介護生活と自分の老後の心配と、。 | 頑張る介護のその後は?

頑張る介護のその後は?

20年近い介護生活が終わりました。

子育ても平行し、また、途中で配偶者が亡くなる、、


結構ハードな介護人生だった。

介護終わって思うことがたくさんある。これから介護する人、されるかもしれない人に、知っていただきたいことを色々書いていきたい

冷たい雨が降る朝。

どんよりした空の色。

なんかテンション落ちる気がしちゃいますね。


昨日は、神戸や淡路島のお土産を頂き、ご飯の後に、ヤバい、とは思いながら、お菓子食べて、、、、


なんか、寄り道もしない、遊びにも行かない、全て後回しで、とにかく介護!は、、、、

振り返れば、なんて生活をしていた?と、思う。


足のむくみが取れたのか、靴のサイズが、ほんの一ヶ月くらいで変わるくらい、足が小さくなった。


生活がぐちゃぐちゃ過ぎたね、、、


帰宅してから、シチューとか、カレーとか、煮込む料理ができるようになった。


今までは、ささっとできないと、ご飯がどんどん遅くなってしまうから、手抜きかもしれないけれど、簡単なものが多かった。

休みの日には、また、気合い入れたいときなどは、ちょっとだけ、母のところにいく時間を遅くして、揚げ物などを作ることもありました。


介護生活は、どの位介護に関わるかで、また、介護に関わる人の人数により、生活レベルが変わる。


うちは、父が生きていた時は、私と父で、、父の亡き後は、私が、、ではありましたが、施設の力を借りたから、まだ少し楽でした。


簡単には、施設入居はできないし、車いす生活くらいのレベルで、認知症も無ければ、高い要介護認定も出てこないので、簡単には施設入居はできない。


でも、吸い寄せられるように、近所の施設にお世話になれて、さらに、私が通って介護ができるようにと融通も利かせてくださり、有り得ない形での介護の実現ができた。

そして、転職も、もう無理と考えていたのに、介護可能な働き方ができる会社に、入ることができた。

介護のための流れができていたのかな、、


在宅介護は、最後まではできなかったけど、でも、最後の一番弱くなっていた時期に、使いやすい施設に居られ、外出しやすい環境で、お買い物にも行きたいと思えたり、、、


神様は母の見方だったのかな、。


介護を終えて、、、神様は、次はどこに行っちゃうかな?


頑張って介護をしたから
報われるって訳では無いのが現実というもの。


通常の、みんながしている生活には、なかなか簡単には軌道修正できない。

介護は、、社会的にはブランク。仕事ではないのだ。


趣味や遊びを頑張っていたのと変わらない。履歴書には書けないし、評価されるようなことではない。

逆に、長く頑張りすぎるのは、社会復帰を余計に難しくしてしまう。


そんな介護生活を長くやり、みんなは徳を積んだね!と言う。

徳を積んでも、この世では評価されないよね!生活には、直結しないよね!、、



リアルな話をしてしまう。つい、、



仕事辞めたら、ボーナスも収入もなくなって、、


正社員から介護生活に転落してきた人は嘆く。主人のお金を使わせてもらうのが、罪悪感、。


パートさえできなくなると、そんな気持ちも有り、自分のものを買わなくなる。

だから介護が終わると、老婆みたいになってしまう人も居る。


それを、徳を積んだ、、、と、言っちゃうかな、、と、いつも思う。


幸せは、笑顔の人のところにくる。

お金は、お金を持つ人のところに集まる、、、


では、頑張って自分捨てて介護している人のところには何が来る?



もい、マイナスのイメージしかないなら、介護は、地獄みたいな世界になる。


子供なちに、想像したような世界を体験させるかもしれない。


元気に年を重ね、老後の心配をしなくても良いような年を重ねたい!


それには、介護に対する意識を変え、介護の先の事まで考えた世の中を作らないといけない。