※ この記事は初学者用に聖書を編集し 注を付したものです。
ダビデの息子アブサロムには、タマルという名の美しい妹がいた。
タマルと異母兄弟のアムノンは、彼女に恋をし、彼女を力ずくで辱しめて共に寝てしまった。
ダビデはこのことを聞いて非常に怒った。アブサロムはアムノンを憎んだ。
それから2年後、アブサロムは『バアル・ハツォル』で羊の毛を切らせていた時、
そこに王子を全員招待した。
アブサロムは従者たちに命じて言った。
「アムノンが酒を飲んで機嫌が良くなった時、私が合図したら彼を殺せ。恐れることはない。私が命じるのではないか。」
従者たちは、アブサロムの命じたとおりにアムノンに行なった。
アブサロムは逃れてゲシュルに行き、3年間そこにいた。
ダビデはアムノンのために日々悲しんだ。
ダビデの甥である将軍ヨアブは、王の心がアブサロムに向かっているのを知った。
そこで ヨアブは人を遣わして1人の女を呼び寄せ、彼女の口に言葉を授けた。
その女はダビデのもとに行き、こう言った。
「王よ、お助けください。私は寡婦(かふ)でありまして、夫は死にました。
私には2人の息子がおりました。ところが2人は争いを起こし、1人がもう1人を殺してしまいました。
すると一族の者がみな私を責めて『兄弟を殺した者を引き渡たせ。殺された兄弟の命のために彼を殺そう』と言いました。
こうして彼らは残っている私の炭火を消そうとしています。」
ダビデは女に言った。
「家に帰りなさい。あなたのために命令を出そう。もしあなたに何か言う者がいれば私の所に連れて来なさい。主は生きておられる。あなたの息子の髪の毛ひと筋も地に落ちることはないだろう。」
女は言った。
「どうか一言、王に言わせてください。
王はいま私に仰った言葉によって御自分を罪ある者とされています。
それは、王が追放された者を帰らせられないからです。
私たちはみな死にます。地にこぼれた水を再び集めることができないのと同じです。
しかし神は、追放された者が捨てられないように取り計らってくださいます。
私がこのことを王に言おうとして来たのは、私が民を恐れたからです。」
王は言った。
「これはすべてヨアブの指図であろう。」
女は答えた。
「私に命じたのは、あなたの僕ヨアブです。事の成り行きを変えるため、彼が私の口にこれらの言葉を授けたのです。
王には神の使いの知恵のような知恵があって、地上のすべてのことを知っておられます。」
王はヨアブに言った。
「このことを許す。アブサロムを連れ帰るがよい。」
そこで ヨアブはゲシュルに行き、アブサロムをエルサレムに連れて来た。
王は言った。
「彼を自分の家に引きこもらせるがよい。私の顔を見てはならない。」
こうしてアブサロムは2年間エルサレムに住んだが、王の顔を見なかった。
アブサロムは ヨアブに言った。
「何のために私はゲシュルから帰って来たのですか。これなら、あそこに居た方が良かったでしょうに。王に会わせてください。もし私に罪があるなら私を殺してください。」
ヨアブはこのことを王に告げたので、王はアブサロムを呼び寄せた。
アブサロムは王の前にひれ伏して礼をした。王は彼に口づけした。
注:ダビデの長男がアムノン、三男がアブサロム。
アブサロムは自分のために戦車と馬、および護衛兵50人を備えた。
アブサロムは朝早く起きて、いつも城門への道の傍らに立った。
人が王に裁判を求めに来ると、アブサロムはその人を呼んでこう言った。
「あなたの訴えは正しい。しかしその訴えを聞いてくれる人は、あの王の下にはいない。ああ、私がこの地の裁き人であったならば、公平な裁きを行うことができるのだが。」
そしてアブサロムは自分に礼をしようとする者に手を伸べ、抱き抱えて口づけした。
