母の一周忌が終わると、色々変化が。
一周忌の法要は、台風上陸当日で、ハラハラドキドキでしたが、朝は嵐の前の静けさ?
雨降ることも無く、皆さまも、早めにご帰宅頂き無事だったし。
私は台風上陸だけど、仕事に、、、
台風上陸でなければ、その時間は無理と言う時間に契約が、、、法事と書いて貼りだしたけど、なかなか伝わりませんね。台湾にもお電話頂いたし、、(^_^;
年寄りスタッフが、何をしているかなんて興味なんてないし、どうでも良いし、でも遊んでないで仕事しろ!なのかな、、
なんて思う。
仕事を始めて、年を重ねたことを実感する。
年を重ねたら、重ねただけの経験がある。
それが良いのか、悪いのか、、、受けとる人により、異なる事を痛感する。
死別して、いきなり社会に飛び込んだ。
20代の頃と同じようには働けない。
立場は全く違う。
左遷された人が、出向先で辛い扱いを受けてるドラマを観たりすると、そうそう、こんなだよね、、と、自分と重ね合わせたりする、
ドラマの人は、不倫に向かうようだ、、、辛いときに、癒やしを求める、救いを求める、、、
当然のこと、、
転職、いじめ、などなど、、環境の変化だったり、自分の努力ではどうにもならないこと、、
ありますね、、、
いじめも経験したからかな、、、
かなりハードな状況でも、とりあえず耐えられたりする、、
でも、耐えてるのがムカつくひともいるんだよね、こういうの。
嫁という立場も、死別したら、、また全然違うものとなる。
若くして死別したら、嫁が殺したんだみたいな、、そんなことも言われるのは珍しくはない。
みんな耐えてること、、だけど、グリーフケアなど受けたり、実家で温かく迎えられて支えてもらったり、、
恵まれている人もいりるけど、追い詰められることばかりなのに、親の介護まで背負っるみたいな、、、
そんな人もいるわけだ。
一言では語れない死別の現実から10年、、
乗り越えてきた山は、、、結構高くて、いつ遭難してもおかしくないような人生だったな、、
と、もう介護も子育ても終わったし、いつ終止符を打つ日が来ても良いような気がしている。
それでも、まだこれから一緒に生きようと、色々な人に出会っていく。
まだまだ繋がっていくのかな、、と、そんな感じの出会いの数々。
長い介護生活は、やはり終わると燃え尽きちゃうし、介護中は、自分のことなんかどうでもよくなっちゃう。
どうでもよくないよ、って言われても、じゃあ、どうすれば良い?時間はどう作る?体力だって限界だよ、、
みたいなことの毎日に、、、どこまでさらなる要求が受けられるか、、
普通のことをするだけで、みんな忙しくない?そこに人の世話が入る、
それでも普通ができますか?
普通から離れてしまい、さあ普通になれたから普通に
が、できないんだよね、、、病んでるかも?とか、、、思うと、自信なくなる。
死別後の燃え尽きは、結構深刻なんだな、、と実感!
まずは立ち上がろう!で、色々チャレンジ!かな、