僕らはいつもひっそりとした孤独を抱え。
互いの其れに気づきながらも、寄り添う術を見つけられずにいたんだ。


「ねぇ、降りなくて大丈夫?」
「…平気」
「そうは思えぬスピードですが」
「気のせいじゃない?」
「もっと鍛えなきゃ女子を守れないよ」
「守る女子がいないので」

キィキィと鳴く荷台付きの自転車は、生前祖父が愛用していたもの。
朽ちてはいるが乗れないわけではなく、おじいちゃんっ子の私には形見のように思えた。

この無駄に急な坂道を越えた向こうには、夢のように輝ける世界が広がっている。
なんてことはなく、現実は鈍色に揺らめく海が、怠惰な面持ちで迎えてくれるだけだ。


「久々に連絡がきたと思えばこんな」
「だって、見たくなったんだもん」
「何を?」
「透明なもの」
「曖昧すぎるって」

思い立ったが吉日。
感覚的な私のモットーで、そんな自由人に渋い顔をしつつも、付き合ってくれるのが運転席の彼である。

旧知の仲とか毎日のように会うわけではないけれど、共有する時間が自然で心地よく。
言葉では上手く表せない、不思議な繋がりを感じられた。


どれくらいの間、こうしているだろう。

砂浜を歩いたりテトラポットに触れてみたり、流れ着いた藻屑を枝で掬ったり。
遊ぶのに早々に飽きた僕らは灯台近くの無機質なコンクリに横たわり、厚い雲に覆われた空を仰いでいた。

まだ十月半ばとはいえ、やはり海辺は体感温度が低い。
夜になるのが先か、二人のどちらかが帰ろうと言い出すのが先か、利のない我慢くらべみたいに。
熱を失った指先が悴んで、空気と同化してしまうのではないかと錯覚する。


「君は私を好きになればいいのに」
「そういう自分は俺のこと好きじゃないくせに」
「好きだよ?でも、好きになっちゃいけないんだ」
「どうして?」
「大切だから。絶対に壊したくないから」

息を吐くように呟いて顔を右方向に倒すと、こちらを見つめる視線とコツンとぶつかった。

寄せては返す波音が遠慮がちに響き、水平線の近くでは船が冴えない汽笛を吹かしている。
それ以外に何も聴こえてこない空間で、刹那、二人はどこまでも純粋でいられた気がする。


「じゃあ、もしもだけどさ」
「うん」
「俺がいなくなったらどうする?」

寂しげに揺れる目の前の黒い双眸が、とても綺麗だと思った。

「んー…息が出来なくなるかも」
「特大の酸素ボンベを用意しておこう」
「ふざけてばっかり」

乾いた笑いが互いの口から零れる。
平気なフリをしたものの想像すると胸がぎゅっと苦しくなり、この時の私はどんな顔をしていただろう。

ふと目を覚ました真夜中、広い家にポツリとり残された子供のような、そんな心地。

僕らは元よりよく「もしもの話」をしたけれど、それはやがて「本当」になる気がして。
途中で投げ出してしまうことが殆どだったように思う。


帰り道は自転車に乗らなかった。
相変わらずキィキィと煩い自己主張を無視しながら、緩やかな足どりで並んで歩く。

薄着の二人はすっかり冷えきってしまって、会話も途切れ途切れ、ままならず。
前にもこんなことがあったなと、一人小さく懐かしんだ。


「さっきの答えね」

ふいに立ち止まった私を、気に留めて振り返る君。
肩越しに日中の曇天からは期待もしなかった星たちが瞬いて見え、一つの作品を描く。

自分と同じくらいに白く、それでも性別の違い分骨ばった頬にそっと手を伸ばして触れる。
長い睫毛が微かに揺れるだけで、君は次の言葉をただ、待ってくれた。


友情とか、恋愛だとか。
そんな括りはどうだっていい。
結局は整理のつかない関係に、都合のいい名前を付けるばかり。

私は知っている。
それがいかにくだらないものか。
根底にはもっと単純明快で、伝えたい気持ちがずっと燻って在るのに。


「どんな場所でも探して連れ戻すよ。この自転車で」


儚く溶けてしまいそうな君の居場所に、私はなりたい。
生きる意味を見失ってしまいがちな私の居場所に、君がなってはくれなくとも。

名前を呼んで声が届く。
そこに居てくれることが、全てなのだから。


「…ファミレスでも寄るか」

ほんの少し口角が持ち上がり、丸かった眸が柔らかく細められる。
添えられた手をとってぎこちなく握り直し、彼は空いている方の手で、再び老いた車体を押し始めた。

「メニュー全部注文してもいい?奢りだよね」
「あ、財布なかったわ。100円しか持ってない」
「ここにしっかり見えてますよ、お兄さん」


潮の香を含んだ風に見送られ、愉しげな様子で夜道を歩いて行く。
もう、ちっとも寒くはなかった。