知らず知らずに傷つけていく | 頑張る介護のその後は?

頑張る介護のその後は?

20年近い介護生活が終わりました。

子育ても平行し、また、途中で配偶者が亡くなる、、


結構ハードな介護人生だった。

介護終わって思うことがたくさんある。これから介護する人、されるかもしれない人に、知っていただきたいことを色々書いていきたい

孫が産まれ、赤ちゃんは癒しと、喜んでくださる方もたくさんいらっしゃる。


しかし、、その逆もある。


やはり、子どもがいるから、孫がいる、、、



子どもに恵まれなかった友達も、なぜか私の周りにはたくさんいて、何人かは、年賀状の写真見ると辛いとか、話題が子どもになるからかな、、離れていきました。


でも、うちの子供たちを、我が子のように思い、こんなに大きくなったのね!毎年写真楽しみでした。

などと、成長を喜んでくださる方も。


生まれてくる赤ちゃんは、みんなかわいくて、小さくて、、、


みんな同じように生まれてくるのだけれど、幸せに愛されて育つ子がほとんどではありますが、虐待とか、、、
胸が痛くなるニュースは、少なくはない。


また、不妊治療で苦しみ、やはり恵まれず諦める方もいらっしゃる。


どちらも胸が痛くなる話で、子どもがうまれた、孫が産まれた!を、手放しで喜ぶのも、憚られるし、、話すことも、非常に気を遣う。


人の気持ちは見えないから、また、久しぶりに連絡を取るような友達だと、合わなかった期間に何があったのかわからない。   


赤ちゃん連れて、産休の際に保育園に提出する書類を取りに、会社に行く、、部署に挨拶、、、


有り得ない!来るな!みたいなことをおっしゃる方も多いけれど、逆の立場なら、挨拶しなくてはと、菓子折持って挨拶使用と思うのではないだろうか。


複雑な時代には、喜びの裏に、妬みや憎しみまで生まれてしまう。


それでも幸せ感じ、明るい未来を見据えて生きていくことが必要、、


そのためには、そういうネガティブな気持ちがありそうな人を切り、気持ち良く付き合っていける人だけにする。


それも有りかなと、、、今の時代は、、


介護を、馬鹿みたいに頑張ったら、そんなに頑張れない、頑張る人は嫌だから、、なのか、ブロックされたり、母子家庭になったら、うちとは生活レベルが違うと、友達ではなくなったり、、、


そういうの、どうなの?と、思ったりもしてきたけど、今の人付き合いは、やはりこうして、自分にとって良い関係を築ける人とのお付き合いだけにする、、、

それが、心地良く、運気アップなのかな、、、、


と、、、思いながらも、自己中心的な考え方のような気もする。

広く浅くの人付き合いしかしたくなくて、傷つくのも、もういやなので、深入りしないお付き合いが、昔から主流でしたが、それでも、そういう介護をしてる人は重い、嫌、見てると病む、、
そんな風に思われたことがある。


まあ、それだけ真似できない、自己犠牲的介護をしてきてしまった、、ということなんだけど、頑張りましたが、それを良しとは思わない人もいる。


頑張る姿を、憎いと思う人もいるのが世の中なんだなと、、、、


介護をみんなで頑張ろう!なんて、やはり言えない時代なんだと思う。


手放そう、他人に任せよう!が、私たち世代には良いかもしれない。


介護が終わると良いね!一日も早く終われ!みたいな話をされることもありました。


終わるというのは、最後の日を迎えるということ。


それを望む人がたくさんいて、そういう話をしてくれる人がいることで、落ち着ける人もいる。

介護はそれだけ人を追い詰めていく。


人を助けようというような医療、幸せな老後をと介護の仕事をしている方は、え?と思うような会話は、介護者の中には、結構あったりする。怖いけど。


介護うつになるくらい、ナーバスな方もたくさんいらして、あと何年もこんなでは無理!

施設預ければ親戚が激怒、在宅では心が限界なお宅は、まだまだ沢山増えていく。

介護うつで、他人の手を借りたりしても、甘えるな!とか、親に恩返ししろ!などというような方は、まだまだ多い。


入院は必要でも、入所含め、他人に任せる介護を選ぶって、介護している人に必ずしも楽では無く、親戚に怒鳴り付けられたり、結構大変だということ、あまり考えていない発言が、まだまだ多い。

介護が、明日は我が身な世代の人には、他人に、、なんてとんでもないと言われてしまうのも仕方ない。



介護終了を願う人がいるなんて知ったら、介護されている人はどう思うのか、、、同じ世代なら有り得ない!


また、助けるために頑張る人はさらに激怒かもしれない。


遠くない、自分の老後を思うと複雑。


しかし、介護者が追い詰められる気持ちは、痛いほどわかるし、経験してきた。
自分の未来と、幸せと引き換えに介護するような毎日には、絶望感じていたし。

なので、長い介護生活が終わると、沢山の方から言われた、

よかったね、こんな言い方したらいけないけどと。

立場により、考え方も違うのは当たり前。


そんなことを言うものじゃない!と、思うような言葉なのに、それに救われる人もいる。


難しいなと思う。


介護は重いのに、助けも限られているし、他人に任せるにはお金も必要。なのに、働けなくなる、収入減るような働き方しかできない上に、過酷な仕事を無償以下のマイナスでやらなくてはならない、。


また、そんな自分を助けるために、他人に任せることを、良しと思わない親族もいる。

そんな追い詰められる状況を理解しての激怒ならよいけれど、単に介護される人のことしか見えない思いなら、稚拙ですよ、と思う。厳しいけど。


介護している人は、ここで病んでしまうと、絶望しか見えなくなる。


病まなくても絶望だけど、、、


ここから脱出すりためにはどうする?


過酷な冒険の旅に出るような、ワクワクドキドキや、チャレンジ精神持ってできる人は大丈夫!

でも、みんながそういうわけではないから、言葉をそのまま受けとらず、そのうらにある闇、見ることができる能力が必要なのかなと思う。


闇を理解して、視野を広げていくことで、喜びを喜びとして、苦しみを苦しみとして扱える人になれるのではないだろうか。

目先のことしか見えない生き方は、人を知らず知らずに傷つけていく。