私は自他共に認める負け組かも、、、と、劣等感を持つようになった、、、
それなりに頑張ったことも、活かせないままになり、介護やら育児やらに追われまくり、追い討ちかけるように死別、、、
社会復帰も、やはりブランク長いと、ダメなのよね、、介護もしていたので、ひたすら門前払い
新卒なら入れても、おばさんはいらない、、
学生のときは、簡単に入れたパートの仕事さえ、不合格だし、、情けなすぎる
みんな立派になり、すごいのに、お化粧さえしないようなおばさんで、汚れても良いような服着て、育児やら介護やら、、、
バリバリ働きたかったな、、と、そんな思いもあるのだけれど、親たちは、それを望まなかったし
高い給与で楽させてもらいたい!でも、しっかり手を掛けた世話をしてもらいたい、、
両家の親たちが、 全員具合が悪く、次々介護が必要となり、、さらに悪い時期が重なりまくり、あっちへ、こっちへ、、
仕事どころの騒ぎではない。遊んでもいられない。
仕方ないと言えば、仕方ないのだけれど、、なんで重なる?と、、、
介護は、無事終わり、育児と介護の両立もして、介護と育児と、シングルマザーとして、生活のために働きながら、なんとか実の親たちを看取りました。
みんな立派になり、すごいのに、お化粧さえしないようなおばさんで、汚れても良いような服着て、育児やら介護やら、、、
おしゃれなし、レジャーなし、、なんか、他のママ友とも、かなり生活の差を感じて、、やっぱり負け組かな、なんてね、、
わかってるけど、やっぱりね、、何か違うからつい。
バリバリ働きたかったな、、と、そんな思いもあるのだけれど、親たちは、それを望まなかったし
高い給与で楽させてもらいたい!でも、しっかり手を掛けた世話をしてもらいたい、、
両家の親たちが、 全員具合が悪く、次々介護が必要となり、、さらに悪い時期が重なりまくり、あっちへ、こっちへ、、
仕事どころの騒ぎではない。遊んでもいられない。
仕方ないと言えば、仕方ないのだけれど、、なんで重なる?と、、、
介護は、無事終わり、育児と介護の両立もして、介護と育児と、シングルマザーとして、生活のために働きながら、なんとか実の親たちを看取りました。
が、友達に、死別した人も少なく、また、死別したのに介護もしている人もいないし。
何か違う!の劣等感、、
社会復帰しても、思うように行かないし、、なんてダメなやつと。
笑顔で、幸せって生きていたら、幸せやってくるのか??
でも、、生命保険のCMではないけれど、笑顔だけで生きてはいられない。
営業スマイル!作る笑顔で、実は笑えてない、、
これは、、、笑顔効果は得られないよね、、
とか、、、笑顔作ることさえ満足にできないのかと、、
さらに落ち込むわけです。
そういう感じの人って、案外沢山いらっしゃるのではないかな?
介護も、複数になると、自分のことを考える余裕なんてないし、そんな暇に次!と、やることは沢山ある。
みんなが旅行♥️ランチ♥️飲み会🍻とか、楽しむのを横目で見ながら、実家に飛んでいき、急いで戻り、御飯作るとか、、
頑張ってるね!が、嫌みにしか聞こえない、素直になれない、なんか世間の流れから弾き出されてる感じがして、ひたすら孤独な気がしてしまうとか、、
介護を苦にして旅立つ方の気持ちは、良くわかる。みんな、わからないと言うけど、すごくわかるし、一歩間違えたら、私もそうしていたかもしれないし。
何が食い止めたのか、、これも、最後まてやらなくちゃ、頑張らなくちゃ!な義務感や使命感と、なんか、嘘っぽいけど、根拠ない自信かも、、
私は大丈夫!なんとかなる!なんとかする!みたいな、、、なんにもないくせに、自信があった、、介護をしているときはね!
看取り終わったら、それが消えちゃいました。きれいになくなり、、あれは、やはり小さいときから、しっかり親の世話してと教え込まれた成果だったのかな、、
自信がなくなり、頑張る意味や理由がなくなると、また孤独と不安と劣等感が押し寄せてしまう。
良くないね、、これ。
しかし、、
たまたま、私は早くから、これからの流行先取りしたかのような?そんな人生なのかな?
