そして何より、、こんなに尽くせたり頑張れたりする人が居るのに、自分は何?
と、、、罪悪感みたいな物が強くなるのがいやで、他の方の介護を知りたくもないし見たくもない!
そんな気持ちになりませんか?
私も色々書いたりしますけど、それがいやで離れていった方もいらっしゃいます。
が、気持ちが良く分かるから、何にも言わない。
書いていることが、ポジティブだったり、そんなことまでする?みたいなこと、、、自分には無理だし。
また、そんなに感謝されてる介護ならいいわよね~みたいな話だったりとか、、ウチは無理!やって当たり前だし!
、、、楽しい介護してますよ!とか、、
仕事と、介護の両立できてますよ!
とか、
長生きしてね~とか、、
書いていても、それがすべてではないです。多分書いている方皆さんが、闇を抱えているはず、、、必ずね、、
だから、逆の視点から見たら、苦しいのに、苦しいと書けない、、逆に痛い話、、ですね。、
良いことばかり書いていても、かなり辛いことがあり、書いていないだけ、、
その、見えない部分を考えなければ、素晴らしい人が、素晴らしい介護をしている!と、、
そう見えてしまう。
私は二十代から介護生活でしたから、今介護が終わり、ランチやら旅行やら、みんなが今まで普通にしてきたことを、やっと今できるようになってきた。
それを恨めしく思う人も少なくない。
いいわね~、もう終わって~、、よくいわれます、
まあ確かにね、、楽にはなりましたよ。
二十代から30年介護したら五十代。
五十代から、百まで長生きしてね~で、七十代や八十代の親に言っていたら、、ご自分はいくつになります?
自分自身が要介護認定受けるかもしれないし、万一があれば、子供たちに祖父母の介護の負担がかかる、、、
更に心配せねばいけないのは、祖父母の介護がありながら、両親の介護も合わせて背負う可能性が高くなること。
お子様達、結婚できます?仕事できますかね?一人だって介護は大変なのに、何人もの介護を一人で抱える可能性が高いわけです、、、それ、私やりましたがね、、、幸せそうでしょうかね、、、?!いいわねーかしら?
心の底から、長生きしてね!が言えないんですよ、、、先が不安ではないですか?
私も、働きたいし、働かないと生活できないのに、思うようには働けず、長生きしてね、、を心から願えない悪い奴でした。
死別して、無職無収入なのに、やってくれ!やらないとダメな奴扱いの介護を背負っての社会復帰。
しかも当時は40代、、、未経験の世界に飛び込んで働きながらの介護、、、
いつ自分が倒れるかわからない、、貯金が無くなるかもな不安、、
目いっぱい働きたいのに、休みの日は親の病院、、、
どうなるかわからないのに、書けなかった、、、
とは言え、特に最後の3年は、施設介護も取り入れ、沢山の方に力を借りての介護は、幸せも感じながらの楽しいといえば楽しい介護ではありました。
楽しいと、思ってやれば。、です。
苦しいと思うこともありますよね、、、
時間も、お金も、手間も、神経も使いまくりますから、介護は。
稼ぎ手がいながらの介護ならまだしも、働きながらの介護は、お小遣い稼ぎのパートとは、また全然違うプレッシャーがあります。
仕事辞めて、ご主人の収入だけで生活しようと思えばなんとかなる!な幸せな方の介護で、さらに、介護生活幸せです、、、
当たり前だよ!みたいな、、
まあ、素直じゃ無い気持ちが湧いてきて、勝手に落ち込んだり、不愉快になったりするわけです。
同年代の方々が、まだまだいつ終わるか分からない介護生活を抱えているのに、毎日大変なのに、なんか、旅行したとか、ランチに出かけたとか、そんな事をしている私に、
なんか自由で良いわよね、、(ムカつく!私はこんなにたいへんなのに~!)
みたいな気持ちになるのは、よくわかる、、、
かつて私も、複数人介護しながら子育てしてきたから、、、実家でご飯食べさせてもらったとか、旅行したとかは、めちゃめちゃ羨ましかったし、そんな事を、もう2度とできないかもと、、、
もう人生を諦めて生きていたし、介護終わり、子育て終わったら、私はもう人生要らないと考えていましたからね、、
そのくらい追い詰めての介護だなんて、親は考えていなかったと思う。
長女が全てやる!当たり前!でしたからね、、私の幸せ願う人は居ない、、、そう考えながら何十年も介護生活してきました。
それが羨ましいの?と、、、
いいわね~!なの?と、、、
これから自分も年を重ねていき、苦しい介護かもしれないし、確かに若いときとは違うね、、
自分の老後や健康の不安があるのに、親に手がかかり、仕事が上手くいかない、、というか、足を引っ張られたり、、、退職しないといけないかもだし、、
人生は平等ではないです。
不公平なもの。
他人を羨ましがってもしかたないんです。
でも、苦しいときに、幸せに、のほほーんと生きていたり、贅沢な人生を送る人を見ると、なんかモヤモヤする、、、
何で自分だけ大変??
ずっと大変だったわけではないし、ずっと永遠に大変なわけではない、、
人生のいくつかのページに、大変があるだけではないのだろうか、、
その大変を経験するから、幸せも感じることができる。
幸せだけなら、苦労したら、、、打たれ弱くて潰れてしまうかも、、、また、幸せを幸せとは感じない、当たり前となり、上からな感じの人になるかも、、、
幸せを、幸せと思える生き方は、やっぱり幸せだし、人の幸せを喜べる人は幸せだと思う。
妬みもある、複雑な気持ちもある、、かもしれないけど、とりあえず、幸せな人の幸せを喜ぼう!
頑張って幸せと書いていながら、実はめちゃくちゃ大変な人の幸せを祈る気持ちを持とう!
それが、自分が幸せになる種になるのではないかな。
大変でも、幸せの種を沢山持ち、水をやり、肥料をやりながら、いつか花咲くときを待てば良い、、、
春はいつかやってくる、、そんな気持ちでいたら、なんか、苦労あっても、だんだん幸せになっていく気がしませんか?
介護は長い長いトンネル。私も27年暗闇歩きながら子育てしてきた。
とは言え、なんとかなるもの!幸せの種を沢山まいて、春の訪れを待ちましょう。