喪主を三回もやりました、、、
夫と両親の分ね!
夫が始めてだったから、良く分からなくて失敗たくさん、、、嫁がいきなり喪主になるのは大変、、、
二回目、三回目は気持ちに余裕がありましたが、やはり、介護が終わると、気持ちがガクンと落ちる、
ミッション終了したあとの、自分の生き方がわからなくなる。
これ、長年介護してきた人は、みんなここでつまづくのではないかな、、、
生きてる意味が分からない、、やることは全部やりましたから。必要がないのよ、私は,,
シングルだから、支え合う人も居ないし,子供達は自力で生活できるよう、私は控えてないといけないし、居なくなっても大丈夫かなと。
夫婦生活18年までは行かず、、、中途半端で神様はもうおしまいと、私ではなく、夫を連れて行きました。
癌と診断されたときには、二人で話を聞いた。待合室では手を繋いで順番を待った。
一緒に聞けるのは心強いと言っていた。
こんな時こそ、私が頑張らないと!と思った。
一緒に闘う!そして、、、最期の時も一緒に迎えた。
他の人じゃなく、私と結婚できてよかったって、他の家族や看護師さんに話していたらしい。
親の介護も、がんばりました。ご飯作るのもがんばりました、、、
子育てだってがんばりました、、、
ダブル、トリプルとなる介護もしながら、夫も看取り、、、がんばりましたよ、、、
結婚は、お互いの人生を背負い合うこと。
幸せって、作ってもらうのではなく、一緒に作るもので 努力も頑張りも必要だと思う。
だから、簡単ではないですね、、
でも、幸せを一緒に作れるソウルメイト、、、
居る方が幸せかも。
母の介護なんかしないはずの父が,案外頑張り,ご飯作ったり、洗濯したりしていたし。
母は体が不自由ですが、頭はしっかりしていたので、色々アドバイスもできたし。
認知症や、意識不明などではなく、コミュニケーションが取れる場合、老々介護の時間は、穏やかで、実はきずな深まる大切な時間なのかもしれない。
私も夫を看取りました。
40代前半でしたから、私もまだまだ至らない点がたくさんあるお子ちゃまでした。
でも、余命宣告されて、最後まで幸せと思える時間を過ごさせてあげたいと、何があっても毎日病院に通い、穏やかな時間を過ごした。
最期が近いと、なんか、神様が迎えに来るからかな、、、え?こんなこと言ったら怒ったよね!、
こんなことしたら激怒では?ってことも、怒らなくなる。不思議なほど穏やかな人になる、、、
だから余計に穏やかな時間になる。
その穏やかな時間を楽しみにしてくれる。
だから、毎日病院に通いました。
支え合い、、、やっぱり大切なんです。
介護なんか面倒、、、そんなことできないし、、では、やっぱり支え合えないし、、、
愛してるは、言葉にするのは、実は簡単、、言えば良いから。
だけど、態度で示すのは難しい。
高価なプレゼントも、それはそれで心がこもっているかもしれないけど、態度で示す方がずっと大変。
夜のお店の女性には、高価なプレゼントされる方は多いけど、倒れて寝たきりになったら、介護なんかすることも、されることも無いわけだし。
そういうお付き合いではないわけですよね、、
目に見えるものより、見えないものが大切だと思う。
熟年離婚カップルもたくさんいらっしゃるし、夜のお遊びが大好きな男性もたくさんだけど、、
倒れたら、、、誰が何をしてくれますか?
病院で、ひとりぼっちで、面会もない、、私はそうやって10日くらい入院していましたが、寂しいものです。
痛みが激しくて、辛いけど、心はもっと辛くて、末期胃がんで苦しんだ夫の病院な毎日通ったのは、やっぱりよかったと思った。
だから、母の施設にも毎日通ったし!
支える気持ちはあるけど、支えてはもらえそうに無い。
だけど、やっぱりそんな気持ちは忘れちゃいけない!