「問題」は、他者から指摘を受けたり、トラブルとして露呈するまでは気づかなかったという場合が多いですね。
注視すべき筈のトコロが視野に入っていなかったり、視点が違っていた場合に発生するように思います。
問題であるべき事が問題にされてないことも多いですが・・
その人の「視野」とは、目の前にあるもの(瞬間)への観察力と、その観察を習慣づける意志の強さから成り立つもので、さらには如何に解釈しているかが鍵なわけですが・・
捉える。解釈する。という日常的且つ多大な労力を要する各々の作業を、実際に逐一掘り下げて確認した場合、そこには恐るべき個人差があるでしょうね。
それをぶつけ合うと、各々面倒くさいし、いちいち衝突していたら仕事にならないので(笑)
「暗黙の了解」とか「それを言ったらおしまいでしょ」的な事項の集合体が「環境」と呼ばれていることが多い様に思います。
真に環境を改善するという作業に着手するには、まず、その事柄への各々の解釈を明確にし、その解釈をまた皆で解釈をし、、、
ああ、ややこしい
洗脳して、ひたすら業務に対峙させ競わせるのが楽なわけだ・・(~_~;)
自己啓発をしているつもりで、自己都合的解釈がイってしまっているお方はタチが悪いです。
>>自分より優秀な人間に洗脳されて動くというスタイルは組織の中では一番幸せな状態
ここに着眼点を定めるとすっきりします(私的に)。
いわゆる「職人さん」の世界で考えるとわかりやすいですね。
親方の技能に憧れて、成長したいと願い邁進する世界。
「仕事は教わるもんじゃねぇ。自分で盗むもんだ!!」の世界です。
絶対服従であっても、そこに憧れや厚い信頼があれば幸せですね。
環境なんて、心持ちで決まるものとも言えますし。
真のプロフェッショナルは殆ど文句を言いませんし・・。
「楽しくないから仕事であり、お金がもらえるんだ」という言葉を耳にしたことがありますが
例えば、今の子供達が憧れる「働く姿」とはどんなものなのかなぁ。
自己実現の欲求や憧れではなく、強迫観念がもとになった自己啓発・・・
業務自体に明確な夢が持てないから、何かしらの充足感を求めて自己啓発書を読み漁る・・という現象が起きているイメージが、私にはあります。
失敗して親分に怒鳴られて、認められたくて頑張って、また怒鳴られて、ついに褒められて、嬉しくてやる気がみなぎって・・
シンプルな世界はいいですね。
それぞれの専門職がもっともっと元気な社会であれば、仕事で心を病むことも少ないでしょう。
売れないのものを無理して売ろうとしてたり
効率というものを極限まで追求しようとしてたり
競合が多すぎたり・・って
もっとシンプルな社会にならんかのう(~_~メ)
FLATじゃない2006作