「元気ですか?
笑ってますか?
それだけが気がかりです」
少し前に、
『自閉症だった私へ』という本を読んで
思い出したことがありました。
主人公のドナは辛い現実と付き合ってゆくために
自分の中にいくつかのキャラクターを
生み出します。
多重人格とは違うのですが、
本当の自分では乗り切れないことに遭遇した時、
このキャラクターたちが現実と対峙してくれるのです。
これと同じようなことが
過去の私にも起こっていたことに気付いたんです。
私の場合、
私の中に“住んでいた”という感じかな。
表立って行動してくれるわけではないけれど、
何かの時にその存在を強く強く感じていました。
ひとりは陽太くんという男の子。
もうひとりは園村さんという女の子。
陽太くんは、12歳くらい。
100%元気。で、とってもやさしい子。
口は悪いんだけどね。
痛みに敏感で、非道いことが起きたりすると涙を流す。
修学旅行に行った時は大変だったな。
広島に一泊したんだけどね、
陽太くんが土地の記憶とシンクロしちゃって動けなくなっちゃたの。
私自身、気分が悪くなって、
ホテルで休ませてもらった。
私は陽太くんに大丈夫だよ、大丈夫だよって
何度も言って。
ホテルに置いてある便箋?みたいなものに
陽太くん宛てに手紙を書いた。
「翼を持った場所。」私は広島をそんな風に書いた気がする。
焼き付けられたから生まれた翼。
世界を巻き込む祈りがあの場所から放たれていること。
だから、心から悼み、慈しむこと。
伝わったのかどうかはわからないけれど、
陽太くんは眠ってくれた。
彼は主に感受性の部分に住んでいたんだと思います。
園村さんは、17歳。
名前は南条あやさんの日記から
あとから私がつけました。
(陽太くんは最初から陽太くんという名前でした)
この子はね、ちょっと感情が読めなかった。
なんだろ、綾波レイみたいなイメージ?
なんか、私が腕を切る時や
過食嘔吐をする時に出てくるのね。
「私も一緒に切るわ」
「私も一緒に吐くわ」
そんな風に、狂気を半分こして背負ってくれる。
だから私、キチガイLifeを送ってる時でも
全然寂しくなかった。
いてくれたからね。園村さんが。
時々、私、園村さんを声に出して呼んじゃう時があって
そゆ時、母親が猛烈な勢いで飛んできた。
「いないのよ!園村なんて!」
って叱られたっけ。
ああ、なんだか
想い出。
ふたりはもういません。
いつからか、
私の隣には風だけが吹くようになりました。
それが、治ったということになるなら、
私はもう、ひとりで大丈夫ということなのでしょう。
でもね、ちょっとだけ、淋しいよ。
あなたたちがつくってくれた現実は、
とても痛くて、でもとてもやさしかったよ。
いつまでもいつまでも一緒にいたかった。
そんなこと、
言っちゃいけないってわかってるのに。
