私って嫌な奴かもと、、 | 頑張る介護のその後は?

頑張る介護のその後は?

20年近い介護生活が終わりました。

子育ても平行し、また、途中で配偶者が亡くなる、、


結構ハードな介護人生だった。

介護終わって思うことがたくさんある。これから介護する人、されるかもしれない人に、知っていただきたいことを色々書いていきたい

子育てと同じで、介護も、頑張っている方のブログなどを読むと、私には無理、、、とか、思ってしまう、、


そして何より、、こんなに尽くせたり頑張れたりする人が居るのに、自分は何?


と、、、罪悪感みたいな物が強くなるのがいやで、他の方の介護を知りたくもないし見たくもない!


そんな気持ちになりませんか?



私も色々書いたりしますけど、それがいやで離れていった方もいらっしゃいます。



が、気持ちが良く分かるから、何にも言わない。



書いていることが、ポジティブだったり、そんなことまでする?みたいなこと、、、自分には無理だし。


また、そんなに感謝されてる介護ならいいわよね~みたいな話だったりとか、、ウチは無理!やって当たり前だし!



、、、楽しい介護してますよ!とか、、
仕事と、介護の両立できてますよ!
とか、

長生きしてね~とか、、



書いていても、それがすべてではないです。多分書いている方皆さんが、闇を抱えているはず、、、必ずね、、


だから、逆の視点から見たら、苦しいのに、苦しいと書けない、、逆に痛い話、、ですね。、


良いことばかり書いていても、かなり辛いことがあり、書いていないだけ、、


その、見えない部分を考えなければ、素晴らしい人が、素晴らしい介護をしている!と、、

そう見えてしまう。



私は二十代から介護生活でしたから、今介護が終わり、ランチやら旅行やら、みんなが今まで普通にしてきたことを、やっと今できるようになってきた。


それを恨めしく思う人も少なくない。
いいわね~、もう終わって~、、よくいわれます、


まあ確かにね、、楽にはなりましたよ。


二十代から30年介護したら五十代。


五十代から、百まで長生きしてね~で、七十代や八十代の親に言っていたら、、ご自分はいくつになります?


自分自身が要介護認定受けるかもしれないし、万一があれば、子供たちに祖父母の介護の負担がかかる、、、

更に心配せねばいけないのは、祖父母の介護がありながら、両親の介護も合わせて背負う可能性が高くなること。

お子様達、結婚できます?仕事できますかね?一人だって介護は大変なのに、何人もの介護を一人で抱える可能性が高いわけです、、、それ、私やりましたがね、、、幸せそうでしょうかね、、、?!いいわねーかしら?


心の底から、長生きしてね!が言えないんですよ、、、先が不安ではないですか?


私も、働きたいし、働かないと生活できないのに、思うようには働けず、長生きしてね、、を心から願えない悪い奴でした。


死別して、無職無収入なのに、やってくれ!やらないとダメな奴扱いの介護を背負っての社会復帰。

しかも当時は40代、、、未経験の世界に飛び込んで働きながらの介護、、、

いつ自分が倒れるかわからない、、貯金が無くなるかもな不安、、


目いっぱい働きたいのに、休みの日は親の病院、、、


どうなるかわからないのに、書けなかった、、、

とは言え、特に最後の3年は、施設介護も取り入れ、沢山の方に力を借りての介護は、幸せも感じながらの楽しいといえば楽しい介護ではありました。


楽しいと、思ってやれば。、です。

苦しいと思うこともありますよね、、、


時間も、お金も、手間も、神経も使いまくりますから、介護は。


稼ぎ手がいながらの介護ならまだしも、働きながらの介護は、お小遣い稼ぎのパートとは、また全然違うプレッシャーがあります。


仕事辞めて、ご主人の収入だけで生活しようと思えばなんとかなる!な幸せな方の介護で、さらに、介護生活幸せです、、、

当たり前だよ!みたいな、、


まあ、素直じゃ無い気持ちが湧いてきて、勝手に落ち込んだり、不愉快になったりするわけです。


同年代の方々が、まだまだいつ終わるか分からない介護生活を抱えているのに、毎日大変なのに、なんか、旅行したとか、ランチに出かけたとか、そんな事をしている私に、

なんか自由で良いわよね、、(ムカつく!私はこんなにたいへんなのに~!)

みたいな気持ちになるのは、よくわかる、、、


かつて私も、複数人介護しながら子育てしてきたから、、、実家でご飯食べさせてもらったとか、旅行したとかは、めちゃめちゃ羨ましかったし、そんな事を、もう2度とできないかもと、、、

もう人生を諦めて生きていたし、介護終わり、子育て終わったら、私はもう人生要らないと考えていましたからね、、


そのくらい追い詰めての介護だなんて、親は考えていなかったと思う。

長女が全てやる!当たり前!でしたからね、、私の幸せ願う人は居ない、、、そう考えながら何十年も介護生活してきました。


それが羨ましいの?と、、、

いいわね~!なの?と、、、


これから自分も年を重ねていき、苦しい介護かもしれないし、確かに若いときとは違うね、、

自分の老後や健康の不安があるのに、親に手がかかり、仕事が上手くいかない、、というか、足を引っ張られたり、、、退職しないといけないかもだし、、


人生は平等ではないです。

不公平なもの。


他人を羨ましがってもしかたないんです。


でも、苦しいときに、幸せに、のほほーんと生きていたり、贅沢な人生を送る人を見ると、なんかモヤモヤする、、、

何で自分だけ大変??


ずっと大変だったわけではないし、ずっと永遠に大変なわけではない、、


人生のいくつかのページに、大変があるだけではないのだろうか、、



その大変を経験するから、幸せも感じることができる。


幸せだけなら、苦労したら、、、打たれ弱くて潰れてしまうかも、、、また、幸せを幸せとは感じない、当たり前となり、上からな感じの人になるかも、、、


幸せを、幸せと思える生き方は、やっぱり幸せだし、人の幸せを喜べる人は幸せだと思う。


妬みもある、複雑な気持ちもある、、かもしれないけど、とりあえず、幸せな人の幸せを喜ぼう!

頑張って幸せと書いていながら、実はめちゃくちゃ大変な人の幸せを祈る気持ちを持とう!

それが、自分が幸せになる種になるのではないかな。

大変でも、幸せの種を沢山持ち、水をやり、肥料をやりながら、いつか花咲くときを待てば良い、、、


春はいつかやってくる、、そんな気持ちでいたら、なんか、苦労あっても、だんだん幸せになっていく気がしませんか?


介護は長い長いトンネル。私も27年暗闇歩きながら子育てしてきた。


とは言え、なんとかなるもの!幸せの種を沢山まいて、春の訪れを待ちましょう。