「ハゲはイジってなんぼである」
「笑ってくれなきゃハゲた意味ないじゃない」
 
 
これは昔ある友人から言われた言葉である
当然その友人はハゲていた
誰が見ても見紛う事なきハゲの本人が言うのであれば、ハゲとはそういうものかと思っていた
 
 
とある職場でパートで働いていた時
そこの支店長はハゲであった
昔 "ハゲはイジれ" と教えてくれたあの友人よりもハゲていた
ハゲてはいても彼はとても優秀で社内でも一番若くして支店長になった人であった
それを聞いて私は
「これが明智光秀のキンカン頭というものか」(光秀はハゲで信長にこう呼ばれていたらしい)
彼のそのちょっと先のとんがったハゲ頭に
社内戦国時代を勝ち抜く武将の面影を見るのであった
 





 
支店長はハゲてはいたがまだ40そこそこの健康なる働き盛り
プライベートではいつもお気に入りのキャップをかぶってスポーツにいそしんでいるらしい
ある日彼は支店の有志を募って ”みんなで熊本マラソンに出場するぞ” と言い出した
熊本マラソンとは毎年恒例の熊本県が誇る一大イベントである
そのマラソンに出場するために毎朝出勤前に走り込み、退勤後は「お疲れさま!」と言うなりロッカーで着替え、お気に入りのキャップをかぶって走って帰るという
マラソン出場のため、日々トレーニングにハゲんだ支店長であった

 
そしてとうとう熊本マラソン当日
支店の社員たちも応援に行き(私は行ってないw)
「支店長がんばれ!」と書いた小旗をふる中、日頃の鍛錬の甲斐あって自身も大満足の好成績でゴールしたそうだ
 
 
翌朝、超ゴキゲンの様子で出社した支店長
彼の手には今朝の新聞が握られていた
その朝刊の一面には昨日の熊本マラソンの記事があり、スタート地点に集まるランナー達の写真が載っていた
 
 
「リバさんリバさん、これ見てくださいよ」
と自慢気に朝刊を広げて見せる支店長
昨日応援に行かなかった私に熊本マラソンの話をしたくてしょうがないらしい
彼はスタート地点の写真を指差し
 
「ココ!ココ!この辺に私がいるんですよ!」
 

 

 

と一部分を指差すのだが何しろ大勢のランナーの頭ばかりでわかりゃしない
私は彼のキンカン頭を見上げて言った
 
 

「支店長 こういうときは帽子を脱いでいただかないとw」

 


 
キョトンとする支店長、そして一瞬の間をおいてこらえきれず吹き出す若手社員…
(さすがに役付きはこらえきったw)



 
 
引きつった顔で
 
「ははは かなわないなぁリバさんには… 
さ、ささ!朝礼はじめまーす!」
 
 
ハゲはいじってなんぼなのであ〜る
 
 


 
その職場では月末の忙しさを乗り切った後、支店全体で打ち上げ飲み会が行われるのが常だった
ある時その飲み会のテーブルで私の前に座った課長代理
彼は うすらハゲ であった
昭和世代ならおわかりだろう
いわゆる "掛布ハゲ" である(阪神タイガースの神とも呼ばれる掛布雅之氏からきている)
今で言うなら俳優の温水氏あたりか

寂しくなってきた頭頂部に伸ばしたサイドヘアをうっすらかぶせ、頭部の異変をなかったかのように見せている
しかし現実はきびしい
なかったことにはなっていないのだ


ちょうどその頃、我が父上も同じ異変を頭頂部に感じていた
その父上のために母上は "ハゲ隠しパウダー粉ぱっぱ" なるものを購入し、それが大変よろしく功を奏しその異変を隠していたのだった







良い情報は皆で共有せねばならぬ



そう信じていた私は課長代理に早速粉ぱっぱ情報をお知らせしたのだった


「代理!その頭ね、粉ぱっぱがよろしいですよ うちの父上もハゲてきてましてね
母親が粉ぱっぱを通販で買ったんですけどコレがまたよろしいねん
粉ぱっぱするだけでめっちゃハゲ隠せて見た目全然わかりませんよ!」



パートのおばちゃんからの突然の素敵なお知らせにとまどう代理
「いやぁ僕はまだ… その…」



鉄は熱いうちに打て!
ハゲは早いうちに隠せ!
私は代理のために熱心に粉ぱっぱを勧めた



「いやいや代理!ほんまによろしいですよあの粉ぱっぱ!
もうほんとにね!全然!全然わからなくなるから!!!」



こういう時に関西弁は強い
粉ぱっぱの会社のまわし者かのように粉ぱっぱを押しに押す私
これは代理のためなのだ


「ほんまやて!ほんまですよ代理!あの粉ぱっぱ!ほんまにハゲがわからんようになりますねん!そのハゲが!」



私の強いオススメに興味が湧いてきたのであろうか
段々と私の話を聞く代理の顔が紅潮してきた
ちょっと目が潤んでさえいるようだ
そして彼は震える声を押し殺し、でも力強く言った


 



「僕そんなにハゲてません‼︎」






一瞬彼が何を言ったのかわからなかった
きっとその時の私は「帽子を脱いでいただかないと」と言われた時の支店長のような顔をしていただろう
そのふいをつかれて豆鉄砲をくらった鳩ポッポ、いや鳩ぱっぱな私の口からは心そのまんまな声がつい流れ出た…







「え? ハゲてますよ」











言い放った瞬間にやっと私は悟った
 
 「ハゲはイジってなんぼ」と言った友人の言葉は
全てのハゲの民に当てはまるものではないのだと…
しかしその悟りは時すでに遅し…





教訓
人の言葉を鵜呑みにしてはいけない





ごめんね 支店長
ごめんね 課長代理



私と関わった全てのハゲの民に今謝罪しよう
ごめんちゃい
(あのハゲの友人、いい加減な事言いやがって!
いや逆に彼はハゲの勇者か!)



そんな多くの愛すべき恥とハゲと共に
私の旅は続くのであ〜〜る