若者だけが、コミュニケーション力不足なの??
~パリのアリアンスフランセーズで、思ったこと~
Bonjour!
usagiです。
昨日のブログの続編です。
こういった、若者のコミュ二ケーション力不足の論議は、若者だけでなく、日本人全体に言えるのかな・・・とも思います。
というのも・・・、(つづく)
↑ここで終わっていました。
↓ つづきは、ここから!!
こういった、若者のコミュケーション力不足の論議は、若者だけでなく、日本人全体に言えるのかな・・・とも思います。
というのも、
島国という地理的条件で、日常、国境を越えて行き来できる大陸人よりも、シャイなのは当然、また、単一言語の国、単一民族だと、他国人と、自国の言葉同士での会話が不可能、肌や目の色が違う人とのコミュニケ―ションは、特殊な体験です。しかも、歴史上、植民地支配されたことがない貴重な国(アジアでは、タイと日本だけ?)なので、言語同化主義で、強制的に、宗主国の言語を覚えさせられて、外国語を日常的に使ったことがない。
日本は、古来から、例えば、女流作家の枕草子がつづった「源氏物語」の時代から、遠慮は美徳で、自分を表現するよりも「察しの文化」が、奥ゆかしく美しいとされてきました。今、それが、崩れつつあるのではないか、といった危惧する声も聞かれますが、まだ、大丈夫、回復の余地は、十分にあると思います。
伝統文化を重んじるという社会的要因、それに、日本は、相手にリアクションしないで済む信用社会ですよね。日本人なら、「目はものを言う」ようにできていて、言葉をはっきりと使わずとも、事が動くことも多々あります。そんな発言力(?)の強い目を伏せて、失礼の無いようにアイコンタクトをしない人、特に、エレベーターの中とかで、多いですよね。外国人なら、初対面でも、ニコッと、横に口を開いて笑いあう文化だから、帰国して、エレベーターに乗って、思わず、ニコッと、笑ってしまわないように気を付けています。
さっき書いた「察しの文化」をもっと噛み砕いてみると、日本のサービス業や、お役所では、黙ってても、かゆいところにすぐ届くような、素晴らしく、気持ち良い対応をされます。「あああ、私は、やっと、日本に帰って来たんだな」と、実感する一瞬です。それほど、私たち日本人は、精度の高いサービスの社会で暮らしているのではないかと思います。自分で、説明しなくても、相手に通じていることもあります。
サービスの対応が、担当者によって、大きなばらつきがあるフランスなどでは、ビザの更新のときなんて、その都度、自己表示しなくては、滞在にひびいてくるのですから、本当に命がけで、説明したものです。でも、そうやって、命がけでフランス語を使う場があったから、身に付いた、トラブルがあるごとに、言葉や、言葉の運用力や交渉力が、自分のモノになって行ったのだと思います。
(海外にいたら、なんで、あれだけ、トラブルのかわからない位、でも、制度も手続きも違う、しかも外国人として滞在するんだから、書類だった面倒になるはずですよね。)
海外生活の未熟な人で、語学力にたけていたとしても、説明不足での行き違いや、相手がわかってくれるだろう、といった前提でのコミュニケーションでは、意思疎通が不十分だったりして、トラブルが生じることが多いです。原因は、その辺にあるのではないでしょうか?
