支える気持ち、忘れちゃいけない! | 頑張る介護のその後は?

頑張る介護のその後は?

20年近い介護生活が終わりました。

子育ても平行し、また、途中で配偶者が亡くなる、、


結構ハードな介護人生だった。

介護終わって思うことがたくさんある。これから介護する人、されるかもしれない人に、知っていただきたいことを色々書いていきたい

今年でシングルマザー歴は10年。


喪主を三回もやりました、、、


夫と両親の分ね!


夫が始めてだったから、良く分からなくて失敗たくさん、、、嫁がいきなり喪主になるのは大変、、、



二回目、三回目は気持ちに余裕がありましたが、やはり、介護が終わると、気持ちがガクンと落ちる、


ミッション終了したあとの、自分の生き方がわからなくなる。


これ、長年介護してきた人は、みんなここでつまづくのではないかな、、、


生きてる意味が分からない、、やることは全部やりましたから。必要がないのよ、私は,,


シングルだから、支え合う人も居ないし,子供達は自力で生活できるよう、私は控えてないといけないし、居なくなっても大丈夫かなと。


夫婦生活18年までは行かず、、、中途半端で神様はもうおしまいと、私ではなく、夫を連れて行きました。


癌と診断されたときには、二人で話を聞いた。待合室では手を繋いで順番を待った。


一緒に聞けるのは心強いと言っていた。


こんな時こそ、私が頑張らないと!と思った。


一緒に闘う!そして、、、最期の時も一緒に迎えた。


他の人じゃなく、私と結婚できてよかったって、他の家族や看護師さんに話していたらしい。


親の介護も、がんばりました。ご飯作るのもがんばりました、、、


子育てだってがんばりました、、、


ダブル、トリプルとなる介護もしながら、夫も看取り、、、がんばりましたよ、、、



結婚は、お互いの人生を背負い合うこと。


幸せって、作ってもらうのではなく、一緒に作るもので 努力も頑張りも必要だと思う。


だから、簡単ではないですね、、



でも、幸せを一緒に作れるソウルメイト、、、


居る方が幸せかも。


母の介護なんかしないはずの父が,案外頑張り,ご飯作ったり、洗濯したりしていたし。


母は体が不自由ですが、頭はしっかりしていたので、色々アドバイスもできたし。

認知症や、意識不明などではなく、コミュニケーションが取れる場合、老々介護の時間は、穏やかで、実はきずな深まる大切な時間なのかもしれない。


私も夫を看取りました。

40代前半でしたから、私もまだまだ至らない点がたくさんあるお子ちゃまでした。

でも、余命宣告されて、最後まで幸せと思える時間を過ごさせてあげたいと、何があっても毎日病院に通い、穏やかな時間を過ごした。


最期が近いと、なんか、神様が迎えに来るからかな、、、え?こんなこと言ったら怒ったよね!、



こんなことしたら激怒では?ってことも、怒らなくなる。不思議なほど穏やかな人になる、、、

だから余計に穏やかな時間になる。


その穏やかな時間を楽しみにしてくれる。
だから、毎日病院に通いました。


支え合い、、、やっぱり大切なんです。


介護なんか面倒、、、そんなことできないし、、では、やっぱり支え合えないし、、、


愛してるは、言葉にするのは、実は簡単、、言えば良いから。

だけど、態度で示すのは難しい。


高価なプレゼントも、それはそれで心がこもっているかもしれないけど、態度で示す方がずっと大変。


夜のお店の女性には、高価なプレゼントされる方は多いけど、倒れて寝たきりになったら、介護なんかすることも、されることも無いわけだし。


そういうお付き合いではないわけですよね、、


目に見えるものより、見えないものが大切だと思う。



熟年離婚カップルもたくさんいらっしゃるし、夜のお遊びが大好きな男性もたくさんだけど、、


倒れたら、、、誰が何をしてくれますか?


病院で、ひとりぼっちで、面会もない、、私はそうやって10日くらい入院していましたが、寂しいものです。

痛みが激しくて、辛いけど、心はもっと辛くて、末期胃がんで苦しんだ夫の病院な毎日通ったのは、やっぱりよかったと思った。


だから、母の施設にも毎日通ったし!


支える気持ちはあるけど、支えてはもらえそうに無い。


だけど、やっぱりそんな気持ちは忘れちゃいけない!