二時間前に番組を見終わりました。
いつもそうだけど、結局結論は出ませんでした。
そりゃそうだよね。
簡単な問題じゃないもの。
そして意見がぶつかる私たちです
虐待を受ける子どもに、罪はない。もちろん。
かといって
虐待をしている親が100%
鬼のような 悪魔のような人間かといえば
それは違うと思う。
これは虐待を許すとか、そういう話じゃない。
虐待という事実は許されるべきじゃない、当然。
私は女なので母親の立場に立ってみるけど。
子どもを抱っこしてるのはお母さんで。
お母さんが転んだら子どもも怪我するんだもの。
お母さんを攻撃しちゃいけない、責めすぎちゃいけないと思うのです。
子どものことが真に憎らしくて、邪魔で…って、そういう人は別ですよ。
そんなの母親じゃないもの。人間の心を持ってないと思う。
虐待をしてしまう人の中には
ごく普通の、子どもをすっごく愛してて、頑張ってるお母さんって
思いのほか多いように感じるの。
それでもずっと抱っこしてるのは疲れるの。
そんな時に、周りに支えてくれる人がいれば…
いればいい。
現実に、いないケースだってすごく多い。
マンションの隣人に刺されるようなこのご時世。
近所に安心して相談できる、頼れる人が必ずいるだろうか。
相談施設とかなんとかセンターとかだって
日本全国、完璧に充実しているって言いきれるだろうか。
母親だから無敵、なんかじゃないんだもの。
時には辛くなってしまうのも仕方のないことだと思う。
***
センパイはね、こういう考え方は理解できないって言うんだ。
虐待=100%悪で、教師という立場の自分は子どもを守らなきゃいけない。
虐待をしてしまう親の気持ちを汲む=子どもの敵に回るということであり、
それでは未来永劫、非力な子どもは救われない、って。
***
私は、それはちょっと、賛成できない。
親は子どもの敵なのかな。
子どもは、虐待をしてしまう親を、敵だと思っているのかな。
***
センパイは、明らかに虐待がある場合、
もしくは可能性が濃厚な場合、
一刻も早く子どもを親から引き離すのが最良の選択だ、って。
それが教育界の考え方だって。
***
それ、ね。
第三者の目線だよなあって、思っちゃうんだ、私は。
ずっと長い間虐待を受け続けてきた子どもの場合はそれが最良かもしれない、子どもの判断でも。
でも、たとえば一番最初とか。
すごくショックなんじゃないかと思う。
私の主観かもしれないけど。
たとえ虐待を受けていても、お母さんから引き離されるって、
子どもにとって不安以外の何物でもないんじゃないかと思っちゃうんだ。
後々、それでよかったんだって思える日が来るとしても。
引き離されることによって、「自分はお母さんにとっていらない子」って認識が
強くなってしまう可能性が否めないと思う。
理想論かもしれない。
けど、子どもにとって一番大切にしたいのはお母さんとの関係じゃないかな。
もちろん母親からの愛情がすべてではないけれど。
お母さんが穏やかな気持ちで子どもの傍にいられるように支援していくのが、
最終的に子どものためを思えば重要じゃないかな、って思う。
***
それにはセンパイも賛成してくれた(多分)。
でも、ちょっと違う。
「できるできないじゃなくて、やるかやらないかの問題」
「頑張りたいと思ってるなら頑張らせる」
***
その意味はちょっとわからなかった。
出来る限り支えていくとは言ってた。
だけど、「頑張らせる」って…納得いかない。
「どうやって?」って訊いたら「何とかする」だって。
「簡単じゃないよ。理屈じゃないし」って言ったら
「でも何もしないわけにはいかない、教師として」だって。
「出来る限りのことはする」とか
「やらないよりはずっと良い」とかって
当事者のことばじゃなければ すごく無責任だ。
「教師」という肩書で何ができる?
第三者が出来ることなんて0に近い、もしくは本当に僅かだと思う。
名目の元にふんぞり返って具体的な考えももたないのに
いざ目の前に問題が降りかかった時
奢ってばかりの(ように見える)あなたに何ができるって言うの
って思ってしまう。
そして最初から臆病な私も、きっと何もできない。
専門職に就いたって 結局は無力に近いんだ。
***
というようなメールを途中までしました(途中って)
これ全部最後まで言っちゃうと
言っただけで泣いてしまうと思うので(^^;)
きっと意見は平行線のままで、発展しないし理解もできない、お互いに。
センパイが「教師として」とか「教育界では」とか「職業上の観点」とか使うとイライラする。
絶対そんなことないと思う。
個人的な考え方が根元にあるよ。
やっぱりあらゆる面で、歩み寄ることはできないのかな。
このまま付き合っていくのが不安になってきてる…
じゃ、なくて。
自分の考えが100%正しいわけなんてない。
し、全ての人に当てはまるなんてまさか、思ってない。
でも、ね。
幼い頃、親に手を挙げられた経験を持つ私としては、
力じゃどうしたって敵わない子ども相手に、
すごく理不尽な暴力だったと思うけれど、
それでも、家族がバラバラになることを何より恐れてたよ。
今考えると、何で自分の痛みよりもそっちの方が怖かったのか、わかんないけど。
あと、もちろん被害者のケアは大事だけど、
加害者のケアだって大事だと思う。
だって加害者の心に問題があるから、被害者が出るんだもん。
加害者の心のケアをしていかなきゃ、問題はなくならないでしょう。
…何か何言いたいのか解らなくなってきた;
長々と脈絡なく話してすみません。
ひとまずこの辺でやめておきます。
読んで下さってありがとうございます。。。
