負け組かな、、と、つい | 頑張る介護のその後は?

頑張る介護のその後は?

20年近い介護生活が終わりました。

子育ても平行し、また、途中で配偶者が亡くなる、、


結構ハードな介護人生だった。

介護終わって思うことがたくさんある。これから介護する人、されるかもしれない人に、知っていただきたいことを色々書いていきたい

勝ち組とか、負け組とか、そういう言葉が出てきたあたりからかな、、


私は自他共に認める負け組かも、、、と、劣等感を持つようになった、、、


それなりに頑張ったことも、活かせないままになり、介護やら育児やらに追われまくり、追い討ちかけるように死別、、、


社会復帰も、やはりブランク長いと、ダメなのよね、、介護もしていたので、ひたすら門前払い


新卒なら入れても、おばさんはいらない、、


学生のときは、簡単に入れたパートの仕事さえ、不合格だし、、情けなすぎる


みんな立派になり、すごいのに、お化粧さえしないようなおばさんで、汚れても良いような服着て、育児やら介護やら、、、


おしゃれなし、レジャーなし、、なんか、他のママ友とも、かなり生活の差を感じて、、やっぱり負け組かな、なんてね、、


わかってるけど、やっぱりね、、何か違うからつい。


バリバリ働きたかったな、、と、そんな思いもあるのだけれど、親たちは、それを望まなかったし


高い給与で楽させてもらいたい!でも、しっかり手を掛けた世話をしてもらいたい、、



両家の親たちが、 全員具合が悪く、次々介護が必要となり、、さらに悪い時期が重なりまくり、あっちへ、こっちへ、、


仕事どころの騒ぎではない。遊んでもいられない。


仕方ないと言えば、仕方ないのだけれど、、なんで重なる?と、、、



介護は、無事終わり、育児と介護の両立もして、介護と育児と、シングルマザーとして、生活のために働きながら、なんとか実の親たちを看取りました。


が、友達に、死別した人も少なく、また、死別したのに介護もしている人もいないし。



何か違う!の劣等感、、

社会復帰しても、思うように行かないし、、なんてダメなやつと。


笑顔で、幸せって生きていたら、幸せやってくるのか??

でも、、生命保険のCMではないけれど、笑顔だけで生きてはいられない。


営業スマイル!作る笑顔で、実は笑えてない、、



これは、、、笑顔効果は得られないよね、、


とか、、、笑顔作ることさえ満足にできないのかと、、


さらに落ち込むわけです。


そういう感じの人って、案外沢山いらっしゃるのではないかな?


介護も、複数になると、自分のことを考える余裕なんてないし、そんな暇に次!と、やることは沢山ある。

みんなが旅行♥️ランチ♥️飲み会🍻とか、楽しむのを横目で見ながら、実家に飛んでいき、急いで戻り、御飯作るとか、、


頑張ってるね!が、嫌みにしか聞こえない、素直になれない、なんか世間の流れから弾き出されてる感じがして、ひたすら孤独な気がしてしまうとか、、


介護を苦にして旅立つ方の気持ちは、良くわかる。みんな、わからないと言うけど、すごくわかるし、一歩間違えたら、私もそうしていたかもしれないし。


何が食い止めたのか、、これも、最後まてやらなくちゃ、頑張らなくちゃ!な義務感や使命感と、なんか、嘘っぽいけど、根拠ない自信かも、、


私は大丈夫!なんとかなる!なんとかする!みたいな、、、なんにもないくせに、自信があった、、介護をしているときはね!

看取り終わったら、それが消えちゃいました。きれいになくなり、、あれは、やはり小さいときから、しっかり親の世話してと教え込まれた成果だったのかな、、



自信がなくなり、頑張る意味や理由がなくなると、また孤独と不安と劣等感が押し寄せてしまう。


良くないね、、これ。

しかし、、

たまたま、私は早くから、これからの流行先取りしたかのような?そんな人生なのかな?


