介護の形はそれぞれ | 頑張る介護のその後は?

頑張る介護のその後は?

20年近い介護生活が終わりました。

子育ても平行し、また、途中で配偶者が亡くなる、、


結構ハードな介護人生だった。

介護終わって思うことがたくさんある。これから介護する人、されるかもしれない人に、知っていただきたいことを色々書いていきたい

綺麗な晴れの空!


さあ、今日も一日頑張ろう!

そんな気持ちになりますね。


介護中にも、休み返上で出社していた時期もある。


内科の訪問診療なども立ち会えなくて、薬なども、帰宅してから夜間でも開いている薬局までバスで行き、10時近くに施設に届け、それから帰宅して、ご飯を作る、、


みたいなことをしていた。


介護しているとか、仕事には関係が無い。 
 
関係がないけど、体は一つしかない。


やり甲斐ある仕事を、意欲的に取り組み、テンション上げてできるなら、睡眠不足や疲れも吹き飛び、頑張れちゃうかもしれない。


でも、介護はね、、、

昼間は普通に働いて、誰かに任せたとしても、夜は自分がとなると、休みはなくなる。

父の死後、施設介護に切り替えましたが、
毎日通うという選択をしたので、帰宅後に介護の仕事を掛け持ちしているみたいな生活。


これが許される施設に巡り会えたからこそできた介護の型。


普通なら、早い時間に面会終了だし、持ち込みのご飯もアウトになるけれど、何でもO.K.でした。


おせち料理なども差し入れできて、重箱を持ち込み、母の好きなものを多めに入れたおせち料理、他の方にもおすそ分けしたり、、、


敬老のときは、お赤飯を差し入れてくださる方もいらした。


お互い様で、ほとんどのご家族が、食べ物、お菓子、お花などを差し入れてくださり、私も食べたことがない高級和菓子なども頂くことも、、、



私も宜しいのでしょうか?とうかがうと、毎日来て偉いから召し上がれ!と、、、


そういう方々に、支えられて生きてるんだな、、って思った。


施設入居とはいえ、かけてくださる言葉には重みがある。


生きてきた道のりって、平坦なわけではないから。特に戦争の体験もある世代の方々だから、ご苦労されたお話も色々ある。


介護は十人十色


私は、介護のために施設に通いましたが、介護で仕方なくというより、施設で働く方々、入居者さんたちにも、癒されていたのかな、、と思う、


毎日は、大変ではありましたが、大変だけではないものがたくさん。


貧乏くじ引いたような介護生活、、と言われたらそうかもしれないけれど、長い長い介護生活ではありましたが、貴重な時を過ごした気がする。