だけど、こういういつも同じ!みたいな毎日こそが幸せで、アップダウンがあるのは、良いことではない。
ありふれた日常こそ、最大の幸せ!
しかし、、、毎日母の施設に通うことが、平凡な生活かと言えば、ちょっと違うかもしれない。
それなりに頑張っている毎日!それならば、頑張っていられることが幸せ!
ものは考えようで、いくらでもポジティブに考えることができる。
それを、きれい事と言うのかもしれない。
きれい事でも、ネガティブになるよりは良いのではないかと思う。
同じもの、同じことも、捉え方次第で、気持ちは変わるもの。
そういう気持ちをポジティブにする考え方をすることで、困難を乗り切ることもできるようになる。
究極のポジティブ!と、子供たちは言う、、そうでもしないと、、、一つ抱えても乗り切るのが大変なことを、いくつも抱えてしまった死別後に、この世にいることを諦めたと思う。無理すぎる、、、
でも、とりあえず生きてるしね!
きれい事、、、みんなわかっていてのポジティブな考え方をして、頑張って乗り切っている、
その考え方を、きれい事と批判する人もいる。馬鹿じゃないかと言う人もいる。状況によっては、こんな時に笑っていられることが信じられないと批判する人もいる。
きれい事にする気持ちを察してもらいたい!
悲しみや、苦しみを抱えるのは、一人ではない。
死別の場合は、故人の配偶者や子供など、生活を共にしていた人が一番大変というわけではなく、親や兄弟も大変なショックを受けている。
精神的に強いのか、弱いのかで、乗り越える力が変わり、誰でもがこの壁を乗り越えることができるわけではない。
悲しいのは、一人じゃない!
苦しいのは一人じゃない!
だけど、、、、生活の基盤を失い、生活そのものが変わってしまう人が、やっぱり大変。そこは、どんなに苦しくても、察するのが大人かなとは思う。なかなかできないことですけどね。
私が先に死んだら、多分親族が批判されたな、、、使えない嫁だった。やっぱり病気になったし!ダメだな~と。頑張ったなとか、ご飯おいしかったな、、とか、、、言ってはもらえなかったよね、、、、
居なくなってしまったら、私のことを肯定的に考えてくれる人はいただろうか、、、、
そう考えると、頑張って、存在している意味を見つけ、人のためになるような生き方したいな、、と思う。