綺麗!いいなぁ~!うらやましい!などと、眼震を初めて肯定されて、まさかのうらやましいなんて言葉まで頂き、見る人により、感じ方は色々なんだな、、と思った。
大人になり、親になり、振り返って思うこと。当時は、気持ち悪いとか、死んじまえみたいな言葉に傷ついていたし、家族の理解が無いことにも傷ついていた。努力すれば治るものでもないし、どうしてよいかわからなかった。
ただ、そんなにみんなを不愉快にさせてしまうなら、居なくなりたいなと強く思っていた。いなくなりたい、いなくなりたい、、でも、また朝が来てしまう、、そんな毎日が辛かった。
好かれるとか、モテるとか、そういうことは一生あり得なくて、嫌われたり、気持ち悪がられて一生が終わる。だから、結婚もないし、子供を持つなんて事はあり得ないと思っていたけれど、大人になると、それは違うよね!と思えるようになる。
大人にならなければ、なかなか、あの状況では思えなかったかな。友達もそれなりにいるように、親や先生には見えたよね。でも、ずっと孤独感じ続けていた。かなり強い孤独感で、家でも学校でも、やっぱり孤独だった。
親の目からは見えない、子供の心理、、ですね。
親の立場になり、気持ち悪いとか、死んじまえに、実はあんまり意味が無く、そういうことを口にする人にこそ、淋しさや不満があるように思う。たまたま弱者が不満のはけ口になっただけ。だから、気にすることも無いはず、、だけど、そんなことはわからないから、気にしまくるよね、子供は。
また、どんな人でも愛されるものではないのか。失礼な言い方ではありますが、超美人だけが結婚できているわけではないですよね。かなりのぽっちゃり体型でも、そういう体型が好きな人もいる。顔も、そういう顔が美人さんより好きと言う人も居る。見るのは顔や体型などではないのでは?障害があっても、幸せな結婚をする人もいる。
不自由があっても、目立つ傷や、手術のあとを気にされる人も多くいらっしゃいますが、それもあんまり関係ないのかな、、とも思う。
私は目が悪いだけでなく、子供の時に病気で湿疹ができ、きれいに治らず痕があるし、足の関節が外れて生まれたので、痛みが来ることもあります。
でも、結婚はできました。死別しちゃったけどね、、、
でも、あざがあるよ、足も悪いよ、目も悪いよ、、、(性格もだろ?!)それでも良いのかと、何度も聞いた。関係ないよと、、
そういうものじゃないの?と言われた。
地位や名誉、お金や財産、学歴や容姿容貌などだけを高く評価し、結婚相手を選ぶ人もいる。
そういう場合は難しくなるかもしれないけど、そんな人と結婚して幸せ?とも思う。
いじめに遭ったりすると、自分を過小評価してしまう。でも、価値が無い人なんて居ないよね。
近くにいる家族など、身近な人が、この孤独から救ってあげられたら、、でも、理解してるよ!は、なかなか伝わりにくい物だ。
つづく