チリよ、お前が黙っている時が好きだ | RITA

チリよ、お前が黙っている時が好きだ

ジャーナリスト、そして翻訳者である伊高浩昭さんから、素敵な記事を書いていただきました音譜
ネルーダの詩をもっと読みたくなりますニコニコ

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チリが生んだノーベル文学賞詩人パブロ・ネルーダ(1904~73)は、バルパライソ南方の太平洋岸イズラネグラの邸宅の庭に、愛妻マティルデとともに眠っている。私は、この邸宅のほか、バルパライソにある邸宅ラ・セバスティアーナ、首都サンティアゴにある邸宅ラ・チャスコーナを訪れた。いずれも「パブロ・ネルーダ財団」が管理するムセオ(記念館)になっている。私が大好きなこの詩人を偲ぶ縁(よすが)であり、詩集や伝記を買うことができる。

この詩人が残した膨大な作品の中に、初期のものとして「20の愛の詩と、一つの絶望の歌」がある。ネルーダは、その一篇をもじって口にするのを好んでいた。私は1970年代初め、アジェンデ社会主義政権時代のチリで、ネルーダが肉声でそれを朗読するのをラジオで聴いた。



  チリよ、お前が黙っている時が好きだ
   いないみたいだからだ
  チリよ、お前が眠っている時が好きだ
   遠くにいるみたいだからだ
  チリよ、お前が遠くにいる時が好きだ
   心の中にいるからだ


この詩の「チリ」を、故郷や恋人の名前に置き換えて朗読してみたらいかがだろう。

私は、ラ米文化専門の月刊誌「ラティーナ」の11月号(10月20日発行)に、アジェンデ大統領とネルーダの「死の謎」について書いた。ネルーダ夫妻は1952年、地中海のイタリア領カプリ島で半年余り亡命生活を送った。私は今年3月、ナポリ沖のこの島を訪ね、夫妻が住んだ邸宅を探し当てた。この逸話も11月号の記事に盛り込んだ。

夫妻のカプリ島での暮らしぶりは、チリ人作家アントニオ・スカールメタの小説『ネルーダの郵便配達夫』に書かれ、それがイタリア映画『イル・ポスティーノ(郵便配達夫)』になった。映画では、ネルーダ夫妻が見つめ合いながらタンゴを踊る場面が素晴らしい。ネルーダはきっと、あの詩の「チリ」を「マティルデ」に置き換えて、何度も彼女の前で詠ったことだろう。
  

(2011年10月19日 伊高浩昭執筆)