なにが幸せかなんてわからない | 頑張る介護のその後は?

頑張る介護のその後は?

20年近い介護生活が終わりました。

子育ても平行し、また、途中で配偶者が亡くなる、、


結構ハードな介護人生だった。

介護終わって思うことがたくさんある。これから介護する人、されるかもしれない人に、知っていただきたいことを色々書いていきたい

今日は肌寒いですね、、、


温かくしてお過ごしください。



母の日がいよいよ、、となり、カーネーションがあちこちに!


うちは昨年母が亡くなり、カーネーションはお墓に、、、です。



車いす生活が長かったので、お水替えたりはできないので、毎年アレンジメントフラワーをプレゼントしていた。

これなら、コップの水をあげたりできますから。



右手足麻痺、、、


脳卒中は、この麻痺が恐ろしい。


ある日突然倒れて、前の日までは普通なのに、この日を境に障がい者になる。


右手が、ある日突然動かなくなり、左の手の訓練を重ねて、生活が左手のみでできるようにする、、



というリハビリをしましたが、絶対右は動く!と言い張り、決められたリハビリメニューをしなかった。


お医者さんいわく、この状態で、右手の機能が回復した人はいない、、

と、、カルテには、廃用手と、、



まだまだこれからという人生、、60で倒れたからね、、、亡くなるまでずっと、これからという時に倒れた、、


何にもできなくて、、と、何度も何度も言っていた。



だけど、感覚や価値観が変わったのか、父との関係は良くなり、一緒に野球や相撲のテレビを見たり、、、


元気なときは、野球も相撲も見ていない、、


だから、共通の会話の話題がないから、あまりおしゃべりしていなかった。


だから、なにが幸せなのかはわからない、、と思う。



私もシングルマザーになり、死別だから、悲しい別れと、準備もないままに、厚い壁にぶち当たりまくりの就活と社会復帰。


正直、なんでここまで?と言うくらい過酷な10年でした。


だけど、それが、未来へとつながるのかな、、


苦労して、寝る時間削って勉強したりして、、、


なんとかシングルマザーがいきなり社会復帰したにしては、普通っぽく働いている。


下を見たら切りが無い。

上を見ても切りが無い。


だけど、どうせ見るなら上を見て歩いていたいかな、、、


今の状況に感謝しで、またさらなるステップアップを地道に歩む。

まだまだ勉強しなくちゃね。

喉の調子が悪くて、発熱しないように、早めに寝てみた。


シングルマザー歴は、.10年になろうとしているけど、時代は10年で変わりましたね、、、

スマホが普及したり、、地震があったり、、

リーマンショックのときに病院にいたから、当然変化はしているけど、改めて考えると、重い10年でした。

亡くなった夫の名前を検索すると、活動してきた足跡が見える。


今生きていたら、やりたいことが沢山あったよね、、と思う。


今生きている私は、少なくても何かできる可能性を持っている。生きている人なら、みんな可能性がありますよね。


良い方向に繋げていける可能性を広げて、より良く生きていければ良いな、、と思う。