むっくりと起き上がり

ふう、とため息を放ち

タバコがないのに気づく。

すぐに私は鬱になってしまい

あの白日夢のような

嫌悪に打ち震えている。

目が覚め

それだけで絶望してしまう。

なにしろタバコを買いに

五分ほど歩き

辟易して

すぐに亀のように

頭を引っ込めてしまいたくなる。

そういったことを

瞬時に夢見て

妻やら長女を呼ぶことは

日常茶飯事だった。

つまり家族の忍耐をくゆらせ

溜息をもてあそぶ。

 

タバコのいたずらに

目をしばたいて

焦燥の怠惰を思うときに

あのよく晴れた

春の日曜の午前を夢見て

言い間違いをしてしまった

正確さで途方に暮れて

部屋の中をうろうろしてしまう。

 

その春は私にとって

忘却し難い桜花ほころぶ

そのころに決まっている。

花弁は太陽の誘惑にそそられて

ポツリ、ポツリと

咲きほころびだす。

ちょうど人々が

発狂の予感を指摘されて

ニヤリ、と

ノイローゼが咲きだすのを

誇るかのように。

 

花は正確に人が

蕾に期待した数に答える。

二分、三分と

開花して行きだし

あの狂気の宴が始まる。

観桜というらしいのですが

確かではない気がしてしまうのは

自分だけでしょうか。

それは、あたかも

私の飲酒のごとく

百鬼夜行の程だ。

満開、春爛漫と

言うが早いか

チラリ、チラリと

散りながら淋しくなり

ほとんど数えるほどの

昼夜で絶望してしまう。

その後で

青々とした葉っぱが海月のように

風と共に桜木を飲み込んでしまう。

 

だめだ。

お終いまで

続けて、続けて

辛抱強く散り様を見ると

いっぺんに駄目になってしまう。

取り繕いが不可能な

どうしようのない不毛な

失意のカタカタが襲ってくる。

何もない。消えてしまう。

ニャーと猫が欠伸する。

よく晴れた春。

これだけで充分。

たったそれだけで疎ましい夢を

口笛で、ピーと空に消して

後ろに手を組み

しくしく泣いている。

初春の歓び?嘘っぱち。

根も葉もない虚偽。

血のように赤い嘘っぱち。

 

もしあの古き良き時の

遠山の金四郎だったなら、

たちまちこの桜吹雪が

目に、目に入らねぇのかい!

と、啖呵。

もちろん、金さんは

打ち首獄門と

歓びの愚人に言い渡す。

その後で金四郎は

カタカタを耳にする。

映写機が

終焉を正確に刻む

カタカタを耳にする。

 

春はやってくる。

狂気の開花と

絶望と、砂をかむような

カタカタをお供に連れて

ひたひたと脅迫する。

その時私は

溜息を、ふぅ、とつき

タバコの煙を

ぼんやりと眺めて

「涙も出やしねぇ」

と、生活に背を向ける。

そして最後に

もう一言・・・。

 

 

「すべて、嘘っぱちだ」