※ この記事は初学者用に聖書を編集し 注を付したものです。

 

 

イスラエルの王ペカが、家臣のホシェアに暗殺された。

 

そして、『ホシェア』がイスラエルの第19代国王(最後の王)となった。

 

ペカがイスラエルを治めた期間は、20年であった。

 

ホシェアも主の御前に悪を行ったが、彼以前の王たちのようではなかった。

 

ホシェアは、アッシリアに隷属して貢ぎ物を納めていたが、ついに背いた。

 

そこで、アッシリアの王サルゴン2世は彼を監禁し、牢屋につないだ。

そしてイスラエル中を侵略し、3年間 サマリアを包囲した。 

 

ホシェアの治世第9年に、アッシリアはついにサマリアを占領し、イスラエルの人々をアッシリアに捕えて行った。

 

イスラエルの人々は、主(しゅ)に対して罪を犯し、ほかの神々を敬い、主がイスラエルの人々の前から追い払われた異邦人の風習と、イスラエルの王たちが定めた風習に従って歩んだ。これらの悪のために、イスラエルの人々はアッシリアに捕囚されたのである。

 

イスラエルの人々は、主に対して正しくない事を密かに行い、すべての町々に聖なる高台を建て、そこで香をたき、また、石柱とアシェラ像を立て、主を怒らせた。 

 

主は、すべての預言者を通してイスラエルとユダを戒められたが、彼らは聞き入れなかった。彼らの先祖たちが強情であったように、彼らも強情であった。

 

彼らは、主の戒めと定めを捨て、主との契約を破り、また、主の警告を軽んじ、空しい偶像に従って空しくなり、周囲の異邦人に従った。子牛の像とアシェラ像を造り、天の万象を拝み、バアルに仕え、自分の息子・娘を火に焼いてささげ物とし、占い・まじないをして、主の前に悪を行うことに身を委ねた。

 

主がイスラエルに対して激しく怒り、彼らを御前から除かれたので、ユダの部族しか残った者はいなかった。

 

こうして、イスラエルはアッシリアに移されて、今日に至っている。

 

注:サルゴン2世がサマリアを占領した年は、紀元前722年ごろである。

アッシリア側の記録によれば、このとき捕囚となった者は 27290人である。

 

アハズの子『ヒゼキヤ』が、ユダの第13代国王となった。

 

アハズがユダを治めた期間は、16年であった。

 

ヒゼキヤは主の目に適うことを行った。聖なる高台を除き、石柱を壊し、アシェラ像を切り倒し、モーセの造った青銅の蛇を打ち砕いた。イスラエルの人々はこの時まで、その蛇に向かって香をたいていた。

 

ヒゼキヤはイスラエルの神【主】に信頼した。

彼の後にも先にも、ユダのすべての王の中で、彼に及ぶ者はいなかった。

彼は固く主に従って離れることなく、主がモーセに命じられた戒めを守った。 

 

主が彼と共におられたので、すべての戦いで勝利を得た。

ヒゼキヤは、アッシリアの王に背いて、彼に仕えなかった。

 

ヒゼキヤの治世第14年に、アッシリアがユダの町を次々と占領した。

 

アッシリアの王センナケリブは、エルサレムにいるヒゼキヤのもとに家臣を遣わした。

 

彼らはエルサレムに着くと、水路の傍らに立った。

 

彼らがユダの王を呼んだので、宮廷長・書記官・補佐官が彼らの前に出て来た。

 

家臣のラブシャケが宮廷長たちに言った。

「大王センナケリブはこう仰せられる。

ヒゼキヤに欺かれてはならない。彼は、私の手からお前たちを救いだすことはできない。

『主は必ず我々を救い出される。この町はアッシリアの手に陥ることはない』とヒゼキヤが言っても、お前たちは主を頼みとしてはならない。

 

降服せよ。そうすれば、お前たちは生き永らえることができ、死ぬことはない。

 

諸国の神々のうち、どの神が自分の国をアッシリアの手から救ったか。

お前たちの神が、どうしてエルサレムを私の手から救い出すことができよう。」

 

民は黙って一言も彼に答えなかった。ヒゼキヤが命じて「何も答えてはならない」と言っておいたからである。

 

