お客様から意外と『ブログの続きは?』との声があったので調子にのります
美容師一家に生まれ育った僕はこの道に進むことが当たり前に感じ(本当は勉強が嫌いでスーツを着る仕事を避けカッコいい事がしたかった)て高校選びもそれ前提で選びました
約30年前高校(鹿児島市立玉龍)に入ると同時に美容学校の通信課程にもに入学しました~
当時は高校行きながら、働きながら美容師の資格が取れる時代だったので高校3年の時は美容師免許を持ち美容室で働く事が出来ました学科は毎月レポートを提出して実技は美容学生が長期休みの夏や冬に朝から晩まで美容学校へ行きパーマ巻きを2年間練習しました!
当時の通信生はまぁヤンチャな人が多く授業中も飲 喫🚬当たり前な感じでした!
高校3年生の秋ころから卒業したら美容室で働くのですが右も左も分からないなりに僕は
『美容師するなら原宿かアメリカで有名になりたい』の2択しか考えず・・・
高3の1月に一か月サンフランシスコのヨシ・トーヤと言う日本人の美容室に床掃きしに研修に行きました!
ヨシトーヤ氏は渡米して美容を学び、サンフランシスコに美容室「YOSH FOR HAIR」をオープン。1999年には「ヘアスタイリスト・オブ・ザ・イヤー」を受賞。2008年にはアメリカの美容専門誌「MODERN SALON」で過去10年にわたり「影響を及ぼした美容師50人」に選ばれるなどといった美容界の巨匠です。
一か月研修して自分の目で海外をみてみたかったのですが結論から言うと『海外で美容師は無理』でした
語学の壁:コミュニケーションが取れず話しかけれない
人種の違い:海外の美容師は人に教えると言う習慣がないのでお客様がいない時はお店にいない
頼れる友達や人がいない:1日中誰とも話さないから孤独
今思うと語学の準備も不十分だし誰しも最初は慣れるまである話しで3か月を乗り越えると見えてくる楽しさがあるのに辛抱が足りなかったと思います
そんな感じでもう一つの夢である【原宿美容師】に高校卒業してすぐの3月からなりました
ただ仕事経験もない田舎者にとって東京そして原宿は試練のはじまりでした