いつもそうだけど、結局結論は出ませんでした。
そりゃそうだよね。
簡単な問題じゃないもの。
そして意見がぶつかる私たちです

虐待を受ける子どもに、罪はない。もちろん。
かといって
虐待をしている親が100%
鬼のような 悪魔のような人間かといえば
それは違うと思う。
これは虐待を許すとか、そういう話じゃない。
虐待という事実は許されるべきじゃない、当然。
私は女なので母親の立場に立ってみるけど。
子どもを抱っこしてるのはお母さんで。
お母さんが転んだら子どもも怪我するんだもの。
お母さんを攻撃しちゃいけない、責めすぎちゃいけないと思うのです。
子どものことが真に憎らしくて、邪魔で…って、そういう人は別ですよ。
そんなの母親じゃないもの。人間の心を持ってないと思う。
虐待をしてしまう人の中には
ごく普通の、子どもをすっごく愛してて、頑張ってるお母さんって
思いのほか多いように感じるの。
それでもずっと抱っこしてるのは疲れるの。
そんな時に、周りに支えてくれる人がいれば…
いればいい。
現実に、いないケースだってすごく多い。
マンションの隣人に刺されるようなこのご時世。
近所に安心して相談できる、頼れる人が必ずいるだろうか。
相談施設とかなんとかセンターとかだって
日本全国、完璧に充実しているって言いきれるだろうか。
母親だから無敵、なんかじゃないんだもの。
時には辛くなってしまうのも仕方のないことだと思う。
***
センパイはね、こういう考え方は理解できないって言うんだ。
虐待=100%悪で、教師という立場の自分は子どもを守らなきゃいけない。
虐待をしてしまう親の気持ちを汲む=子どもの敵に回るということであり、
それでは未来永劫、非力な子どもは救われない、って。
***
私は、それはちょっと、賛成できない。
親は子どもの敵なのかな。
子どもは、虐待をしてしまう親を、敵だと思っているのかな。
***
センパイは、明らかに虐待がある場合、
もしくは可能性が濃厚な場合、
一刻も早く子どもを親から引き離すのが最良の選択だ、って。
それが教育界の考え方だって。
***
それ、ね。
第三者の目線だよなあって、思っちゃうんだ、私は。
ずっと長い間虐待を受け続けてきた子どもの場合はそれが最良かもしれない、子どもの判断でも。
でも、たとえば一番最初とか。
すごくショックなんじゃないかと思う。
私の主観かもしれないけど。
たとえ虐待を受けていても、お母さんから引き離されるって、
子どもにとって不安以外の何物でもないんじゃないかと思っちゃうんだ。
後々、それでよかったんだって思える日が来るとしても。
引き離されることによって、「自分はお母さんにとっていらない子」って認識が
強くなってしまう可能性が否めないと思う。
理想論かもしれない。
けど、子どもにとって一番大切にしたいのはお母さんとの関係じゃないかな。
もちろん母親からの愛情がすべてではないけれど。
お母さんが穏やかな気持ちで子どもの傍にいられるように支援していくのが、
最終的に子どものためを思えば重要じゃないかな、って思う。
***
それにはセンパイも賛成してくれた(多分)。
でも、ちょっと違う。
「できるできないじゃなくて、やるかやらないかの問題」
「頑張りたいと思ってるなら頑張らせる」
***
その意味はちょっとわからなかった。
出来る限り支えていくとは言ってた。
だけど、「頑張らせる」って…納得いかない。
「どうやって?」って訊いたら「何とかする」だって。
「簡単じゃないよ。理屈じゃないし」って言ったら
「でも何もしないわけにはいかない、教師として」だって。
「出来る限りのことはする」とか
「やらないよりはずっと良い」とかって
当事者のことばじゃなければ すごく無責任だ。
「教師」という肩書で何ができる?
第三者が出来ることなんて0に近い、もしくは本当に僅かだと思う。
名目の元にふんぞり返って具体的な考えももたないのに
いざ目の前に問題が降りかかった時
奢ってばかりの(ように見える)あなたに何ができるって言うの
って思ってしまう。
そして最初から臆病な私も、きっと何もできない。
専門職に就いたって 結局は無力に近いんだ。
***
というようなメールを途中までしました(途中って)
これ全部最後まで言っちゃうと
言っただけで泣いてしまうと思うので(^^;)
きっと意見は平行線のままで、発展しないし理解もできない、お互いに。
センパイが「教師として」とか「教育界では」とか「職業上の観点」とか使うとイライラする。
絶対そんなことないと思う。
個人的な考え方が根元にあるよ。
やっぱりあらゆる面で、歩み寄ることはできないのかな。
このまま付き合っていくのが不安になってきてる…
じゃ、なくて。
自分の考えが100%正しいわけなんてない。
し、全ての人に当てはまるなんてまさか、思ってない。
でも、ね。
幼い頃、親に手を挙げられた経験を持つ私としては、
力じゃどうしたって敵わない子ども相手に、
すごく理不尽な暴力だったと思うけれど、
それでも、家族がバラバラになることを何より恐れてたよ。
今考えると、何で自分の痛みよりもそっちの方が怖かったのか、わかんないけど。
あと、もちろん被害者のケアは大事だけど、
加害者のケアだって大事だと思う。
だって加害者の心に問題があるから、被害者が出るんだもん。
加害者の心のケアをしていかなきゃ、問題はなくならないでしょう。
…何か何言いたいのか解らなくなってきた;
長々と脈絡なく話してすみません。
ひとまずこの辺でやめておきます。
読んで下さってありがとうございます。。。