宮廷長たちはヒゼキヤのもとに来て、ラブシャケの言葉を彼に告げた。

ヒゼキヤはこれを聞くと、粗布を身にまとって主の神殿に入った。

そして、宮廷長たちを預言者イザヤのもとに遣わした。

 

宮廷長たちはイザヤに言った。

「ヒゼキヤ王はこう申されます。今日は、悩みと懲しめと辱めの日です。胎児がまさに生れようとして、これを産み出す力がないのです。

 

あなたの神【主】は、ラブシャケが生ける神をののしった言葉を聞かれたかもしれません。そして主は、その聞いた言葉をとがめられるかもしれません。それゆえ、この残っている者のために祈りをささげてください。』」

 

イザヤは彼らに言った。

「主はこう仰せられる。

 

アッシリア王の家臣たちが私を冒涜した言葉を聞いて、恐れてはならない。

 

私は1つの霊を彼らの中に送って1つの噂を聞かせ、アッシリア王を自分の国へ帰らせるだろう。彼はそこで剣で倒されるだろう。」

 

その後すぐ、ラブシャケは引き返した。アッシリア王がラキシュを去って、リブナを攻めていると聞いたからである。

 

この時、「エチオピヤの王がアッシリアと戦うために出てきた」との知らせを、アッシリア王は受けた。

 

アッシリア王は、再び使者をヒゼキヤに遣わして言った。

「『エルサレムがアッシリアの手に陥ることはない』と言う、お前の信頼する神に欺かれてはならない。

 

私の父たちは、ゴザン・ハラン・レツェフ・テラサルに居た人々を滅ぼしたが、その国々の神は彼らを救ったか。」

 

ヒゼキヤは、この手紙を使者から受け取って読むと、神殿に行って主の前にそれを広げた。

 

そして主に祈って言った。

「ケルビムの上に座しておられる、イスラエルの神【主】よ。

 

すべての国の中で、あなただけが神でいらせられます。あなたは天と地を造られました。

 

主よ、耳を傾けて聞いてください。主よ、目を開いて御覧ください。アッシリア王の言葉をお聞きください。

 

彼らは、諸々の民とその国々を滅ぼし、またその神々を火に投げ入れました。

それらは、人の手が作った物で、木や石だから滅ぼされたのです。 

 

主よ。どうか私たちを彼らの手から救い出してください。そうすれば、地の国々は皆、あなただけが神でいらせられることを知るでしょう。」 

 

その時、預言者イザヤが人を遣わして、ヒゼキヤに言った。

「イスラエルの神【主】がアッシリアの王について語られた言葉はこうです。

 

『お前は誰をそしり、誰を罵ったのか。誰に向かって声を上げ、目を高く上げたのか。イスラエルの聖者に向かってしたのだ。
 

お前は聞かなかったのか。お前が堅固な町々を荒塚とすることも、いにしえの日から私が計画して今これを行うのだ。
 

お前が座っているのも出入りするのも、また、私に向かって怒り叫んだことも、私は知っている。

 

お前が私に向かって怒り叫んだことと、お前の高慢が私の耳に入ったため、お前の鼻に輪をつけ、口にくつわをはめて、お前をもと来た道へ引き戻すだろう。

 

その夜、主の御使いが現れ、アッシリアの陣営で18万5000人を撃ち倒した。

 

人々が朝早く起きて見ると、彼らはみな死体となっていた。 

 

アッシリアの王センナケリブは立ち去り、ニネべに帰って行った。

 

その後、センナケリブがニスロクの神殿で礼拝していた時、彼は二人の息子に殺された。二人はアララトの地へ逃げた。

 

センナケリブの子『エサル=ハドン』が、アッシリアの王となった。

 

ユダの王ヒゼキヤは、病気になって死にかかっていた。

 

預言者イザヤが彼のもとに来て言った。

「主はこう仰せられます。家族に遺言をしなさい。あなたは死ぬ。生き永らえることはできない。」

 

ヒゼキヤは、顔を壁に向けて主に祈って言った。

「ああ、主よ。私が真心をもってあなたの前に歩み、あなたの目に適うことを行ったのを思い起してください。」

 

ヒゼキヤは激しく泣いた。

 