たとえば、インスタントラーメンに付いている、タレの小袋の切り口に、「ここから切って下さい」と、必ず、小さく丁寧に、記載されています。日本人、一億人が、その場所を手で切って、ラーメンのタレを使うんですね。
タレの切り口の話は、極論かも知れませんが、例えば、外国だったら、タレの袋に、ご丁寧に切り口もないし、切って下さい、と誘導してくれるメッセージも書いてないのが、普通ではないでしょうか。手で切れないからどうするか、じゃあ、はさみを出して切る、面倒だから、切り口のない小袋を、手で無理に開けようとして、タレが、うわーっと、飛び散ったりして、憤慨することも多いんです。これは、自己責任だから、使用がない、で、納得するしかないです。でも、海外生活が長く、たまたま、疲れたりしている時に、タレが飛び散ってしまい、お気に入りのお洋服に、シミがついたりすると、こんな小さなことで、急に、望郷の念が出たりします。。。。(涙)
こういうタレの小袋の切り口を自分で決めて、自分で切る、というような、自発的な行動が、日本では、少ないように思います。(とにかく、全て、便利な生活で、頭を使わなくっても、企業や、サービス業から、どんどん、新メニューを提案されて、それに従えるようにできています)
南仏の小さなレストランで、最初にデザートも注文したくっても、「それは、メインを召し上がってから、改めて、ご注文伺いに参ります」と初めて言われた時、私は、理由を考え込みました。確か、アルルのはずれ、ドーテの短編集「風車小屋便り」の、その風車がすぐそばにある美しい村でした。
売り手にとっても、二度の注文を取りに行くし、あらかじめ、デザートを準備しておく方が、効率いいに決まってる、でも、それをあえてしない、というのが、この国の食文化なのだ、と感じました。メイン料理の堪能度によって、デザートを選んでから、注文して欲しい、というシェフのこだわりでしょう。でも、日本人なら、よくあるセットメニューの方が、楽でいいな、思いつつ、何だか、特別のお客様として扱われてるようで、フランスに行く度に、こんなこだわりの文化にとても、魅かれます。そのかわり、注文のたびに、サービス係りのギャルソンと、ああだ、こうだと、一言、二言の会話をしなくてはいけない、でも、これが、お食事の醍醐味でしょう。効率よく、なんでもかんでも、仕分けたからって、良い結果を得られるかは、仕分ける対象、ケースbyケースだと思います。
村上春樹さんが、先日、スペインで文学賞受賞のスピーチでも、この効率化が、今回、福島の原発事故を引き起こした、と指摘していましたよね。(こないだ、ブログにも書きましたっけ。)
パリに発つとき、フランス語学校選びに、困りませんでした。
場所は、仕事の需要のあるパリで、そして、山ほどある選択から、アリアンス・フランセーズを選びました。半年の失業保険が切れた翌日の冬に渡仏したので、入学時期がフレキシブルな学校に限られます。
あとは、フランス語の資格取得を一番の目標に渡仏したので、フランス政府公認「DELF/DALF」の試験センターだったアリアンス・フランセーズに決めました。ここの先生方が、口頭試験の面接官になったりして、日頃、通っている学校が試験会場になるし、少しでも、有利かな?と思いました。
学生ビザ取得者が、パリ入りした後に、学生労働ビザを取得するのに、有利な学校らしい、ということも聞きました。よく見かける遊学生にならないように、半分、学生、半分、社会人身分を希望した私には、有難い条件でした。幸い、日本語学校で採用が決まり、日本語教師として勤務がスタート。
でも、その前に、まず、有料の講習を受講して、十数人の受講者で、合格ラインに達した中から、2,3名が選ばれたので、ラッキーだったと思います。学生労働ビザなら、正規の35時間労働の半分働ける、と聞いていましたが、実際、労働許可証には、確か、最大、週19時間可能、と記載があったように記憶しています。ビザ担当者が、割り算を間違えたのかな、、と、ふと思ったもんです。これとは別に、あれ?と思うようなことが、案外と多いパリ生活でした。それを思うと、さっき、書いたように、日本のお役所やサービス業の質の高さは、おそらく世界のトップクラスではないでしょうか?一度、フランス生活や他国での生活を経験して帰国すると、お客様は神様って言葉が通用する国、日本以外にあるのかな??と、素朴な疑問が出てきます。
パリ・アリアンスフランセーズで、フランス語を始めて、フランス語以外に、色んなことを学びました。
日本人や日本のこと、欧米のこと、教育の質やレベルの違い、フランスの植民地政策、フランス語圏のこと、スペイン語とフランス語の関係、欧州と米の関係、パリでの、ビザ更新の困難=フランスで深刻化する外国人問題、
などなど、お洒落な、6区にあって、カルチェラタンと聞くと、今でもワクワクします。
では、また!!!
