※ この記事は初学者用に聖書を編集し注を付したものです。

 

 

パウロたちがエルサレムに到着すると、兄弟たちは喜んで彼らを迎えた。

 

翌日、パウロはヤコブを訪問しに行った。そこに長老たちがみな集まっていた。

 

パウロは彼らに挨拶をした後、神が自分の働きを通して異邦人の間になさったことを詳しく説明した。

 

一同はこれを聞いて神をほめたたえ、そしてパウロに言った。

「兄弟よ。ご承知のように、ユダヤ人の中で信者になった者が数万にものぼっていますが、みな律法に熱心な人たちです。

 

ところが彼らが伝え聞いているところによれば、あなたは異邦人の中にいるユダヤ人一同に対して、子供に割礼を施すな、またユダヤの慣例に従うなと言って、モーセに背くことを教えているとのことです。

 

どうしたらよいでしょうか。あなたがここに来ていることは、彼らもきっと耳にするに違いありません。

 

ついては、私たちの言うとおりにしてください。私たちの中に誓願を立てている者が4人います。この人たちを連れて行って、彼らと共に清めを行い、また彼らの頭を剃る費用を出してください。

 

そうすれば、あなたについて噂されていることは根も葉もないことで、あなたが律法を守って正しい生活をしていることが、皆にわかるでしょう。」

 

​​​​​​そこでパウロは次の日に清めを受けてから神殿に入った。

 

注:「異邦人」とは、非ユダヤ人のことである。

「ユダヤ人だけが救われる」とするのが、ユダヤ教である。

ユダヤ教の教典「タルムード」は、モーセ五書(創世記~申命記)に対して絶対的な優位性を有する(タルムードの内容は Site を参照)。

 

パウロが旧約の律法を守ったのは、その律法に支配されている人たちを伝道するためである(コリントⅠ9章20節)。

 

パウロの清めの期間が終ろうとしていた時、アジア州から来たユダヤ人たちが、神殿の境内でパウロを見かけて、群衆全体を煽動し始めた。

 

彼らはパウロに手をかけて叫び立てた。

「イスラエルの人々よ、加勢に来てくれ。この人は、至る所で民と律法に背くことを皆に教えている。そのうえギリシャ人を神殿の境内に連れ込んで、この神聖な場所を汚したのだ。」

 

そこで市全体が騒ぎ出し、民衆が駆け集まって来てパウロを捕え、神殿の外に引きずり出した。

 

彼らがパウロを殺そうとしていた時、エルサレム全体が混乱状態に陥っているとの情報が、守備隊の千人隊長に届いた。

 

そこで千人隊長は兵士を率いてその場に駆けつけた。

 

千人隊長はパウロを捕え、彼を二重の鎖で縛っておくように命じたうえ、「パウロとは何者か、何をしたのか」と尋ねた。 

 

しかし群衆がそれぞれ違ったことを叫び続けるため、確かなことがわからず、彼はパウロを兵営に連れて行くように命じた。

 

パウロが階段にさしかかった時には、群衆の暴行を避けるため、兵士たちにかつがれて行く始末であった。大勢の民衆が「あれを殺してしまえ」と叫びながら付いて来たからである。

 

千人隊長は、民衆がどうしてパウロに対してこんなに喚き立てているのかを確かめるため、彼を鞭で打ち叩いて取り調べるように言い渡した。

 

彼らがパウロを縛りつけていた時、パウロは側に立っている百人隊長に言った。

「ローマの市民権を持つ者を、裁判にかけもしないで鞭打ってよいのですか。」

 

百人隊長はこれを聞き、千人隊長の所に行って報告した。

「どうなさいますか。あの者はローマの市民なのです。」 

 

そこで千人隊長がパウロの所に来て言った。

「お前はローマ市民なのか。」

 

「そうです。」

 

「私はこの市民権を多額の金で買い取ったのだ。」

 

「私は生れながらの市民です。」

 

そこでパウロを取り調べようとしていた人たちは、直ちに彼から身を引いた。

 

千人隊長も、パウロがローマの市民であること、またそういう人を縛っていたことがわかって恐れた。

 

翌日、千人隊長は、ユダヤ人がなぜパウロを訴え出たのか、その真相を知ろうと思って、祭司長たちと全議会を召集させ、そこにパウロを引き出して彼らの前に立たせた。

 