イザヤがまだ中庭を出ないうちに、主の言葉が彼に臨んだ。

「引き返してヒゼキヤに言いなさい。私は、あなたの祈りを聞き、あなたの涙を見た。

 

私は、あなたを癒し、寿命を15年伸ばす。今日から3日後には、あなたは主の神殿に上るだろう。

 

私は、あなたをアッシリアの手から救う。私の名のため、またダビデのために、

この町を守るだろう。」

 

イザヤはヒゼキヤに言った。

「干しイチジクを腫瘍に付けなさい。そうすれば直るでしょう。」

 

ヒゼキヤはイザヤに言った。

「主が私を癒されることと、3日後に私が主の神殿に上ることについて、どんな徴(しるし)があるか。」

 

イザヤは言った。

「主からこの徴を得られるでしょう。日影が十度 進むか、あるいは十度 退くかです。」

 

ヒゼキヤは答えた。

「日影が十度 進むことはたやすい。むしろ日影を十度 退かせてほしい。」

 

そこでイザヤが主に祈ると、アハズの日時計の上に進んだ日影が、十度 後に退いた。

 

さて、バビロンの王は、ヒゼキヤが病んでいることを聞くと、手紙と贈り物を持たせた使者をヒゼキヤに遣わした。

 

ヒゼキヤは彼らを喜び迎え、倉庫にある一切の物を彼らに見せた。

 

家にある物も国にある物も、ヒゼキヤが彼らに見せなかった物は1つもなかった。 

 

その時、イザヤはヒゼキヤのもとに来て言った。

「主の言葉を聞きなさい。主は言われる。

 

すべてあなたの家にある物が、バビロンに運び去られる日が来る。何も残らないだろう。

 

あなたの子たちも連れ去られ、バビロンの宮殿で宦官(かんがん)となるだろう。」

 

ヒゼキヤはイザヤに言った。

「あなたが言われた主の言葉は、結構なことです。」

 

ヒゼキヤは、せめて自分がこの世にいる間、平和と安全があればよいと思った。

 

注:以下の聖句を参照。

『 ヒゼキヤは病にかかり、死にそうになった。彼が主に祈ったので、主は彼にこたえ、しるしを与えられた。しかし、ヒゼキヤは受けた恩恵にふさわしくこたえず、思い上がり、自分とユダ、エルサレムの上に怒りを招いた。ヒゼキヤはエルサレムの住民と共に、思い上がりを捨ててへりくだったので、その時代に彼らが主の怒りに襲われることはなかった。』(歴代誌下32章24~26節 新共同訳)

 

『 バビロンの諸侯が、この地に起こった奇跡について調べさせるため、使節を遣わしたとき、神はヒゼキヤを試み、その心にある事を知り尽くすために、彼を捨て置かれた。』(歴代誌下32章31節 新共同訳)

 

その病気が治った時にヒゼキヤ王が書き記した歌は、イザヤ書38章10~20節に書かれてある。

 

ヒゼキヤの子『マナセ』が、12歳でユダの第14代国王となった。

 

ヒゼキヤがユダを治めた期間は、29年であった。

 

マナセも主の前に悪を行った。父ヒゼキヤが壊した聖なる高台を建て直し、バアルのために祭壇を築き、アシェラ像を造り、天の万象を拝んでこれに仕え、主の神殿の中に異教の祭壇を築いた。

 

さらに、自分の子を火に焼いてささげ物とし、口寄せと魔法使いを用いて占いと魔術を行い、主の前に多くの悪を行って主の怒りを招いた。

 

主は預言者たちを通して言われた。

「マナセは忌むべきことを行った。かつてアモリ人が行なったことよりも悪いことを行い、また、その偶像をもってユダに罪を犯させた。

 

それゆえ、イスラエルの神【主】はこう仰せられる。

 

『エルサレムとユダに災いを下す。これを聞く者は耳が2つとも鳴るだろう。

 

私の嗣業(しぎょう)の民の残りを捨て、彼らを敵の手に渡す。彼らは敵の餌食となり、略奪に遭うだろう。

 

これは、彼らの先祖たちがエジプトを出た日から今日に至るまで、私の目の前に悪を行って、私を怒らせたためだ。』」

 