育児と介護のダブルケア、
当時は話題になんかならなかったけど、今はあちこちの雑誌にも取り上げられてる。
シングルマザーの介護も、そのうち取り上げられますね、。
介護や死別も、同年代の友達は、自分がその現実に直面すると、私のことを思い出してくれて、連絡くださいます。
親が倒れて、、、とか、、、
ご主人さまや、奥様や、ご兄弟やご親戚、、、と、同時なレベルで連絡くださり、どうしよう!!とか、、
やっぱり慌てるんだよね。
早くに体験し、全部終えたからこそ言える、、大丈夫!があったりする、、
そのときは大変だけど、でも、慌てたり、訳わからなかったり、途方にくれたり、、
さびしかったり、不安だったり、苦しかったり、涙が止まらなかったり、、
私が過去に体験したこと、今やってる、、、と、過去の自分を客観的に見ているような気がして、あの時は、未熟でわからなかったことが、今なら見えてきたり、、
経験したからこその今で、、
負け組とか、そういうことではなかったんだ、、、
勝ち組っぽい生活の方々が、介護や闘病などで、苦しむ姿を見ると、時期が違うだけで、同じだよね、、と思えた。
逆に、きちんと地位や名誉がありながら、適当にしては、批判もされるから、他の人より頑張らなくちゃいけない人も、、、いらっしゃいますよね。
ただ、地位や名誉やお金を作り上げてからと、まだ何もないときに背負う荷物が同じであるはずもなく、それはそれで大変だけど、、
高いところからいきなり転落していくほうが、、衝撃は大きいのかも。
やはり、若いときの苦労は、人生に大きな爪痕を残してしまい、生きにくさを感じてしまうのは、仕方ないかなとも思う。
でも、年を重ねたからこその苦労もある。未熟なら許されても、できていないと、批判される介護もありますね、、
それもまた大変。
理解されずに頑張り続け、あとから認められても、あのときの孤独な闘いが報われたわけでもなくて、そのあとの苦しみにも繋がります。
でも、、、なんとか、自立できるまでになり、なんとか、立ち上がり、生活できるようになり、ランチに出掛けたり、旅行してみたりできたり、、
人生なんとかなるものだよ!大丈夫!と、、、ちょっと自信持って言えるくらい、、10年努力続けると、そんな風に変わってくるようだ、、
私の場合はそんな感じ。
未熟な介護とはいえ、27年関わりましたから、ヘルパー資格も取りましたし、自立するために、介護とは違う業界の資格も取りましたし、、
やればできる!と、根拠なき自信はないけど、頑張ってきた足跡はあり、乗り越えてきた道のりに自信がある。
自信も作っていたんだね、10年以上かけて、、
今度のはちゃんと根拠かあるんだよね、、
取り残された気持ち、
どうなっちゃうかわからない不安、、
越えたら、また違う世界がある。
それは、誰にでもありますから、光は見えにくいけど、先まで進むと、きっと見えてくる、、
振り回されても、今は何にもできなくても、できるようになる日がやってくる。
今は在宅でもつぶやけるし、情報交換もできる!恵まれていると思う
私の時はインターネットもまた盛んではなく、育児と介護を両方やる本なんてなかったし。
孤独でしたよ、、ずっと。
でも、それが今、役にたっていたりする。
苦労はお恵みと言われるけど、良くわかる気がする。
何不自由なく、幸せに暮らして、親に子育てお手伝いしてもらったり、、実家で御飯食べさせてもらったり、、、
そういうの、憧れたけど、うちは違った。
違うから、そのありがたさがわかるし、うちの子供たちも、今の私の家が実家となり、帰ってきたら、くつろいでいく。
孤独なようで、ちゃんと人間関係があるわけで、介護してるのに、友達の輪は、かなり広いかも、、
思ったほど、孤独じゃなかったなと、あとから思う。
あとから、、でないと、わからないかも。
早くに介護が始まると、苦労も沢山。でも、その苦労から、芽が出て、花が咲くこともある!
私も花を咲かせるように頑張りたい。
もっと自信もって、大丈夫!を言いたいから。