マチュピチュ市街地部分のすぐ下にある段々畑。灌漑設備も整っているおかげで

人がいなくなった今でも当時の姿のままで見ることができます。

マチュピチュがインカ時代、どのように使われていたのかは諸説あるそうですが、いずれにしても

規模は1000人を下回る程度の規模だったわけで、この程度の段々畑でもまあ何とかなったの

でしょう。山の上とはいえ水は豊富だったようです。
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都市、と呼んでいますが規模的には村といっても差支えがない規模です。ただ王などが住んだりするので

都市としての機能は一通り備えていたようです。
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マチュピチュ全体を見下ろす『見張り小屋』付近からの様子。マチュピチュの絶好の撮影ポイント

ということで記念撮影を撮るため行列ができていました。
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見張り小屋の付近にも段々畑が。この畑ひとつとっても当時の石積みの技術の確かさが

あってのものですね。
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見張り小屋の様子。
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こちらは「儀式の石」とよばれるもの。ここに生贄などを置いて儀式をしたと考えられている・・・そうですが

まあ記録が存在しないのではっきりとしたことはわからないみたいです。ただ階段があったりするので

この上に何かを置いて何かをしていたのは確かでしょうが。
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儀式の石の奥にある四角く囲まれている一角。ここからも当時の人の人骨が発見されている

とか。
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