マナセは、ユダに罪を犯させたその罪のほかに、罪なき者の血を多く流し、その血でエルサレムの端から端まで満たした。

 

注:次の聖句を参照。

『 主はマナセとその民に語られたが、彼らはそれに耳を貸さなかった。そこで主は、アッシリアの王の将軍たちに彼らを攻めさせられた。彼らはマナセを鉤で捕らえ、一対の青銅の足枷につないでバビロンに引いて行った。彼は苦悩の中で自分の神、主に願い、先祖の神の前に深くへりくだり、祈り求めた。神はその祈りを聞き入れ、願いをかなえられて、再び彼をエルサレムの自分の王国に戻された。こうしてマナセは主が神であることを知った。』(歴代誌下33章10~13節 新共同訳)

 

〔 主はわたしに言われた。「たとえモーセとサムエルが執り成そうとしても、わたしはこの民を顧みない。わたしの前から彼らを追い出しなさい。彼らがあなたに向かって、『どこへ行けばよいのか』と問うならば、彼らに答えて言いなさい。『主はこう言われる。疫病に定められた者は、疫病に。剣に定められた者は、剣に。飢えに定められた者は、飢えに。捕囚に定められた者は、捕囚に。』 私は彼らを四種のもので罰する、と主は言われる。剣が殺し、犬が引きずって行き、空の鳥と地の獣が餌食として滅ぼす。わたしは地上のすべての国が、彼らを見て恐怖を抱くようにする。それはヒゼキヤの子ユダの王マナセがエルサレムにしたことのためである。〕

(エレミヤ書15章1~4節 新共同訳)

 

マナセの子『アモン』が、ユダの第15代国王となった。

 

マナセがユダを治めた期間は、55年であった。

 

アモンも主の前に悪を行った。 

 

アモンが国王になって2年後、家臣たちは彼に敵対し、彼を宮殿で殺した。

 

ユダの民は、アモンに敵対した者たちをすべて殺した。そしてアモンの子ヨシヤを代わりに王とした。 

 

こうして『ヨシヤ』は、8歳でユダの第16代国王となった。

 

ヨシヤは、主の目に適うことを行い、先祖ダビデの道に歩んで右にも左にも曲らなかった。

 

ヨシヤの治世第18年に、王が書記官に言った。

「大祭司ヒルキヤのもとへ行き、主の神殿に納められた銀の総額を彼に数えさせ、それで神殿の修理をせよ。」

 

その時、主の神殿で律法の書を見つけたヒルキヤが、このことを書記官に報告した。

 

書記官は王の前で、律法の書を読み上げた。

 

王はそれを聞くと衣を裂いた。

 

王は命じて言った。

「お前たちは、この書物の言葉について、私のため、民のため、またユダ全国のために主に尋ねなさい。我々の先祖たちがこの書物の言葉に聞き従わなかったために、主は大いなる怒りを発しておられる。」

 

そこで、祭司ヒルキヤと、王の家臣たちは、女預言者フルダのもとへ行った。

 

フルダは彼らに言った。

「イスラエルの神【主】はこう仰せられます。

 

『ユダの王にこう言いなさい。私は、あたなが読んだ書物のすべての言葉に従って災いを下そうとしている。彼らが私を捨ててほかの神々に香をたき、自分たちの手で作った物によって私を怒らせたからだ。

 

それゆえ、私は怒りの火を発する。これは消えることがないだろう。

ただし、あなたが心に悔い、主の前にへりくだり、衣を裂いて私の前に泣いたゆえ、私もまたあなたの言うことを聞く。

 

あなたは安らかに息を引き取って墓に葬られ、私が下す災いをその目に見ることはないだろう。』」

 

彼らはこの言葉を王にもち帰った。

 

そこで王は、ユダのすべての人々・祭司・預言者を従えて主の神殿に上り、契約の書をすべて彼らに読み聞かせた。

 

次いで王は、主の前に契約を立て、主に従って歩み、心を尽くし、精神を尽くして、主の戒めと定めと掟を守り、この書物に記されている契約の言葉に従うことを誓った。民は皆その契約に加わった。 

 

ヨシヤ王は、以下のことを行った。

 

