まだ若いんだから。という言葉は、
幼少期から辛いことばかりだった私にとって
なんの意味ももたない言葉。
今が辛くたって、
未来も辛いとは限らないよ。
と、いう人もいるが。馬鹿げている。
人は自分が経験した事に、
少しの考えと想像力をプラスしたことでしか、
人をみれない、共感しえない。
テレビをつければ連日悲しい出来事や
胸糞の悪い出来事が報道されているが
そんなの最近にはじまったことではない
そんなニュースに
可哀想だね、大変だ、許せない、
どうかしている、大丈夫だろうか
などと一瞬
被害者の身近な者になった気持ちで
いろんな感情がでるかもしれない。
けれど大抵3分後には忘れてるだろう。
それはそうだ
ニュースひとつひとつを
自分の出来事のように悲しんでいたら
身が持たないし
悲しんだところでなにかができるわけでもない。
ニュースといっているが
知り合いが被害にあった場合も
そうなんだと思う。
一緒に悲しんでいても
その被害にあった人が
元気になるわけでもない
来るべきときが来た時に
助けてあげられるように、
自分のメンタルを保つためにも
本人と同じどん底で悲しんでいては
よくない。
それは、
わかるのだ。
わかるけれど、
だからこそ
結局
他人事に思われているのかなとも思う。
私の気持ちは私しかわからない
だから辛い。
これほどまでに
辛いという気持ちがあることを
知りたくなかった。
死にたいと闘うのは
あまりにも辛い。
心が壊れそうで
もう壊れているんだけど
あまりにも辛くて辛くて辛くて
辛い気持ちから解放したいがために
死にたくなって
そんな気持ちとたたかって、たたかって
たたかっていた日が、
そんな状態だった自分が、
辛い気持ちが、
トラウマで
また、たたかう日がきて、
負けそうになったりする。
人生どうでもいいから
来世に期待して終わらせたくなる。
でも、
私も好きな人と結婚したいし
子供と3人で暮らしている日を
そんな、たのしいひを、
つくりたい、
つくれたら、いいのに、な
もう誰かに相談するきはないよ
何度も何度も打ち砕かれたから
同じ事をなんかいもなんないも
話したよ
辛いんだ
もういいんだよ
疲れたから
しんどいね。
ずっとがんばっているよ
忘れないで
わたしね、
みんなが私のこと忘れてる間も
ずっと頑張ってんだよ