施設から一時帰宅は大苦戦! | 頑張る介護のその後は?

頑張る介護のその後は?

20年近い介護生活が終わりました。

子育ても平行し、また、途中で配偶者が亡くなる、、


結構ハードな介護人生だった。

介護終わって思うことがたくさんある。これから介護する人、されるかもしれない人に、知っていただきたいことを色々書いていきたい

あけましておめでとうございます!
今年も宜しくお願い致します!

年末、施設では夜勤に入れる人がいないとのことで、あ一時帰宅することになった母。

2年前に来たときより元気です!
お手伝いしますから!

と、一時帰宅するように言われ、使っていなかった部屋を掃除して、シーツや枕カバーなどもさ洗濯し、介護用ベッドも、空気が良い部屋に移動させ、段差有り、車椅子のままの入室が無理なので、リフトをレンタルしたりと、、、もう12月の休み全てを母のために使いました。

            
おせちもある、そして往診や薬取りに行くなど、通常業務もあるから、、、もう朝から晩までバタバタで、さらに毎日の母の面会もあるので、体は一つでは足りない、、、


お手伝いしますから、、といわれ、家まで連れてくるのに、付いてきてくださるのかと思ったら、他のスタッフさんはいらっしゃらず、まだ残っている利用者さんがいらっしゃるから、出ては来られない。

一人で車椅子押して帰宅、、、



これがめちゃくちゃ大変なんです!!



まず、施設から家までは、ほんの三分程度ですが、歩道を通り、信号渡る。それだけでも、本当に大変なんです。


車が入るから歩道は所々段差を無くしています。そのため、坂になっていたり、車道に向かっての緩やかなスロープとなっているため、歩道を歩く人にとっては、そのスロープに垂直に歩みを進めるため、車いすで通過すると、車いすが斜めになります。坂道を横切るみたいな形になりますからね。

緩やかなスロープとはいえ、車いすは傾く。それを支える、、、それが短距離なのに、何カ所もある。

さらに信号は、歩道から段差を下り、横断歩道を渡り、また段差を越えて歩道に入る。無意識にやっていますが、車いすでは同様にはいかない。段差を越えられないから、ボタン押して、段差の無いところまで移動し、渡るわけです。大変なんです、これ!

ボタン押すと、すぐに色が変わるのはありがたいのだけど、移動が間に合わない!車いすでの移動の大変さを実感!息切れしまくり。我が家は坂もあるし、砂利道を越えなくてはいけないし、、、力仕事でした。


結局帰宅時もお手伝いなく一人でやりました。

資格取り、おむつもできるようになったから、自宅でもなんとかなりましたが、おむつ一つも、やはり簡単ではないです。漏れない付け方は案外難しいのか、ヘルパーさんたちも失敗を繰り返しながらの今がある。

介護もやはり経験と積み重ねだなと思う。


在宅では、もう自分の時間は捨て、母がゆっくりできるように、かなり頑張りました!

なので、2時に施設に戻る予定でしたが、1時間半遅らせた。もっと家に居たかったみたい。

しかし、前よりお元気と言われたけど、確実にできないことが増えていてびっくりした。

水道の蛇口がひねれなかった。
御手洗も、介助が必要なのに、狭くて私が入れず、出てきてから服を直す必要があった。家に居た頃は、御手洗も水道も使えていた。できなくなっていることを実感した。元気です!ではないよ、、、不自由が無いところにいるからの今!元気になったのではない!不自由がは減っただけだよ、、、

その違いを痛感し、だんだん衰えていることを実感した。

上向きではないんだよね、、、

みんなで食事とか、みんなで旅行とか、そういうことを、まだまだできている方々がうらやましい。歩道を歩くだけで一苦労。
普通の車にも乗れないし、その辺で御手洗!なんてこともできないし、泊まりなら、部屋に車いすで使える御手洗が必要だ。

何をするにも苦労が伴う。しかし、外出も大切と言われて、食事だけでも!と、あちこち行く。

体力、行動力、忍耐力、、

これだけは介護には無くてはならない!