・主の神殿にある『バアル』『アシェラ』『天の万象のために造られた祭具類』を焼き払った。

 

・ユダの王たちが任命した祭司たちを廃し、『バアル』『太陽』『月』『星宿(せいしゅく)』『天の万象』に香をたく者どもを廃した。

 

・主の神殿にあった神殿男娼の家を壊した。そこは、女たちがアシェラ像のために掛け幕を織る所でもあった。

 

・誰も、自分の息子・娘を火に焼いてモレクのささげ物とすることがないように、祭儀場を汚した。

 

・ユダの王たちが太陽にささげて主の神殿の門に置いた馬を取り除き、太陽の戦車を火で焼いた。

 

・ベテルにある祭壇と、ヤロブアムが造った聖なる高台を壊し、アシェラ像を焼いた。そして山にある墓から骨を取り、それをその祭壇の上で焼いた。かつて神の人が告げた主の言葉のとおりになった。

 

・主の過越祭を祝うように民に命じた。士師たちがイスラエルを裁いていた時代からこのかた、このような過越祭が祝われることはなかった。

 

このように、心を尽くし・精神を尽くし・力を尽くして、モーセの律法のすべてに従い、主に寄り頼んだ王はヨシヤの先にはなく、またその後にも彼のような者は現れなかった。

 

けれども主は、なおユダに向けて発せられた激しい怒りをやめられなかった。

 

これは、マナセが腹だたしい行いをもって主を怒らせたためである。 

 

それゆえ、主は言われた。

「イスラエルを移したように、ユダをも私の目の前から移し、エルサレムの町とこの神殿を捨てるだろう。」

 

時に、エジプトの王ネコが、カルケミシュを攻めるために上って来たので、ヨシヤは彼を迎え撃とうと出陣した。 

 

ネコはヨシヤを見るや、メギドで彼を殺した。

 

注:次の聖句を参照。

『 ネコは使いを送って言った。「ユダの王よ、わたしはあなたと何のかかわりがあろうか。今日攻めて来たのはあなたに対してではなく、わたしが敵とする家に対してである。神はわたしに急ぐようにと命じられた。わたしと共にいる神に逆らわずにいなさい。さもなければ、神はあなたを滅ぼされる。」 しかし、ヨシヤは引き返さず、攻撃のために変装して、神の口から出たネコの言葉を聞かなかった。』

(歴代誌下35章21~22節 新共同訳)

 

エジプトの王ネコにカルケミシュを攻めるように命じられた神は、エジプトの神ではなく、イスラエルの神、主である。なぜネコ王にカルケミシュを攻めるように主は命じられたのか。また、ヨシヤはなぜネコ王に殺される羽目になってしまったのか。RAPT有料記事300を参照。

 

「カルケミシュ」は現在のトルコとシリアの国境線上にあった都市である。

 

ユダの民は、ヨシヤの子『ヨアハズ』を選び、彼をユダの第17代国王とした。

 

ヨシヤがユダを治めた期間は、31年であった。

 

ヨアハズも主の前に悪をことごとく行った。

 

エジプトの王ネコは、ヨアハズをハマトの地のリブラに幽閉した。

 

またネコ王は、ヨアハズの兄弟エルヤキムをユダの王とし、エルヤキムの名をエホヤキム(ヨヤキム)と改めさせた。

 

一方、ヨアハズはエジプトに連れて行かれ、そこで死んだ。彼がユダを治めた期間は、わずか 3か月であった。

 

こうして、『エホヤキム(ヨヤキム)』が、ユダの第18代国王となった。

 

彼も主の前に悪を行った。

 

彼の治世に、バビロンの王『ネブカドネザル2世』がエルサレムに攻めて来た。

 

ヨヤキムはバビロンに隷属したが、3年後、再び反逆した。

 

主は、カルデア人・アラム人・モアブ人・アンモン人の略奪隊を遣わしてユダを攻められた。主が預言者たちによって語られた言葉のとおりである。

 

これは、主の命令によってユダに臨んだもので、主の前からユダを払い除くためであった。

 

すなわち、マナセが行なったその罪のため、また彼が罪なき人の血を流し、その血をエルサレムに満たしたためであって、主はその罪を赦そうとはされなかった。

 

