もう冬の気配を感じ始めたこの季節。

なんとなく寂しさを感じるのは何故だろう。

 

 

 

 

恋人同士の七瀬と麻衣だが、最近些細なすれ違いから少しずつ距離ができてきた…

 

 

 

七瀬はよく近所の公園で絵を描いている。

 

 

あの後ろ姿…

絶対七瀬だ!

 

黙々と絵を書いている七瀬に近づく、イタズラな顔をした麻衣……

 

「わっ」

ビクッ

 

「あ、なんや、まいやんか…びっくりした~」

 

「なんやって何?もう、今日は何書いてんの?」

 

「とり。」

 

「相変わらずうまいね。でも今度こそ私の絵かいてよ!」

 

「いややわ、前も言ったやん。人の絵は描かへんって。」

 

「もう…またそれ。とにかく、私の絵かいてねっ」

 

ぷーと頰を膨らまし、拗ねたように帰る麻衣。

 

「もう、描かへんって言ってんのに。しつこいなぁ。」

 

もうここ最近ずっと麻衣は七瀬を見かけると「私の絵かいて!」の一点張り。

 

穏やかな方の七瀬もそろそろ勘弁してと言った感じだ。

 

 

「もう、なんで七瀬はあんなに人の絵を描かないのだろう…?」

 

七瀬の絵は、風景や動物が多い。

 

人の絵があってもそれは体で、顔が描かれていることはない。

 

 

 

 

ある日……

 

一緒に昼食を食べようと七瀬の教室までやってきた麻衣。

 

 

「なに?」

 

「ねぇ、なんで人の絵描かないのか教えて?」 

 

「まいやんには関係ないやろ、」

 

「関係あるよ。最近私のこと避けてるでしょ?なんで?」

 

「もう、うるさいなぁ。なんでもいいやん。」

 

「なに、その言い方。もういい、せっかく話聞いてあげようとしたのに。じゃあね。」

 

 

(また一方的に言ってしまった……どうしてこうなるんだろう、ちゃんと七瀬の話聞きたいのに。)

 

(また喧嘩腰になってしまった……はよホンマのこと言わなアカンのに。)

 

 

父の仕事の関係で12月に転校する七瀬。

 

また、大学は地元大阪の芸術大学に進学するため、麻衣と会える時間はこれからほとんど取れなくなる。

 

 

「こんな仲悪いままサヨナラなんかいやや。」

 

 

 

 

ピコン

 

【まいやん、今日のお昼はあんな言い方してゴメン。 

    放課後さ、いつもの公園にきてくれへん?】

 

「あ、七瀬から。私もお昼は言いたいことだけ言って七瀬の話ちゃんと聞こうとしていなかった。何か悩んでいるなら力になりたいな。」

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ、……っ七瀬、遅くなってごめんっ」

 

先生に用事を頼まれ遅くなってしまったので、急いで公園までやって来た麻衣。

 

 

 

坂の上の公園。

 

麻衣と七瀬が出会った場所。

 

今にも沈みそうな日をじっと見つめるブランコに揺られるオレンジ色に輝く七瀬の背中。

 

その背中にそっと手をおいた麻衣。

 

 

「あ、まいやん…。そんな急いでこんでもよかったのに」

 

振り向き、ふふっと笑う七瀬。

 

 

「隣、座って?」

 

七瀬が促し、揺れていないブランコに麻衣は腰を下ろした。

 

「冬休みに転校すんねん。」

そっと口を開いた七瀬。

 

 

「どこ?」

しばらくの沈黙の後、麻衣がポツリと呟いた。

 

 

「北海道。」

 

「それと、地元の大阪の芸術大学に進学が決まったから、これからまいやんとなかなか会えへんくなる…」

 

 

「そっか……がんばって!」

麻衣は涙をぬぐい、頑張って笑顔を見せた。

 

 

「七瀬の夢を叶えるための別れでしょ?私、ずっと

応援してるよ!」

 

「ありがとう」

七瀬もはにかんでその言葉に答える。

 

「あのさ、今こんなこと聞くのもアレなんだけど………七瀬ってなんで人の絵描かないの?」

ずっと麻衣が気になっていたことだ。

 

「うん……まいやんにとったらめっちゃしょうもないことかも知れへんけど、笑わんといてな?」

 

「うん」

 

「小学校の時から絵描くんが好きで、ある日、男の子に似顔絵描いてって言われたから描いててん。したら、気引いてるやらなんやら色々言われて…それがきっかけでクラスでいじめられるようになった。やから、もう人の絵は描きたくないな…って。」

 

「な、しょーもない理由やろ?」

ふっと笑う七瀬の顔は少しばかり寂しそうだった。

 

「ねぇ、私の絵描いて?」

それは今までの話をまるで聞いていなかったかのような発言だ。

 

