ちなみにミッキーマウスのつもりではありませんのであしからず。
今やODSSは長良川の会社では老舗カンパニーで、いわゆるいい意味でも、
悪い意味でも”ハバをきかせています”
長良川のラフティングが急激に盛り上がり始めたのが、15年ほど前、
その立役者の一人、オーストラリのタリーリバーで修行を積んだのがヒロさん。
そこから、本格的なラフティングが始まったといっても過言ではない。
完璧なまでの、エンターティナーと、セーフティーを両極面を兼ね備えたガイドは、
後にも先にもヒロさん以外登場していないのではないだろうか。
乗船した参加者の名前を瞬時に覚える記憶力、そして、お客様を虜にするガイディング、
そこに安全な運営が必ず備わっている。
記憶と、記録に残る日本に一人しかいないマスターガイドだ。
現在彼は、川の安全と急流での水難救助を日本に広める為にレスキュー会社を立ち上げて
全国だけでなく世界を飛び回っている。正に水難救助レスキュー界でも第一人者でもある。
ここまで完璧なまでの人間像を記述しましたが、彼にも欠点がないわけでもない。
僕はヒロさんをラフティングチーフトレーナーとして育ちガイドデビューを果たした。
※僕以外にも同期として、あべ、エンドウ、ヤマダという週末ガイド3名も現在活躍中
今ほどガイドトレーニングシステムが発達していなかった当時、ガイドの技術を上げるには
トレーニングよりも、ツアーを使っての実践であった。
よってガイドになったときのヒロさんの言葉はこうだった。
「あべちゃんはおもしろいから合格ね」
あるガイドは
「基本的なことは出来ているね、後はツアーの中で学んでね」
ひろさんの目から見たらちゃんとできてはいるのだろうが、実際本人たちは「えっこんなんでいいの」
うれしいよりも、この状態でお客さんを乗せるのが実は不安であった。
といってもデビューしちゃえば、隣にトレーナーが乗っていないので、
自分ワールドでツアーが出来る楽しさが、不安よりも勝ったけどね。
しかし、デビュー後予想通り、それぞれのガイドは長良川の洗礼を受けました。
特に、僕とあべは星の数ほどフリップ(ボートがひっくり返る)しました。
自慢ではないが、名前の付いている瀬ですべてフリップしました。
一時期「お客様に申し訳ない」と引退を考えたほど。
しかし今や、同期たちは年数だけはベテランと呼ばれるようになり。
それなりに安定感を兼ね備えてきました。
師匠”ヒロ”のおかげである。
ヒロさんも忙しい傍ら、ODSSが超ハイシーズンになると、時々登場してくれます。
昨年は何年かぶりに、10年前の往年のメンバーが同じツアーとなり、
懐かしさに話に花を咲かせていました。
そしてヒロサンのガイディングを見て、相変わらずのエンターティナーぶりに感動を覚えるのでした。
このスタッフファイルは本人のコメントによるものではありません。
蒼い妖精による記述にて事実と相違がある事もありますのであしからず。
もちろん本人達の意思も尊重しておりません。