暮らしと読書:『飾りと遊びのゆたかなかたち』読み終わる
1時45分に寝て9時45分に起きる。午前中はずっと疲れている。家の中の移動でも息が切れる。喘息かな。 洗濯2回。動きすぎな気もする。 風呂も入る。懸案の髪を洗ってきた。多発性筋炎で入院中は髪は洗ってもらっていた。当時はシャワーだけでも相当疲れて、病室に戻って来てから30分くらい休んだりもしたが、今では普通に湯船につかってきちんと体を洗い、部屋に戻って30分くらい休んだりしている。普通に風呂に入れるだけの力が欲しい。[オリンピック]*女子パシュート準々決勝*男子スピードスケート500m、途中まで[読書]芸術教養シリーズ2 日本の芸術史 造形篇II『飾りと遊びのゆたかなかたち』 何とか読み終わった。時間の関係と能力不足で短くまとめられなかった。第15章 近代の胎動 ― 幕末から明治時代前期まで*幕末から明治前期の動向 幕府の庇護を受けていた狩野は大きなダメージを受ける一方、町絵師たちは道を切り開いていく。柴田是真は漆芸と絵画の両面で活躍する。浮世絵では「横浜浮世絵」や「新聞浮世絵」が登場する。主に歌川派の絵師たちが活躍した。*明治前期の国家政策と美術 明治政府の神仏分離令を契機に、多くの寺院が破却され、仏像、経典、仏画が棄却あるいは流出した。このような事態を受け「古器旧物保存方」が布告される。古器旧物保存は後に殖産興業に結びついていく(ウィーン万博で古器旧物や陶磁器の人気による工芸品の輸出振興)。 アーネスト・フランシスコ・フェノロサとその教え子、岡倉覚三(岡倉天心)や上司の九鬼隆一により、「古器旧物」は「日本美術」となる。 フェノロサや岡倉天心の伝統文化の保護育成は、明治22年(1889年)東京美術学校の設立につながる。開校当初は絵画は日本画のみ、彫刻も伝統的な木彫のみが教えられた。 フェノロサは狩野派の狩野芳崖を見出して、東京美術学校絵画科の主任教授に任命、しかし芳崖は開校前に死去。同じ狩野派の橋本雅邦が主任教授になる。雅邦の門下からは横山大観、菱田春草、下村寒山、西郷孤月、川合玉堂らが排出した。 洋画に関しては明治9年(1876)に官立の工部美術学校が開設されるが、明治16年に閉校。ここでは山本芳翠、五姓田義松、浅井忠、小山正太郎、松岡壽 、神中糸子、山下りんらが学ぶ。 京都では、明治13年(1880年)、日本初の公立画学校として京都府画学校が設立される。東宗(大和絵諸派、丸山四条派)、西宋(西洋画)、南宋(文人画)、北宋(狩野派、雪舟派)の4科でスタートする。 彫刻では高村光雲が特筆される。住友家発案、宮内庁にj献納された〈楠木正成像〉は光雲ら東京美術学校関係者が中心となり制作した。[英語]*速読英熟語carry out carry out one's duty, carry out a task, carry out a review など辞書にコロケーションが沢山載っている。馴染みの言葉なんだろう。日本語だと、実行する、果たす。英英辞典では、to do sth that needs to be organized and planed だったりto do and complete a task だったり。complete は out なんだろうな。to do の後のbe organized and planed に、なんでも実行すりゃいいってもんじゃない、が現われている。in case of ~に備えて。~は災害や事故など宜しくない事が多いようだ。また例文を読む限り突発事態が基本であろう。in case of your birthday など言わないと思う。英英辞典だとparticular situationとある。 星新一がアメリカのヒトコマ漫画を紹介した『進化した猿たち』、「非常の際は」を思い出した( 漫画の中で の英文はin case of … だったと思うが手元に本がない)。