なんとなく、庭に出てみたくなり
雑草取りをすることにしました。
私が住んでいるのは
古い賃貸アパートですが
1階ということもあり
部屋の前に、土が広がっています。
実家にも庭があり
幼い頃から、植物がとても身近にあったので
初めてこの部屋を見に来たとき
部屋というより
この土の広がる光景を見て
「ここに住もう」
そう決めたのを覚えています。
ガーデニングなんていうほど
いくつも花を植えてはいませんが
ラベンダーやレモンバームなど
ハーブを少し植えています。
気が向けば
ミニバラや紫陽花など小さな鉢植えなども
楽しんでいます。
雑草取りをしながら
その季節季節の気配を感じて
植物と触れ合う
毎回驚くような発見があり
そんな時間は
私にとって、とても心潤う時間です。
今日は、こんなお客様が!
見えますか?
写真中央に、縦に伸びる物体。
もういつ振りなのかわからないくらい
久しぶりに見ました。
カマキリです!
なんだか嬉しくなって
ひととき、一緒に過ごしたくなり
カマキリの居る一帯は、雑草を取らないことにしました・笑
大きな樹から少し離れた場所で
ひっそり燃え上がる、こんなちいさな秋を見つけました。
近くには
木の実らしきものが転がっていました。
こんな季節に?
目を疑ってしまいましたが
これも木陰で静かに咲いていた花。
つゆくさ、です。
なんて、奥ゆかしいんだろう・・・
目が釘付けになりました。
花が終わった鉢、土だけだった鉢に
ちいさな芽の絨毯が出来ていました。
いったい、いつ、芽吹いてたんだろう・・・?
植物は
そっと芽吹いて
そっと花咲かせ
そっとタネを実らせ
そっと散っていく
誰の目も
誰のキモチも関係なく
ただ自分の命を生きて
土に戻っていく
そんなありのままの姿を見ていたら
ただの雑草でさえも美しい
そう感じました。
人が手を入れて
きれいに整えられた植物も綺麗だけれど
私は、大地に根を張り
ただ生きている、植物の姿
きらびやかさなんてないけれど
可憐で素朴で
そんな植物の姿がとても愛おしいです。
そんな姿を目の当たりにしていると
情報の洪水と便利さの中で
あれもこれも・・・・・
何かを揃えて
暮らしを彩ってみたり
これがなきゃ、あれがなきゃ
自分の生き方のブレを感じ
等身大の暮らし方、というものに
自然と立ち帰ることが出来ます。
もし、望むものが全て手に入って
目の前に揃ったとしても
必ずしも、幸せとは限らない
心が、本当の豊かさを感じていなければ
きっと何を手に入れても
何が手に入っても
ちっとも幸せなんかじゃない
必要なものは、全て、揃っている
ずっと温かい家庭の雰囲気に飢えてきました。
ともすると
その飢えた場所を
お金で得たものや周囲からの評価、
そんなもので埋めようとする自分がいます。
けれど良くしたもので
それは、違うのだ、と
草花は、いつも私に教え続けてくれています。
私の、心の底の声を、届けてくれます。
満たされなかったからこそ
曲がるのでなく、立ち向かいたい
痛みや哀しみ、孤独
それらを温もりに換える、道を進みたい
本当に、遠回りばかり、だけれど
もし、どんなにその道のりが険しいものであっても
いつか、必ず、全て乗り越えて
大切な人に出逢い、温かい家庭を持ちたい
そんな私の命を守ろうと
たくさんの人に、たくさんのものを与えられてきたから
今度は、自分が与えられてきたもので
誰かを何かを、深く大きく包み込める自分になりたい
流れる時間にそっと自分の命をのせて
与えられた命を静かに全うする草花の姿に
ありのまま、という豊かさ
を見た私の心は
余分なものが全部削げ落ちたように
驚くほど素直になっていました。
また
自分の望む道を一歩進む、力を得たのでした。
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