パウロは議会を見つめて言った。

「兄弟たちよ。私は今日まで神の前にひたすら良心に従って行動してきました。」

 

すると大祭司が、パウロの側に立っている者たちに彼の口を打てと命じた。

 

そのときパウロは大祭司に向かって言った。

「白く塗られた壁よ。神があなたを打つでしょう。あなたは律法に従って私を裁くために座に着いているのに、律法に背いて私を打つことを命じるのですか。」

 

すると側に立っている者たちが言った。

「神の大祭司に対して無礼なことを言うな。」

 

パウロは言った。

「彼が大祭司だとは知りませんでした。聖書に『民の頭(かしら)を悪く言ってはいけない』(出エジプト22章27節)と書いてあります。」

 

パウロは、議員の一部がサドカイ派の人であり、一部はパリサイ派の人であるのを見て、議会の中で声を高めて言った。

「私はパリサイ派です。私は、死人の復活の望みを抱いていることで裁判を受けているのです。」

 

パウロがこう言ったところ、彼らの間に論争が生じ、会衆が分裂した。元来サドカイ派は、復活や天使や霊などは一切存在しないと言い、パリサイ派は、それらは存在すると主張していたからである。

 

そこでパリサイ派の律法学者たちが立って強く主張して言った。

「この人には何も悪いところがないと思う。あるいは霊か天使かが彼に告げたのかも知れない。」 

 

こうして論争が激しくなったので、千人隊長は兵士たちに「パウロを彼らの中から力づくで引き出し、兵営に連れて来るように」と命じた。

 

その夜、主がパウロに臨んで言われた。

「しっかりしなさい。あなたはエルサレムで私のことを証したように、ローマでも証をしなくてはならない。」

 

注:ユダヤ教の宗派である「ラビ・ユダヤ教」は、当時、パリサイ(ファリサイ)と呼ばれていた。現在に至るまでの、あらゆるユダヤ人・ユダヤ教の基礎が「ラビ・ユダヤ教」の流れを汲んでいる。

サドカイ派は、紀元前 2世紀に現れ、第一次ユダヤ戦争(紀元66~73年)に伴うエルサレム神殿の崩壊と共に姿を消した。

 

夜が明けると、ユダヤ人たちはパウロを殺すまでは飲食を一切断つと誓い合った。この陰謀に加わった者は40人あまりであった。 

 

彼らは祭司長や長老たちの所に行って、こう言った。

「私たちはパウロを殺すまでは何も食べないと堅く誓い合いました。

 

ついては、あなた方は議会と組んで、彼のことでなお詳しく取り調べをするように見せかけ、パウロをあなた方の所に連れ出すようにと千人隊長に頼んでください。

 

私たちはパウロがそこに来ないうちに殺してしまう手はずをしています。」

 

ところがパウロの姉妹の子供がこれを耳にし、兵営に行ってパウロに知らせた。

 

パウロは百人隊長の1人を呼んで言った。

「この若者を千人隊長の所に連れて行ってください。何か報告することがあるようです。」

 

百人隊長はこの若者を千人隊長の所に連れて行った。

 

若者はパウロの暗殺が企てられていることを千人隊長に話した。

 

千人隊長は2人の百人隊長を呼んで言った。

「パウロをフェリクス閣下のもとへ無事に護送するのだ。」 

 

そして千人隊長は次のような手紙を書いた。

「パウロがユダヤ人らに捕えられ、まさに殺されようとしていたのを、彼がローマ市民であることを知ったので、私は兵士を率いて行って彼を救い出しました。

 

それから彼が訴えられた理由を知ろうと思い、彼を議会に連れて行きました。

 

ところが彼はユダヤ人の律法の問題で訴えられたのであり、何ら死刑または投獄に当る罪のないことがわかりました。 

 

しかしこの人に対して陰謀がめぐらされているとの報告がありましたので、取りあえず彼を閣下のもとにお送りすることにし、訴える者たちには、閣下の前で彼に対する申し立てをするようにと命じておきました。」

 

歩兵たちは、命じられたとおりにパウロを引き取り、翌日 騎兵たちにパウロを護送させることにして兵営に帰って行った。

 

騎兵たちは、カイサリアに着くと、千人隊長の手紙を総督フェリクスに手渡し、パウロを彼に引き合わせた。

 

フェリクスは手紙を読んでから、ヘロデの官邸にパウロを留置しておくように命じた。

 

