検査結果が出るまで、様々なことを話し合い、調べるなかで、自分の中でひとつだけ決まりました。
検査結果を見てからにしようと。
軽度であれば、産んで育てたい。以前、訪れた支援学校の子たちのことを思い出しました。
私の隣にいた女の子は可愛らしく、一生懸命お花を植えてくれました。自分の育て方次第だと…
重度であれば、やはり難しいのかもしれない。
そう思っていると、ダウン症の弟がいる方のお話の中で同じようなことが書かれていました。

主人も毎日毎日、色んなことを調べていました。
ただ、私と異なるのは、私はどうしたら産んで育てられるのかをメインで調べ、主人はその後起こりうるかもしれないことを調べて考えていました。

もし、産まれてきて、子供の頃は良いかもしれない。
ただ、その間、もし、私が倒れてしまったら、主人一人では育てられないから、施設にいれることになってしまう。
重度であった場合、自分が耐えきれないかもしれない。そのときは私が一人で育てられるかと…
この子が二十歳になったとき、私も主人も60歳を越えている。自分より、我が子が早くなくなってほしいと考えている親もいる…
育て方次第ではなんとかなるのでは?と考えている私とは違いました。
おそらくこの違いは、健康優良児で育った私と、子供の頃、重い病気で入退院を繰り返し、今もその後遺症が少し残っている主人との違いでもあると思います。

人として、産まれてくる子の命をとめるのではなく、その可能性にかけたいいう自分の思いは、まわりの人達に負担をかけてしまうのではないか…
でも、やはり産みたい…でも…と毎日毎日考え続けました。

検査検査が出るまでの2週間、自分達のこと、子供のこと、今まで話さなかったことなど、色々なことを話しました。
主人は自分の弱さを見せることができる。私は常にチャレンジ人間だったので、弱い自分が嫌なだけかもしれない…