やることはたくさん、、、できてないこと、たくさん、、
お部屋のお片づけ!とか、しっかりすべき時期なのはよくわかるけど、、そして、少しずつは頑張ってるけど、、
やはり、長すぎる介護生活、、、ベクトルをそちらに向けすぎて、あとは生きていくため、生活するための付属品みたいになっていた、、
太い、メインのベクトルがなくなり、その補助線みたいなものを、メインに変えていかなくてはならない。
仕事、、、しっかりせねば!!!!
先日言われた、、、、焦りすぎだからと。
なんとかなる!道は開けてくるから心配ない!
え~?!、、、、
占いだと、私は晩年幸せらしい。
だけど、もう晩年に足を踏み入れたのに、、、なんか、ド~ンと苦労が押し寄せてきた感じがある。
しかし、、長年苦労してきた介護生活に終止符、、、
多くの方から、亡くなったのは、辛いこと、残念なことだけど、でも、私から介護という重い負担が亡くなったのは、良かったことだと思うといわれる。
長すぎた介護生活、、自分だったら、、
また!自分の子供だったら、、と、思いを巡らせると、やはりそんな言葉が出てくるのかもしれない。
自由にのびのび仕事をされている人ほど、介護生活の実態が見えない。
っていうか、介護に振り回される気持ちを理解できない。
仕事できなくなるなら、人任せにしたら良い!
馬鹿みたいに抱えなければ良い!
理屈はそうです、、、だけど、、、
車いす生活になって、御手洗も大変、、、ご飯は作れないし、買いにも行けない、、、
くらいでは、なかなか施設には入れなかったりするし、独り暮らしや老々介護、、、やはり家族のフォローも必要で、他人任せだけでは無理なところもある。
ちょっと待って!ができなくて、急変したら!今すぐの対応が必要となるから、仕事を中断、キャンセル、、、、するしかない場合も多々ある。
親の数だけ、緊急事態がある、、
くらいの覚悟をしないと、介護はできない。
自由に働けなくなると、親が生きていることが疎ましくなることもある。
みんな自由に働いているのに、自分だけ取り残されたみたいな、、
そんなことを、思う自分が悔しいし、情けなくなる、、
介護はその繰り返しだった気がします。
介護が無くなって、、、楽になった?
良く言われる。
確かに、時間気にせず残業も引き受けられたりするし、夜に友達とご飯を食べることもできるようになった。
休みの日には、病院に薬を取りに行ったり、往診に立ちあうこともないから、一日使えるようになった、、、
だから楽かと言われたら、、
なんか違う。
そういうことがあるから、頑張らなくちゃと思って、三十年近く、それが原動力だったかも、、、
もう、必要ないか、,と思うと、次に頑張る何かを持たないと、、、、何のために明日があるか、よくわからなくなる。
長年介護してきたから、いざ社会復帰を本格的に!と思っても、年を重ねてしまうと、そんなことにさえ、壁がある。
また苦労、、、
介護は、どこまで人生を壊していくのかな。
捨て身でやれば,何でもできる!
そうおっしゃる方はたくさんいらっしゃる。
特に成功されている方は、よくおっしゃるかな、、
でも、今まで捨て身で、全部捨てて生きてきて、さらに捨てる物がある?まだ捨てる?
やりたいことを、捨て身で頑張るのは、ある意味楽しい!
でも、お金にならない、成功も何も無いことを、捨て身でやり続けることの意味、、、
こういう方には理解できないかなと思う。また、そういうことを背負ってしまうことを、お人好しのお馬鹿さんと思うかな、、
でも、逆に、介護されないと生きていけなくなったら、、、人任せにされ、家族には相手にされない、全然面会にも来ない、、そのまま最期に、、
を、寂しいと感じるんだろうな、こういう方々は特に。
成功しているときは、チヤホヤされていたのに、誰とも話さないまま寝たきりとか、、、
寂しいですよ、誰でも。
預けることは良い、でも、やはり放置ではなく、時には面会、、必要ですよね。
幸せな人生ってなんだろうな、、と、介護が終わると考えてしまう。
でも、残された者は、やはり去って行った人の分まで頑張らないといけない、、、
頑張らないと!が、なんか切ないな、、と、母の死後思った。
幸せに、介護なんて無縁で、逆に助けてもらいながら、ささえてもらいながら、育児や仕事ができる人がたくさんいる。
私はなんだ?と、、、二十代からの介護人生を振り返る。
これを乗り越えたことが、強みにならず、弱みになる世の中、、
なんか悔しいし…
強みであるためには、何をしたら良い?どうする?これから!
今一番の悩みだ!
今まで同様に働く?飛び出す?
新しい事を始める?、、、
介護の後は、また試練、、、そのあとは、ド~ンと幸せが来るのかな?!