5日後、大祭司アナニヤが、長老数名と弁護人を連れて、総督フェリクスにパウロを訴え出た。

 

パウロが呼び出されたので、弁護人は告発を始めた。

「フェリクス閣下。この男は、疫病のような人間で、世界中のユダヤ人の中に騒ぎを起している者であり、またナザレ人の異端の頭(かしら)でもあります。

 

この者が神殿を汚そうとしていたので、私たちは彼を捕縛したのです。

 

お調べになれば、私たちが彼を訴え出た理由が全部おわかりになるでしょう。」

 

ユダヤ人たちもこの訴えに同調して全くそのとおりだと言った。 

 

総督が合図をして発言を促したので、パウロは答弁した。

「私は礼拝をしにエルサレムに上ってから、まだ12日そこそこにしかなりません。

 

そして神殿の境内でも、会堂内でも、あるいは市内でも、私が誰かと論争したり、群衆を煽動したりするのを見た者はいません。

 

私は、何年かぶりに帰って来て同胞に施しをし、また供え物をしていました。

 

そのとき彼らは私が神殿で清めを行っているのを見ただけであって、群衆もおらず、騒動もなかったのです。

 

ただ私は彼らの中に立って、『私は、死人の蘇りのことで、あなた方の前で裁きを受けているのだ』と叫んだだけのことです。」

 

フェリクスは、この道のことを相当わきまえていたので、「千人隊長が来るのを待って、この事件を判決することにする」と言って、裁判を延期した。

 

数日経って、フェリクスはパウロを呼び出し、『キリスト・イエス』に対する信仰のことを彼から聞いた。

 

そこでパウロが正義・節制・未来の審判などについて論じていると、フェリクスは不安を感じてきて言った。

「今日はこれで帰るがよい。また良い機会を得たら呼び出すことにする。」

 

フェリクスはパウロから金をもらいたい下心もあったので、度々パウロを呼び出して語り合った。

 

それから2年後、総督フェリクスの後任としてフェストゥスが赴任した。

 

フェリクスは、ユダヤ人の歓心を買おうと思って、パウロをカイサリアに監禁したままにしておいた。

 

フェストゥスがカイサリアからエルサレムに行ったところ、 祭司長やユダヤ人の重立った者たちは、パウロを訴え出て「彼をエルサレムに呼び出すよう取り計らって頂きたい」と、しきりに願った。

 

彼らは途中で待ち伏せしてパウロを殺す考えであった。

 

ところがフェストゥスは、パウロが監禁されており、自分もすぐカイサリアへ帰ることになっていると答え、そして言った。

「もしあの男に何か不都合なことがあるなら、お前たちの中の有力者が私と一緒に行って訴えるがよかろう。」

 

フェストゥスはカイサリアに帰り、その翌日、裁判の席に着いて、パウロを引き出すように命じた。

 

パウロが姿を現すと、エルサレムから来たユダヤ人たちが彼を取り囲み、彼に対して様々な重い罪状を申し立てたが、いずれもその証拠を上げることができなかった。

 

パウロは言った。

「私は、ユダヤ人の律法に対しても、神殿に対しても、また皇帝カエサルに対しても、何ら罪を犯したことはありません。」

 

フェストゥスはユダヤ人の歓心を買おうと思って、パウロに向かって言った。

「お前はエルサレムに行き、この事件に関して裁判を受けることを承知するか。」 

 

パウロは言った。

「私はいま皇帝の法廷に立っています。私はこの法廷で裁判されるべきです。

 

私はユダヤ人たちに何も悪いことをしてはいません。悪いことをし、死に当るようなことをしているのなら、死を免れようとはしません。

 

しかしもし彼らの訴えることに何の根拠もないとすれば、誰も私を彼らに引き渡す権利はありません。私は皇帝に上訴します。」 

 

フェストゥスは陪審員たちと協議したうえ、「皇帝のもとに行くがよい」と答えた。

 

数日経った後、アグリッパ2世が、総督フェストゥスに敬意を表するため、カイサリアに来た。

 

フェストゥスはパウロのことをアグリッパ王に話した。

 

アグリッパが「私もその人の言い分を聞いてみたい」と言ったので、フェストゥスは「では明日、彼から聞けるようにして差し上げよう」と答えた。

 

翌日、アグリッパは千人隊長や町の重立った人々と共に謁見室に入った。

 

するとフェストゥスの命によってパウロがそこに引き出された。 

 