~パリのアリアンスフランセーズで、思ったこと~
Bonjour!
usagiです。
昨日のブログの続編です。
こういった、若者のコミュ二ケーション力不足の論議は、若者だけでなく、日本人全体に言えるのかな・・・とも思います。
というのも・・・、(つづく)
↑ここで終わっていました。
↓ つづきは、ここから!!
こういった、若者のコミュケーション力不足の論議は、若者だけでなく、日本人全体に言えるのかな・・・とも思います。
というのも、
島国という地理的条件で、日常、国境を越えて行き来できる大陸人よりも、シャイなのは当然、また、単一言語の国、単一民族だと、他国人と、自国の言葉同士での会話が不可能、肌や目の色が違う人とのコミュニケ―ションは、特殊な体験です。しかも、歴史上、植民地支配されたことがない貴重な国(アジアでは、タイと日本だけ?)なので、言語同化主義で、強制的に、宗主国の言語を覚えさせられて、外国語を日常的に使ったことがない。
日本は、古来から、例えば、女流作家の枕草子がつづった「源氏物語」の時代から、遠慮は美徳で、自分を表現するよりも「察しの文化」が、奥ゆかしく美しいとされてきました。今、それが、崩れつつあるのではないか、といった危惧する声も聞かれますが、まだ、大丈夫、回復の余地は、十分にあると思います。
伝統文化を重んじるという社会的要因、それに、日本は、相手にリアクションしないで済む信用社会ですよね。日本人なら、「目はものを言う」ようにできていて、言葉をはっきりと使わずとも、事が動くことも多々あります。そんな発言力(?)の強い目を伏せて、失礼の無いようにアイコンタクトをしない人、特に、エレベーターの中とかで、多いですよね。外国人なら、初対面でも、ニコッと、横に口を開いて笑いあう文化だから、帰国して、エレベーターに乗って、思わず、ニコッと、笑ってしまわないように気を付けています。
さっき書いた「察しの文化」をもっと噛み砕いてみると、日本のサービス業や、お役所では、黙ってても、かゆいところにすぐ届くような、素晴らしく、気持ち良い対応をされます。「あああ、私は、やっと、日本に帰って来たんだな」と、実感する一瞬です。それほど、私たち日本人は、精度の高いサービスの社会で暮らしているのではないかと思います。自分で、説明しなくても、相手に通じていることもあります。
サービスの対応が、担当者によって、大きなばらつきがあるフランスなどでは、ビザの更新のときなんて、その都度、自己表示しなくては、滞在にひびいてくるのですから、本当に命がけで、説明したものです。でも、そうやって、命がけでフランス語を使う場があったから、身に付いた、トラブルがあるごとに、言葉や、言葉の運用力や交渉力が、自分のモノになって行ったのだと思います。
(海外にいたら、なんで、あれだけ、トラブルのかわからない位、でも、制度も手続きも違う、しかも外国人として滞在するんだから、書類だった面倒になるはずですよね。)
海外生活の未熟な人で、語学力にたけていたとしても、説明不足での行き違いや、相手がわかってくれるだろう、といった前提でのコミュニケーションでは、意思疎通が不十分だったりして、トラブルが生じることが多いです。原因は、その辺にあるのではないでしょうか?
