私の鬱病の始まりは、ひょっとしたら、子供の頃からかもしれません。
その頃は、時代的によくあることだったかもしれません。
私の親は、怒ると体罰を加える親でした。
当時の「ものさし」というか30cm定規は、木製(竹製?)で、
それをつかって、ひっぱたかれるのが、ものすごい恐怖でした。
理由を聞いても、「ダメだからダメ」という状態で、
親には絶対服従でした。弟がやったことでも、私も一緒に怒られました。
理由は、何でもよかったのじゃないかな?と最近よく思います。
気分次第で、ひっぱたいて、おとなしく、
親が持っているリモコン通りに動かなければ、(自分)の子供ではないと。
親は絶対者であり、反抗することは許させませんでした。
成長してくると、夏休みに友人と出かけるのは、
少なかったように思います。
「養ってもらってるんだから、家の手伝いをしろ」といわれてました。
(私が、遊びにいったのを覚えていないのかもしれませんが)。
男尊女卑の傾向が強く、母は私によく
「男は偉いんだから、女はおとなしく男のいうことを聞きなさい」
といっていました。
中学生になり、母が仕事をするようになると、
自動的に私が、夜ごはんの炊事をすることになりました。
当時、父は3交代制で働いており、父の夜勤の時に
夜ご飯の支度をすることがほとんどでした。
その度、父が私の体を触ってくることになり、抵抗すると
殴る、蹴るといった事が多くなりました。
父曰く「嫁にいくまでは、俺の物なんだから、何をしてもいい」
「お前がかわいいから、やるんだ」といわれていました。
そういう時の父は、酔っ払っていることが多く
私は、父の真似をしてお酒を飲むようになりました。
そうすると、父が私の体をさわらないで、
いろんな話をするからでした。
母に相談しても、「自分の部屋に、逃げなさい」というだけで
(私の部屋に鍵はありません)
何も解決策を出してもらえませんでした。
母は、父に意見することもなく、
私が父に触られるのがいやで、言われた通り
自分の部屋に逃げると、晩ご飯の支度ができなくなります。
そうすると、母は「お前が悪い、うまくやらないからいけない」
私を責めた覚えがあります。
私が、小学生の頃は、テレビは8時までと決められており
友人達の話すドラマの話ができないことが良くありました。
私には弟がいるのですが、彼は、男の子という特権がありました。
私が彼と同じ年の時は、テレビは8時まででした。
私が中学生になったから、テレビは9時まで見ていい
というお達しがありました。
晩ご飯がおわってからは、自然と私は私一人で部屋に
行くようになりました。
けれど、中学生の私がテレビを見ていないのに、
弟は見ていて、笑ったりしている声が私の部屋に聞こえてくるのです。
一度、母に「弟はずるい。私は見せてもらえなかった。」
と講義したとき、母は「弟は男の子だからいいんだ。」という内容の
事を言いました。(正確に、どういったか覚えていません)
茶の間から聞こえる笑い声。私は、「人形なんだ」と思いました。
家に帰ったら、洗濯物をたたみ、どんなにいやでも父に体を触られ
夕食の支度をしたら、自分の部屋にいって、邪魔にならないように
おとなしくしていなければ、いけないんだと、そう思いました。
夜、9時を過ぎても起きている事が多くなった私の部屋に、
母が足音をしのばせて階段を上り、私を監視するようになりました。
漫画を読んでいようものなら、即、叩かれ、取り上げられるのです。
友人から、借りたものだから返して欲しいと、必死で頼んだこともあります。
「漫画を読むために、電気をつけるな。勉強のため電気代をつかえ。」と
その日から、月明かりで漫画読みましたが。
また、手紙や日記も勝手に見るのです。
日記に、赤いボールペンで父の字が書いてあるのを見て、
鳥肌をたてた覚えがあります。後日、日記は焼いてしまいました。
当時、両親は自分達も叩かれて育ったから、同じようにすればいいと
思っていたようです。
私が、「なんで、おこるの?」と聞いても、答えてもらえません。
自分で考えろと。いくら考えてもわからないのです。
私は、その時点で、「自分で考える」ということを放棄したように思います。
何故、弟は勉強しないでも、しかられないのか?
何故、弟はテレビを見ていても怒られないのか?
何故、弟は友達と遊んでも怒られないのか?
理由はすべて、「男の子」だからという事で終わりでした。
「女の子」は、家にいて、家事手伝いをしていればいいと。
私は、その理由がいまだにわかりません。
DVという言葉がありますが、
どこまでが「しつけ」でどこまでが「暴力」なんでしょうね?