彼は王に裁きを求めて来るすべてのイスラエル人にこのようにした。
こうしてアブサロムはイスラエルの人々の心を自分のものとした。
時に、アブサロムはダビデに言った。
「どうか私をヘブロンへ行かせ、かつて主に立てた誓いを果させてください。
私がゲシュルにいたとき誓いを立てて『もし主が本当に私をエルサレムに連れ帰ってくださるならば、主に礼拝をささげます』と言ったからです。」
ダビデが「安らかに行きなさい」と言ったので、彼はヘブロンに行った。
アブサロムはイスラエルのすべての部族に密使を遣わして言った。
「角笛の響きを聞くならば、ヘブロンでアブサロムが王になったと言いなさい。」
このとき200人の者がアブサロムと共にヘブロンに行ったが、彼らは何も知らされていなかった。
またアブサロムは犠牲をささげている間に人を遣わして、ダビデの議官アヒトフェルを呼び寄せた。
こうしてアブサロムに加わる民の数は次第に増えていった。
使者がダビデの所に来て「イスラエルの人々の心はアブサロムに従った」と知らせた。
ダビデはエルサレムにいるすべての家臣に言った。
「直ちに逃げよう。そうしなければアブサロムから逃れることができなくなる。急いで行くがよい。さもないと彼らが急ぎ追いついて剣で都を討つだろう。」
こうして王は出発した。家臣と兵士はみな彼に従ったが、10人の側女(そばめ)たちは王の命令で王宮に残った。
そのとき 祭司のツァドクとすべてのレビ人が、神の契約の箱を担いで来た。
彼らは、神の箱を降ろして、兵士が全員、都を出てしまうのを待っていた。
祭司のアビヤタルも来ていた。
王はツァドクに言った。
「神の箱を都に戻しなさい。もし私が主の御前に恵みを得るならば、主は私を連れ帰って、その箱と住まいを見させてくださるだろう。
しかし主が『私はお前を喜ばない』と言われるのであれば、どうか主が良いと思われることを私にしてくださるように。
あなたもアビヤタルも都に帰りなさい。またあなたの息子アヒマアツと、アビヤタルの息子ヨナタンも連れて帰りなさい。」
ダビデは頭を覆い、裸足でオリーブ山の坂道を泣きながら登って行った。
彼と共にいる家臣と兵士もみな頭を覆って泣きながら登った。
途中「議官アヒトフェルがアブサロムの陰謀に加わった」とダビデに告げる者が来た。
そこでダビデは祈った。
「主よ。どうかアヒトフェルの計略を愚かなものにしてください。」
山頂にある、神を礼拝する場所にダビデが来た時、彼の友人フシャイが王を迎えに来た。
ダビデは彼に言った。
「都に戻ってアブサロムの僕となりなさい。そうすればアヒトフェルの計略を破ることができるだろう。祭司のツァドクとアビヤタルが都にいる。王宮で得た情報をすべて彼らに伝えなさい。」
そこでフシャイはエルサレムに戻った。
ダビデがバフリムに来た時、サウル家の一族で名をシムイという者が、呪いながら出て来た。彼はダビデと家臣に向かって石を投げた。
シムイは言った。
「血を流す人よ、邪な人よ、立ち去れ。サウル家の血を流して王となったあなたに、主が報いられたのだ。主は王国をアブサロムの手に渡された。あなたは血を流す人だから災いに会うのだ。」
そのときダビデの甥であり、ヨアブの兄弟である戦士アビシャイが王に言った。
「この死んだ犬がどうして王を呪ってよいでしょうか。私に彼の首を取らせてください。」
ダビデは、アビシャイとすべての家臣に言った。
「私の身から出た我が子が私の命を狙っている。サウル家の者ならなおさらだ。
呪わせておきなさい。主が彼にそう命じられたのだ。
主は私の悩みを顧みてくださるかもしれない。
また主は彼の呪いに代えて、私に善を報いてくださるかも知れない。」
ダビデと民はみな疲れてヨルダン川に着き、そこで一息ついた。