エホヤキムの子『エホヤキン(ヨヤキン)』が、ユダの第19代国王となった。

 

エホヤキムがユダを治めた期間は、11年であった。

 

ヨヤキンも主の前に悪を行った。

 

時に、バビロンの王の家臣たちがエルサレムに攻めて来て、町を包囲した。 

 

ヨヤキンがバビロンに降服したので、バビロンの王は彼を捕虜とした。

そして、エルサレムの住民を捕え、バビロンへ連れて行った。

 

街に残されたのは、貧しい者だけであった。

 

注:「ヨヤキム」「ヨヤキン」は、それぞれ「エホヤキム」「エホヤキン」の短縮形である。

 

バビロンの王『ネブカドネザル2世』は、ヨヤキンの伯父マタンヤをユダの王とし、マタンヤの名をゼデキヤと改めさせた。

 

ヨヤキンがユダを治めた期間は、わずか3か月であった。

 

こうして、『ゼデキヤ』が ユダの第20代国王となった。

 

彼も主の前に悪を行った。 

 

それで主は、ついに彼らを払い捨てられた。

 

ゼデキヤはバビロンの王に反逆した。

 

ネブカドネザル2世は軍勢を率い、エルサレムに向かって陣を敷き、周囲に砦を築いてこれを攻めた。

 

こうして町は包囲され、町の中の食糧が尽き、そして町の一角が破れた。

 

ゼデキヤは捕えられ、バビロンの王のもとへ引いて行かれ、裁きを受けた。

彼らは、ゼデキヤの子たちを彼の目の前で殺し、彼の目をえぐり、足かせをはめて、バビロンへ連れて行った。

 

神殿と宮殿とすべての家屋は焼き払われ、エルサレムの城壁は破壊された。 

町に残されていた民と降服した者は捕らえられ、連れ去られた。

ただし、一部の貧しい者は、ブドウを作る農夫として残された。

 

このようにして、ユダはその土地から捕え移され、バビロンの捕囚となった。

 

注:以下の聖句を参照。

『 ネブカドレツァルが捕囚として連れ去った民の数をここに記すと、第七年に連れ去ったユダの人々が三千二十三人、ネブカドレツァルの第十八年にエルサレムから連れ去った者が八百三十二人であった。ネブカドレツァルの第二十三年には、親衛隊の長ネブザルアダンがユダの人々七百四十五人を捕囚として連れ去った。総数は四千六百人である。』(エレミヤ書52章28~30節 新共同訳)

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「ネブカドレツァル」とは「ネブカドネザル2世」のことである。

 

『 ゼデキヤは … 強情になってその心をかたくなにし、イスラエルの神、主に立ち帰らなかった。祭司長たちのすべても民と共に諸国の民のあらゆる忌むべき行いに倣って罪に罪を重ね、主が聖別されたエルサレムの神殿を汚した。先祖の神、主は御自分の民と御住まいを憐れみ、繰り返し御使いを彼らに遣わされたが、彼らは神の御使いを嘲笑い、その言葉を蔑み、預言者を愚弄した。それゆえ、ついにその民に向かって主の怒りが燃え上がり、もはや手の施しようがなくなった。主はカルデア人の王を彼らに向かって攻め上らせられた。… 剣を免れて生き残った者は捕らえられ、バビロンに連れ去られた。彼らはペルシアの王国に覇権が移るまで、バビロンの王とその王子たちの僕となった。こうして主がエレミヤの口を通して告げられた言葉が実現し、この地はついに安息を取り戻した。』(歴代誌下36章11~17節 新共同訳)

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「カルデア人の王」とは「ネブカドネザル2世」のことである。

 

『 彼らは自分たちの行いによって汚れ、自分たちの業によって淫行に落ちた。… 主は幾度も彼らを助け出そうとされたが、彼らは反抗し、思うままにふるまい、自分たちの罪によって堕落した。』(詩編106編39~43節 新共同訳)

 

 

北イスラエル王国が滅亡した年は、紀元前722年ごろ。南ユダ王国が滅亡した年は、紀元前587年ごろである。ユダが滅んで以降、1948年にイスラエル国が成立するまで2500年間以上、ユダヤ民族は独立国を持たなかった。