<高台寺(こうだいじ)からねねの道経由、大雲院まで>)
三年坂、二年坂と下ってくると突き当たるのが高台寺です。詳しい説明は公式HP を見てもらうとして
高台寺の開設者は北政所、つまり豊臣秀吉の妻である「ねね」になります。秀吉の菩提を弔うために
開設されたお寺です。そして幕末の維新志士坂本竜馬の墓もすぐ近くにありますので、歴史好きなら
訪れたい場所だと思います。大河ドラマで秀吉やら竜馬やらをやっていたら人が多いことでしょう。
とは言え、今回はほとんどスルーしてしまいました。この日は他に回る場所が沢山あったもんで・・・。
そして高台寺脇の高台寺道、通称ねねの道を進んでいくと祇園の方にでることができます。
このねねの道も比較的最近整備されたのだと思いますが、非常に落ち着いた、きれいな通りですので
散歩にちょうどいいと思います。
ねねの道を突き進むと、正面に塔が見えてきますが、こちらが大雲院。塔が気になったのでちょっと近くまで
寄ってみましたが、閉まっていたので中には入れず。このお寺は非公開なんですね。
この寺にはかの石川五右衛門の墓もあるそうです。へ~。
さらにこの寺、通称<銅閣寺>と呼ばれているらしい、と後から水ぶろ様 から教えてもらいました。
金・銀とあるのだから銅も・・・あるのかなあと思っていたが本当にあったとは
①高台寺の正面付近。鳥居があるのは京都霊山護国神社の入り口でもあるからです。
高台寺はこの道を途中で左に曲がります。
② 上の写真の反対側。左奥に見える塔は「八坂の塔(法観寺)。聖徳太子により作られた
五重塔です(室町時代に再建)
③ねねの道の途中にある御陵衛士駐屯所後です。御陵衛士は新撰組から離脱した一派ですね。
(新撰組により粛清)
④正面の塔が大雲院、通称銅閣寺です。
⑤ねねの道の脇に立っていたもの
⑥大雲院を近くで。基本的に非公開の寺なので、ここまでが精一杯
三年坂、二年坂と下ってくると突き当たるのが高台寺です。詳しい説明は公式HP を見てもらうとして
高台寺の開設者は北政所、つまり豊臣秀吉の妻である「ねね」になります。秀吉の菩提を弔うために
開設されたお寺です。そして幕末の維新志士坂本竜馬の墓もすぐ近くにありますので、歴史好きなら
訪れたい場所だと思います。大河ドラマで秀吉やら竜馬やらをやっていたら人が多いことでしょう。
とは言え、今回はほとんどスルーしてしまいました。この日は他に回る場所が沢山あったもんで・・・。
そして高台寺脇の高台寺道、通称ねねの道を進んでいくと祇園の方にでることができます。
このねねの道も比較的最近整備されたのだと思いますが、非常に落ち着いた、きれいな通りですので
散歩にちょうどいいと思います。
ねねの道を突き進むと、正面に塔が見えてきますが、こちらが大雲院。塔が気になったのでちょっと近くまで
寄ってみましたが、閉まっていたので中には入れず。このお寺は非公開なんですね。
この寺にはかの石川五右衛門の墓もあるそうです。へ~。
さらにこの寺、通称<銅閣寺>と呼ばれているらしい、と後から水ぶろ様 から教えてもらいました。
金・銀とあるのだから銅も・・・あるのかなあと思っていたが本当にあったとは

①高台寺の正面付近。鳥居があるのは京都霊山護国神社の入り口でもあるからです。
高台寺はこの道を途中で左に曲がります。
② 上の写真の反対側。左奥に見える塔は「八坂の塔(法観寺)。聖徳太子により作られた
五重塔です(室町時代に再建)
③ねねの道の途中にある御陵衛士駐屯所後です。御陵衛士は新撰組から離脱した一派ですね。
(新撰組により粛清)
④正面の塔が大雲院、通称銅閣寺です。
⑤ねねの道の脇に立っていたもの
⑥大雲院を近くで。基本的に非公開の寺なので、ここまでが精一杯
