まだ離乳食を作っていた頃は、90歳から離乳食までと、幅広い年齢層の食事を八人分作りながら、公園に通った。
とにかく、誰とでも接することができる、社交性のある人、コミュニケーション能力の高い人になるようにと、育児サークルも掛け持ちした。
リーダーとなっていけるようにするために、自分もと、イベント企画して、子供たちにも手伝わせて、ランチ会など、色々やってみた。
幸い当時は、義父が義母の介護をしてくれていたから、私はそんなに苦しむような介護をしなくてもよかった。
だから、嫁として何にもしないと言われるのでしょうが、八人分の食材を買いそろえ、ご飯を作るだけでも、育児中は大変なこと。
四十度の熱があっても買い物に行き、
ご飯を作ることも多々あった。
できるの?できないの?どっち?できないなら、実家の親にはできないって言わないと!と、夫に言われるのもいやで、無理もした。
座り込みながらご飯を作る日が何回あったのかな、、、、
子供が大きくなり、まだまだ夫の実家のご飯を作る日々、年末は、私の母も倒れてご飯を作ることができないため、おせち料理と年越しそばは、私が用意した。
だから、3時くらいに起きて煮物とかして、8時前には出て、実家に行き、おせち料理渡してから、天ぷら作り、さらに、お雑煮の汁だけを作り、年越しそばを食べさせて、それから帰宅。
休む暇無く、自宅の天ぷら作り、年越しそば作り、夫の家族に食べさせる、、、
ある年は、おそばをゆでながら出し、足りなくなると、また茹で、、、としていたら、おそばも天ぷらも完売、、、、私の分、少しも無くて、、、、(T_T)
カップ麺食べた年もありました。
嫁なんてそんなもの、、、私の分を気にした人は、誰一人居ないし、無くなったけどと、気にした人も居なかった。
まあ、、、そんなものだよね、、、
男の子は、そういうところに気を使えない。嫁を大切にする子供たちを育てたい!!と、母子家庭となってからは、多分うるさいくらい、色々言ってきた、、、
奴隷じゃないよね、お嫁さんは!と。
お互い幸せになるために結婚するのだ。楽するための道具じゃないよ。後は宜しく!ではない。
幸せになるためには、気を遣うことも必要。で、男の子のお母さんは大変!子供たちにも、気を使える人になるようにと教育が必要!
だけど、、、うまくはいかないね、なかなか、、、
特に後半戦の育児は、介護もバタバタがひどくて、放置してしまったもんね、、、足を引っ張る老後になるなら、、、と、不安になる。嫁という他人に、この苦労はさせられないよ。