注:ダビデがアブサロムを逃れた時にダビデが歌った詩は、詩編3編を参照。
イスラエルの人々はエルサレムに来た。
ダビデの友人であるフシャイは、アブサロムに「王様万歳、王様万歳」と言った。
アブサロムはフシャイに言った。
「どうして友と一緒に行かなかったのか。」
フシャイは言った。
「主とイスラエルの人々が選んだ者に私は属し、その方と共におります。
私は誰に仕えるべきですか。その子に仕えるべきではありませんか。
あなたの父に仕えたように、私はあなたに仕えます。」
アブサロムは議官アヒトフェルに言った。
「我々はどうしたらよいか。」
アヒトフェルは言った。
「あなたの父が王宮を守るために残された側女たちの所に入りなさい。
そうすればイスラエルの人々は皆、あなたが父上に憎まれたことを聞くでしょう。そしてあなたと一緒にいる者は奮い立つでしょう。」
こうしてアブサロムは、全イスラエルの注目の中で、ダビデの側女たちの所に入った。
その頃、アヒトフェルの提案は神の御告げのように受け取られていた。
時に、アヒトフェルはアブサロムに言った。
「私に1万2000の兵を選ばせてください。今夜ダビデの後を追い、彼が疲れて弱くなっているところを襲います。
ダビデ王だけを殺し、家臣と兵士はすべてあなたに帰順させましょう。あなたが求めておられるのは、ただ1人の命だけですから。」
アブサロムは言った。
「フシャイを呼べ。彼の言うことも聞きたい。」
フシャイはアブサロムのもとに来て言った。
「アヒトフェルの提案は良くありません。
御存じのように、あなたの父とその従者たちはみな勇士です。そのうえ彼らは野で子を奪われた熊のように怒っています。
またあなたの父は戦術に秀でていますから、民と共には休まないでしょう。
彼は洞穴か、どこかほかの所に隠れているはず。
もし最初の攻撃に失敗すれば、獅子のような心のある勇士でも弱気になるでしょう。
私の提案は、海辺の砂のように多くの兵士を集めて、あなた自ら戦いに臨むことです。こうして我々は、露が地に降りるように彼の隠れ場を襲うのです。
もし彼がどこかの町に退くならば、その町に縄をかけ、それを谷に引いて行って、そこに1つの小石も見られないようにしましょう。」
アブサロムとイスラエルの人々はみな言った。
「フシャイの提案の方が良い。」
主がアブサロムに災いを下すことを定められたので、アヒトフェルの提案が却下されたのである。アヒトフェルは、自分の提案が却下されたのを知ると、首を吊って死んだ。
フシャイは祭司のツァドクとアビアタルに言った。
「速やかに人を遣わしてダビデ王に告げなさい。今夜、荒野の渡し場に休まないで必ず川を渡りなさい。さもないと全滅するだろう。」
この知らせを受けたダビデは、夜明け前にヨルダン川を渡った。
こうしてダビデはマハナイムに来た。
アブサロムもヨルダン川を渡り、ギレアデの地に陣を敷いた。
ダビデは兵士に命じて「私のため、アブサロムを手荒に扱わないように」と言った。
両者はエフライムの森で戦ったが、イスラエルの兵士はダビデの兵士の前に敗れた。
その日、戦死者は2万人に及んだ。そして戦いは地の全面に広がった。
さて、アブサロムがダビデの家臣たちに遭遇した時、彼はラバに乗っていた。
そのラバが大きい樫の木の絡まり合った枝の下を通ったので、アブサロムはその樫の木に引っかかって宙吊りになった。ラバは彼を捨てて走り過ぎてしまった。
兵士の1人がそれを見てヨアブに告げた。
ヨアブはその兵士に言った。
「どうして彼をその場で打ち落さなかったのか。」
兵士は言った。
「王がアブサロムを保護せよと命じられたからです。」
そこでヨアブは、樫の木にかかってまだ生きているアブサロムの心臓に槍を突き刺した。
