発達ができていなければ一緒にやってみたり、公園の遊具を思いっきり遊ばせて体幹鍛えさせたり、といろいろやった。(もちろん今もゆるく継続中)
また手先も不器用さがあり、療育ではトングを使って小さいものをつまむ練習をしたり、紙にのりを付けて貼ったり、小さいものを箱の穴にポットン落としするなど指先の感覚を高めることもよくやっていた。
確かに運動発達が伸びると、言葉も増えていくので不思議であった。
ピンク先生をはじめ、療育の先生は長男の個別の課題も見つけてくれて、それに準じた療育プログラムを組んでくれていた。
長男が興味を持って参加できるように、電車に関連したものをたくさん机上学習に組み込んでくれたので、長男は今でも机上学習が大好きである。
またこのころは滑舌が悪く何かを言ってもうまく伝わらないというのが課題の一つであり、口周りの筋肉を鍛える療育もたくさんした。
この頃のおおまかな課題としては
①身体全体の動きを向上させること(粗大運動、微細運動)
②人への興味を高めて、言葉で伝える楽しさを知ること
この二つ。
私は当初、長男の課題は言葉だけだと思っていたので、体の使い方にも課題があるということにまで気づけていなかった。
親と保育園だけではなかなか見抜けなかった長男の現在地を示してくれた療育の先生には本当に感謝している。
しかし、長男の現在地がちゃんとわかった方が本人のためになるという思いがあるにも関わらず、やはり発達検査を受ける、医師の診断を受けるという気持ちにまではなかなか持っていけない私であった。
さて、次は4月から。
長男保育園の年少クラスにあがります。
長くなったので一旦切ります!
続きます。