フェストゥスが言った。

「アグリッパ王、ならびに陪席の諸君。

この人物は、ユダヤ人たちがこぞって、これ以上 生かしておくべきでないと叫んで、私に訴え出ている者です。

 

しかし彼は死に当ることは何もしていないと私は見ているのですが、彼自身が皇帝閣下に上訴すると言い出したので、彼をそちらへ送ることに決めました。

 

ところが彼について閣下に書き送る確かなものが何もないので、私は彼を諸君の前に、特にアグリッパ王よ、あなたの前に引き出して取り調べをした後、書状を書くための材料を得ようと思います。囚人を送るのに、その告訴の理由を示さないことは、不合理だと思えるからです。」

 

アグリッパはパウロに「おまえ自身のことを話してもよい」と言った。

 

そこでパウロは弁明をし始めた。

「私は、私たちの宗教の最も厳格なパリサイ派に従って生活していました。

 

私自身も以前は、イエスの名に逆らって反対の行動をすべきだと思っていました。

 

私は、それをエルサレムで敢行し、祭司長たちから権限を与えられて、多くの聖徒たちを牢に閉じ込め、彼らが殺される時にはそれに賛成の意を表しました。

 

また至る所の会堂で、しばしば彼らを罰して無理やり神をけがす言葉を言わせようとし、彼らに対してひどく荒れ狂い、ついに外国の町にまで迫害の手を伸ばすに至りました。

 

こうして私は、祭司長たちから権限と委任を受けてダマスカスに行ったのですが、その途中、真昼に光が天から射して来るのを見ました。

 

それは太陽よりももっと光り輝いて、私と同行者たちの周りを照しました。

 

私たちがみな倒れた時、ヘブライ語で私にこう呼びかける声を聞きました。

『サウロ、サウロ。なぜ私を迫害するのか。トゲのある鞭を蹴れば傷を負うだけだ。

 

私はあなたが迫害しているイエスである。

 

私があなたに現れたのは、あなたが私に会ったことと、あなたに現れて示そうとしていることを証し、これを伝える務めにあなたを任じるためだ。

 

私は、この国民と異邦人の中からあなたを救い出し、あなたを彼らに遣わす。

 

それは、彼らの目を開き、彼らを闇から光へ、悪魔の支配から神の御もとへ立ち帰らせるためであり、また彼らが罪の許しを得、彼らが私を信じる信仰によって聖別された人々に加わるためだ。』

 

アグリッパ王よ。私は、天からの啓示に背かず、ユダヤ全土ならびに異邦人たちに対し、悔い改めて神に立ち帰えるように、そして悔い改めに相応しい業を行うようにと説き勧めました。そのためにユダヤ人は私を神殿で引き捕えて殺そうとしたのです。

 

しかし私は、今日に至るまで神の加護を受け、このように立って、小さい者にも大きい者にも証し、預言者たちやモーセが今後 起ると語ったことをそのまま述べてきました。

 

すなわちキリストが、苦難を受けること、また死人の中から最初に蘇ってユダヤ国民と異邦人に光を宣べ伝えるに至ることを、私は証したのです。」

 

総督フェストゥスは大声で言った。

「パウロよ。お前は気が狂っている。博学がお前を狂わせている。」 

 

パウロが言った。

「私は気が狂っているのではありません。私は真実の言葉を語っているだけです。

 

王はこれらのことをよく知っておられるので、王に対しても率直に申し上げているのです。

 

アグリッパ王よ。あなたは預言者を信じますか。信じておられると思います。」 

 

アグリッパがパウロに言った。

「お前は少し説いただけで私をクリスチャンにしようとしている。」 

 

パウロが言った。

「説くことが少しであろうと多くであろうと、私が神に祈るのは、あなただけでなく、今日、私の言葉を聞いた人もみな私のようになってくださることです。このような鎖は別ですが。」

 

王も総督も、また陪席の人々もみな立ち上がって退場した。

 

彼らは互いに話し合って言った。

「あの者は死刑や投獄に当るようなことをしてはいない。」 

 

アグリッパ王がフェストゥスに言った。

「あの者は、皇帝に上訴していなかったら許されたであろうに。」

 

注:「アグリッパ2世」はヘロデ大王のひ孫で、当時のユダヤの領主である。彼はローマ帝国と親密な関係を維持し、ローマから派遣された総督と共にユダヤを統治した。