「だから…」

呆れたように口を開く七瀬。

 

「私は、……七瀬のこと、不幸にしないよ?」

 

「まいやん……」

 

「だからさ、最後のこの街の思い出として、私のこと描いてよ?」

 

「……うん、わかった。じゃあ楽しみにしてて?」

 

「うん!ありがとう、七瀬!」

 

 

 

七瀬が麻衣の目の前に移動した。

2人の距離が縮まる。

 

 

「まいやん…なな、この街に初めてきた時、最初に会った人がまいやんでよかった。」

 

「私も、七瀬と恋人になれてよかった。」

 

2人が空を見上げると、すっかり日は沈み星が瞬いていた。

 

「一緒に帰ろ?」

 

 

 

いつもは坂を下り、左に曲がる2人だが、今日は七瀬の手を引き、右へ曲がる麻衣。

 

「まいやん、こっちやで?」

 

「えへへ、少しでも長く七瀬といたいんだ~」

なんて可愛く言う麻衣。

 

七瀬の顔は少し赤くなるが、日が沈み街灯もないこの道で麻衣が気づくことはなかった。

 

 

帰り道、2人は今までの思い出を語りながら歩いていた。

 

今日までを振り返るように、沢山話した。

 

 

気づくともう七瀬の家の前まで来ていた。

「じゃあ、また…」

 

「七瀬、」

ギュ

 

麻衣は微笑みながら七瀬を抱きしめ、「がんばってね」と優しく言った。

 

本当はずっと一緒にいたいし、大学だって大阪に行って欲しくない。

でも、七瀬の夢を取り上げてまで麻衣に何かができる訳でもなかった。

 

永遠の別れじゃないし、国内にいるならいつでも会いに行ける。

 

だから麻衣は笑顔で見送った。

 

 

「ありがとう、まいやん。また明日な?バイバイ」

 

「うん!バイバイ!」

 

 

玄関に入るなり、七瀬の涙が止まらなくなる。

 

「もう、まいやんはなんであんな優しいん?…ホンマは行かんといてって言って欲しかった…」

 

しばらく泣いた後、七瀬は疲れて眠りについた。

 

 

 

 

 

お互い、普通の日常の中に好きな人がいると言う幸せを噛み締めながら時を過ごした。

 

まだまだだと思っていた冬休みはあっという間にやって来た。

 

 

「七瀬、本当に明日行っちゃうの?」

 

「うん…まいやん、ホンマに今までありがとう。明日の午前、公園来てくれへん?渡したいものがあんねん。」

 

「分かった。じゃあ、また明日ね?」

 

 

 

 

 

翌日、いつもの公園の指定席に2人はいた。

 

「これ…」

七瀬はスケッチブックを麻衣に手渡した。

 

「え、いいの?」

麻衣は驚いたようにそれを受け取る。

 

「も~なんなん!まいやんが描いてって言ったんやん!」

 

「いや、本当に描いてくれるなんて…ありがとう、七瀬。」

 

 

ペラっと表紙をめくると、そこには見慣れた風景の中に、幸せいっぱいの笑顔で笑っている麻衣の絵が描いてあった。

 

「うわ、すっっっっっごい素敵。これ、あの時?」

 

「そう、まいやんが告白してきた時。なな、ホンマに嬉しかった。」

 

「もう、照れるじゃん、」

 

「なな、ここからの景色めっちゃ好きやねん。明日から見れへんって思ったら、なんか寂しいなぁ……」

 

「七瀬……」

 

「はぁ、いつまでもクヨクヨしてたらアカンな。転校するって言った時、まいやんが頑張ってって言ってくれてホンマに良かった。あん時はなんで引き止めてくれへんかたん?って思ったけど、もし引き止められてたら夢諦めてたかもしれへん。」

 

違う道を選んだのは、お互いの輝く未来のために意味のあるものだったんだといつか思える日が来ればいい。

 

「七瀬は芸術の道に進むんだよね?私、音楽の道に進みたいの。」

 

「じゃあさ、2人の夢が叶ったらまた会お!それまで、違う土地で頑張る!」

 

「うん!約束だよ?」

 

小指を交えたあと、2人は抱き合った。

 

声になんか出さなくても、胸の奥の気持ちを伝えるように熱く、優しいハグだった。

 

 

ずっとこの時間が続けばいいのに…

 

この想いは、偶然にも同じだった。

 

しかし、別れの時間はあっけなくやってきた。

 

「まいやん、今までありがとう。」

 

「七瀬、また連絡ちょうだいね、絶対だよ!」

 

「分かった」

 

お互い、また会えると信じて涙は見せなかった。

 

それは本当に互いを信頼し、愛し合っているからこそできることだ。

 

夢に向かって1歩踏み出す七瀬の背中はたくましく見えた。