育児と介護のダブルケア、

当時は話題になんかならなかったけど、今はあちこちの雑誌にも取り上げられてる。


シングルマザーの介護も、そのうち取り上げられますね、。


介護や死別も、同年代の友達は、自分がその現実に直面すると、私のことを思い出してくれて、連絡くださいます。


親が倒れて、、、とか、、、


ご主人さまや、奥様や、ご兄弟やご親戚、、、と、同時なレベルで連絡くださり、どうしよう!!とか、、


やっぱり慌てるんだよね。


早くに体験し、全部終えたからこそ言える、、大丈夫!があったりする、、


そのときは大変だけど、でも、慌てたり、訳わからなかったり、途方にくれたり、、

さびしかったり、不安だったり、苦しかったり、涙が止まらなかったり、、

私が過去に体験したこと、今やってる、、、と、過去の自分を客観的に見ているような気がして、あの時は、未熟でわからなかったことが、今なら見えてきたり、、


経験したからこその今で、、


負け組とか、そういうことではなかったんだ、、、

勝ち組っぽい生活の方々が、介護や闘病などで、苦しむ姿を見ると、時期が違うだけで、同じだよね、、と思えた。

逆に、きちんと地位や名誉がありながら、適当にしては、批判もされるから、他の人より頑張らなくちゃいけない人も、、、いらっしゃいますよね。



ただ、地位や名誉やお金を作り上げてからと、まだ何もないときに背負う荷物が同じであるはずもなく、それはそれで大変だけど、、

高いところからいきなり転落していくほうが、、衝撃は大きいのかも。



やはり、若いときの苦労は、人生に大きな爪痕を残してしまい、生きにくさを感じてしまうのは、仕方ないかなとも思う。


でも、年を重ねたからこその苦労もある。未熟なら許されても、できていないと、批判される介護もありますね、、

それもまた大変。


理解されずに頑張り続け、あとから認められても、あのときの孤独な闘いが報われたわけでもなくて、そのあとの苦しみにも繋がります。


でも、、、なんとか、自立できるまでになり、なんとか、立ち上がり、生活できるようになり、ランチに出掛けたり、旅行してみたりできたり、、


人生なんとかなるものだよ!大丈夫!と、、、ちょっと自信持って言えるくらい、、10年努力続けると、そんな風に変わってくるようだ、、


私の場合はそんな感じ。

未熟な介護とはいえ、27年関わりましたから、ヘルパー資格も取りましたし、自立するために、介護とは違う業界の資格も取りましたし、、


やればできる!と、根拠なき自信はないけど、頑張ってきた足跡はあり、乗り越えてきた道のりに自信がある。


自信も作っていたんだね、10年以上かけて、、


今度のはちゃんと根拠かあるんだよね、、




取り残された気持ち、

どうなっちゃうかわからない不安、、


越えたら、また違う世界がある。


それは、誰にでもありますから、光は見えにくいけど、先まで進むと、きっと見えてくる、、


振り回されても、今は何にもできなくても、できるようになる日がやってくる。


今は在宅でもつぶやけるし、情報交換もできる!恵まれていると思う


私の時はインターネットもまた盛んではなく、育児と介護を両方やる本なんてなかったし。


孤独でしたよ、、ずっと。


でも、それが今、役にたっていたりする。


苦労はお恵みと言われるけど、良くわかる気がする。


何不自由なく、幸せに暮らして、親に子育てお手伝いしてもらったり、、実家で御飯食べさせてもらったり、、、

そういうの、憧れたけど、うちは違った。


違うから、そのありがたさがわかるし、うちの子供たちも、今の私の家が実家となり、帰ってきたら、くつろいでいく。


孤独なようで、ちゃんと人間関係があるわけで、介護してるのに、友達の輪は、かなり広いかも、、


思ったほど、孤独じゃなかったなと、あとから思う。

あとから、、でないと、わからないかも。


早くに介護が始まると、苦労も沢山。でも、その苦労から、芽が出て、花が咲くこともある!


私も花を咲かせるように頑張りたい。


もっと自信もって、大丈夫!を言いたいから。