あれは当時、ばりばり働いていた20代後半くらいの冬のことです。
肩凝りと肘関節の痛みがひどいなと思うことが増えて、
私は整体に通うようになりました。
今思うとあれはリウマチだったんだ、という感じなのですが(泣)

当時の私には20代でまさかリウマチになっているとは思ってもみなかったんです。
偏見ですが、私も年齢いった方の病気だと思い込んでしまっていました。
肘の痛みは整体に通っても悪化していく一方で、ついには自分の髪を結んだり、
ペットボトルの蓋を開けるという肘を回す動作が痛みでできなくなりました。
炎症が起きているのに安静にせず、
整体に通ってたのも血行が良くなって痛みが悪化した原因だと思います。
また、これは関係あるのかわからないのですが、一週間だけ食事が喉を通らないときがありました。
そして痛みは手首や指にも現れるように。
整体じゃ駄目だ、と気づいて骨といえば整形外科だろうと家の近くのクリニックへ。
レントゲン写真だけ撮られて、触診されて、された診断は……↓

『腱鞘炎(けんしょうえん)』
私がパソコンを使う仕事をしていたので、そのせいでしょうとのことでした。
なので炎症を抑えるためのステロイド注射を打って帰宅することに。
今度は関節の動きをよくするリハビリをしましょうと言われました。
ですが、日を重ねるごとに痛みは増していき、
ついには指先や肘、膝までしびれと痛みに襲われるようになりました。
そしてなにより恐ろしかったのは膝がこわばって力が入らず、
寝起きで立ち上がれないのです。
20代で母の介助がなければ立ち上がれない。情けなさと怖さで涙が出て、
ここで初めて「なにかがおかしい」と自覚し始めました。
とはいえ、初めの病院では腱鞘炎と診断され、次はリハビリ。とてもそんな動ける状態ではないので、別のクリニックへ行ってみることにしました。
そのクリニックにした決め手は複数の診療科があったことです。
どれかには引っかかるだろうと、事前に電話をかけて今ある症状を伝えまして、
そちらで診てもらえるかと尋ねました。
ですが、聞いた症状だとうちでは難しいかもしれないと。
ですが一度来てみてくれと言われ、一縷の望みをかけて行きました。
そこの先生にも経過をお伝えしたのですが、私の症状は朝が一番ひどくて、
動いているうちに日常生活に支障がないくらい症状が引くんです。
これは寝ている間にたまったリウマチの炎症物質や関節液が体を動かしていると血行が良くなって流れていくからだそうです。
そんなことも露知らず、病院に着いた頃には歩けている私。
必死に起きていることを伝えるも、原因はわからないとそのまま終わってしまいそうだったので、熱を持っていた肘を触ってもらいました。
私はもともと冷え性だったので、
触ってもらえばそこが熱くなってることはすぐにわかります。
そこで先生もおかしいと思ったのか、
検査と医療センターへの紹介状を書いてもらえました。
クリニックの結果は炎症反応が少しあったものの異常はやはりなく、
最後の望みは医療センターだけとなります。
そこで膠原病内科というところへ。この頃には痛みがひどくて布団で横になって寝ることができなくなっていました。
横になると肩や肘がおそらくむくみで痛んでしまうのか、
座椅子で体を起こして寝てました。
微熱も続いていて、症状を感じ始めてから体重は10㎏も落ちてました。
もう仕事なんてしていられず、私は幸いなことに自分で仕事を入れたり入れなかったりできるフリーランスだったので、やむなく休職することに。
医療センターでクリニックの検査結果を渡すと、
「これだけだと検査が足りないから、もっと詳しく調べよう」
と先生におっしゃって頂き、今まで経験したことない本数の血液を採りました。
そして二週間後、ついに判明……!

「関節リウマチです」
やっとか、という気持ちと嘘でしょ? という気持ちで放心しながら先生の話を聞いてました。ショックというより、やっとスタートラインだと思いました。
私はここから、リウマチさんと付き合っていくことになりました。
今思い返してみて原因不明の病気ではありますが、
しいてこれかもとあげるなら、私の場合はストレスと過労が思い当たります。
仕事で緊張状態が続いていたし、徹夜のオンパレードだった生活が祟ったのか……。
それから女性ホルモンとの関係が深い病気とのことで、婦人科系の病気もこのあと判明したのですが、やっぱりあるのかもというのが体感です。
いつか原因がわかる日がくるといいですね。
関節リウマチは早期治療が重要らしいです。
関節が火事で破壊される前に消火しないといけないのだとか。なのでおかしいなと思ったら、病院へすぐに行くことが大事だなと身に沁みました。
※本内容はあくまで私の体感であって、皆様にもあてはまるとは限りませんが、参考になれば幸いです※
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