こうしてヨアブが角笛を吹いたので、兵士はイスラエルの後を追うことをやめた。
ヨアブは人を遣わしてこのことをダビデに報告した。王は非常に悲しんだ。
イスラエルの兵士はそれぞれ天幕に逃げ帰った。
そしてイスラエルの諸部族の間で議論が起こった。
ダビデは、祭司のツァドクとアビアタルに人を遣わして言った。
「ユダの長老たちに言いなさい。全イスラエルの言葉が王に達したのに、どうしてあなた方は王を呼び戻すのに遅れを取るのか。あなた方は私の兄弟、私の骨肉ではないか。
また甥のアマサに言いなさい。あなたは私の骨肉ではないか。あなたを軍の長とする。もしそうしないときは、神が幾重にも私を罰してくださるように。」
こうしてダビデは、ユダの人々の心を自分に傾けさせた。
ユダの人々はダビデに「家臣と共に帰って来てください」と言い送った。
ダビデはエルサレムの王宮に戻った。
主は、再びイスラエルに向かって怒りを発し、ダビデに感動を与えて彼らに逆らわせ「イスラエルとユダの人口を数えよ」と言われた。
王はヨアブに言った。
「ダンから『ベエル・シェバ』まで行き巡って民を数え、私に知らせなさい。」
ヨアブは王に言った。
「何ゆえにこのようなことを望まれるのですか。」
しかし王の言葉がヨアブに勝ったので、ヨアブと軍の長たちはイスラエルの民を数えるために出て行った。
9か月と20日かけて全国を巡った後、彼らはエルサレムに帰って来た。
ダビデは民を数えた後、自分を責めた。
ダビデは主に言った。
「私は大きな罪を犯しました。どうか僕(しもべ)の罪をお見逃しください。
私は非常に愚かなことをしました。」
ダビデが朝起きると、主の言葉が預言者ガドに臨んだ。
「ダビデにこう言いなさい。『主は仰せられる。私は3つのことを示す。あなたはその1つを選ぶがよい。』」
ガドはダビデのもとに来て彼に言った。
「国に3年の飢饉が起こることか、それとも、あなたが敵に追われて3か月逃げることか、それとも、国に3日間の疫病が起きることか。
よく考えて、私を遣わされた方にどうお答えすべきかを決めてください。」
ダビデはガドに言った。
「私は非常に悩んでいるが、主の憐みは大きいゆえ、主の手にかかろう。人の手にはかかりたくない。」
そこで主は、朝から定めの時まで疫病をイスラエルに下された。
ダンから『ベエル・シェバ』までの民のうち、死んだ者の数は7万人であった。
天の御使いがその手をエルサレムに伸ばしてこれを滅ぼそうとしたが、主はこの害悪を悔い、御使いに言われた。
「もう十分だ。その手を下ろしなさい。」
そのとき御使いは、エブス人アラウナの麦打ち場の傍らに居た。
ダビデは民を撃っている御使いを見た時、主に言った。
「私は罪を犯し、悪を行いました。しかし、この羊たちは何をしたのですか。
どうかあなたの手を私と私の父の家に向けてください。」
その日、預言者ガドはダビデのもとに来て彼に言った。
「アラウナの麦打ち場に主の祭壇を建てなさい。」
ダビデは主が命じられたガドの言葉に従って、麦打ち場に主の祭壇を築き、ささげ物をささげた。
主はダビデの祈りを聞かれたので、イスラエルに下った災いが止んだ。
注:次の聖句を参照。
『 サタンがイスラエルに対して立ち、イスラエルの人口を数えるようにダビデを誘った。ダビデはヨアブと民の将軍たちに命じた。「出かけて行って、ベエル・シェバからダンに及ぶイスラエル人の数を数え、その結果をわたしに報告せよ。その数を知りたい。」 ヨアブは言った。「主がその民を百倍にも増やしてくださいますように。
主君、王よ、彼らはみな主君の僕ではありませんか。主君はなぜ、このようなことをお望みになるのですか。どうしてイスラエルを罪のあるものとなさるのですか。」』(歴代誌上21章1~3節 新共同訳)