たとえば、インスタントラーメンに付いている、タレの小袋の切り口に、「ここから切って下さい」と、必ず、小さく丁寧に、記載されています。日本人、一億人が、その場所を手で切って、ラーメンのタレを使うんですね。
タレの切り口の話は、極論かも知れませんが、例えば、外国だったら、タレの袋に、ご丁寧に切り口もないし、切って下さい、と誘導してくれるメッセージも書いてないのが、普通ではないでしょうか。手で切れないからどうするか、じゃあ、はさみを出して切る、面倒だから、切り口のない小袋を、手で無理に開けようとして、タレが、うわーっと、飛び散ったりして、憤慨することも多いんです。これは、自己責任だから、使用がない、で、納得するしかないです。でも、海外生活が長く、たまたま、疲れたりしている時に、タレが飛び散ってしまい、お気に入りのお洋服に、シミがついたりすると、こんな小さなことで、急に、望郷の念が出たりします。。。。(涙)
こういうタレの小袋の切り口を自分で決めて、自分で切る、というような、自発的な行動が、日本では、少ないように思います。(とにかく、全て、便利な生活で、頭を使わなくっても、企業や、サービス業から、どんどん、新メニューを提案されて、それに従えるようにできています)
南仏の小さなレストランで、最初にデザートも注文したくっても、「それは、メインを召し上がってから、改めて、ご注文伺いに参ります」と初めて言われた時、私は、理由を考え込みました。確か、アルルのはずれ、ドーテの短編集「風車小屋便り」の、その風車がすぐそばにある美しい村でした。
売り手にとっても、二度の注文を取りに行くし、あらかじめ、デザートを準備しておく方が、効率いいに決まってる、でも、それをあえてしない、というのが、この国の食文化なのだ、と感じました。メイン料理の堪能度によって、デザートを選んでから、注文して欲しい、というシェフのこだわりでしょう。でも、日本人なら、よくあるセットメニューの方が、楽でいいな、思いつつ、何だか、特別のお客様として扱われてるようで、フランスに行く度に、こんなこだわりの文化にとても、魅かれます。そのかわり、注文のたびに、サービス係りのギャルソンと、ああだ、こうだと、一言、二言の会話をしなくてはいけない、でも、これが、お食事の醍醐味でしょう。効率よく、なんでもかんでも、仕分けたからって、良い結果を得られるかは、仕分ける対象、ケースbyケースだと思います。
村上春樹さんが、先日、スペインで文学賞受賞のスピーチでも、この効率化が、今回、福島の原発事故を引き起こした、と指摘していましたよね。(こないだ、ブログにも書きましたっけ。)
パリに発つとき、フランス語学校選びに、困りませんでした。
場所は、仕事の需要のあるパリで、そして、山ほどある選択から、アリアンス・フランセーズを選びました。半年の失業保険が切れた翌日の冬に渡仏したので、入学時期がフレキシブルな学校に限られます。
あとは、フランス語の資格取得を一番の目標に渡仏したので、フランス政府公認「DELF/DALF」の試験センターだったアリアンス・フランセーズに決めました。ここの先生方が、口頭試験の面接官になったりして、日頃、通っている学校が試験会場になるし、少しでも、有利かな?と思いました。
学生ビザ取得者が、パリ入りした後に、学生労働ビザを取得するのに、有利な学校らしい、ということも聞きました。よく見かける遊学生にならないように、半分、学生、半分、社会人身分を希望した私には、有難い条件でした。幸い、日本語学校で採用が決まり、日本語教師として勤務がスタート。
でも、その前に、まず、有料の講習を受講して、十数人の受講者で、合格ラインに達した中から、2,3名が選ばれたので、ラッキーだったと思います。学生労働ビザなら、正規の35時間労働の半分働ける、と聞いていましたが、実際、労働許可証には、確か、最大、週19時間可能、と記載があったように記憶しています。ビザ担当者が、割り算を間違えたのかな、、と、ふと思ったもんです。これとは別に、あれ?と思うようなことが、案外と多いパリ生活でした。それを思うと、さっき、書いたように、日本のお役所やサービス業の質の高さは、おそらく世界のトップクラスではないでしょうか?一度、フランス生活や他国での生活を経験して帰国すると、お客様は神様って言葉が通用する国、日本以外にあるのかな??と、素朴な疑問が出てきます。
パリ・アリアンスフランセーズで、フランス語を始めて、フランス語以外に、色んなことを学びました。
日本人や日本のこと、欧米のこと、教育の質やレベルの違い、フランスの植民地政策、フランス語圏のこと、スペイン語とフランス語の関係、欧州と米の関係、パリでの、ビザ更新の困難=フランスで深刻化する外国人問題、
などなど、お洒落な、6区にあって、カルチェラタンと聞くと、今でもワクワクします。
では、また!!!