「芝居道」から「三十三間堂通し矢物語」へ、② (一部変更しました) | 三条河原町のブログ

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昭和30年ぐらいまでの娯楽日本映画は、
普通の人たちの生活を実感させてくれる
タイムトンネルです。

このあと、大八郎は、自室からも出ず、誰とも口を利かず、弓の練習もやらないと、小松屋の板場で語られる。そこへ尾張藩屋敷から、星野と大八郎の弓の試合が、申しいれられ、周りは反対するが、これは、あの方との約束だからと出かけていく大八郎。

周りの心配を覆し、星野に勝ったと大喜びで大八郎はもどってくる。


そして、通し矢の当日。星野の8千本を超える事ができるかと、多くの見物人がところ狭しと、三十三間堂の矢場に集まる。

もしこの挑戦に失敗したら、父と同じように、大八郎は、腹を切るだろうと案じる人は誰もいない。ただ一人、星野勘左衛門をのぞいて・・・

見物人のすごい熱気のなか大八郎は快調に弓を打ち続け,通し矢は5千本を数える。そこで休憩の提案がなされ大八郎は休もうとする。

ところが立ち会い方の星野から、「あいや、和佐殿、またれ、ここで休むとはなんたることでござるか。 ここで参観なされている諸家の方々にも礼を欠く。そのまま続けられては如何でござるか。」と提案する。

しかし、見物人達の恐ろしいヤジが飛び交う、「卑怯者!」「疲れさせて自分の記録を破らせないでおこうという魂胆だろう」「尾張屋敷に連れ込んで試合をするようなやつの意見を聞くな」「そうだ,そうだ」・・・他の立会人らからも促され星野は黙るしかなくなる。

休憩の後、通し矢は再開されるが、矢が全く通らなくなる。見物人達も白け出す。
大八郎はいたたまれなくなり、裏へ回り腹を切ろうとする。

星野は、大八郎の世話をやく小松屋の女将に
「休んだから肩にこりが出たのだ、こうなるにきまっていたから、拙者は止めたのだ。ともかくすぐに、小刀でも笄でも突き立てるのだ。
そして、こり血を抜いてこの印籠の薬を塗りつけて,固く縛り血をとめる。
そして、星野勘左衛門を破ったものができないはずはない。
自分の持っている力を出し切れなくて敗れるのは不面目である。
父上の死をさらに汚すのか、といってくだされ。」
と言い残して去って行く。

大八郎はそのあと、3188本の矢を通し、星野の8千本の記録を破る。

立ち会い方の席には星野はいない。 三十三間堂の中で自らの8千本記録を示す額を見上げる星野。星野は、一人立ち去っていく。

長谷川一夫演じる星野は、すばらしい!

母の手前でお茶を飲み語られる・・・

「その方が、そちの八千本をやぶれば・・・」(母)
「和佐どのに変わります。私が、和佐殿の父上の額をおろしたと同じように」
「母上・・・」
「いいえなんでもありません。これが武士道の習いでしょう。」(母)




『赫々の武勲、必死泌中の体当たり敵大混乱』こんな見出しで語られていたのは,神風特攻隊の姿であった。新聞はこのように特攻隊を描き、庶民を嬉しがらせた。


一方ではこの成瀬監督のように、冷静な目で見た戦況を知りたいという人たちもいたはずではあるが、売らんがための新聞報道に踊った多くの国民の大きなうねりは、冷静な人々の発言する場をうばっていった。公の場で、冷静な発言ができない空気が出来上がっていった。軍人、政治家を含めて・・・

星野の意見を聞こうとするものはいなかった。
辻講釈師の話が面白いから、心地いいから、何の疑いもなく信じてしまうのか。

なぜ朝日新聞が、一番勇ましく戦争を煽ったのか、売らんがため大きな力の片隅に、ソ連のため 日本を、蒋介石・アメリカ(ルーズベルト)との戦争につきすすめさせようとした尾崎秀実たちの影響が潜んでいたとも言われているが、この当時はそんなことわかっているはずもなく、「勇ましゅうて、朝日読んでいたら気ぃ大きゅうなる」と言われていた朝日新聞に酔ってしまった国民の責任は大きかったと思う。

日本社会は 報道を辻講釈師から、社会への責任を自覚できる「芝居道」の興行師に育てることに失敗してしまったのではないか。  戦後も・・・


それとは全く別世界に、この時期に五体満足な日本男児として、先人から受けついだおのが命を、生きた証を、誇りを、後から続くもののために、未来の日本のために、捧げていった者たちがいた。


「・・・弓道に身を捧げる者が後の者に捧げる一里塚だ。
人間努力をすればここまでやれるという事を後から来る者のために示すものだ。
その記録に達しられぬ者は、己の不勉強を恥じねばならぬ。
先人の達したものを,後から来る者は,それを乗り越えねばならぬつとめがある。・・・」







参照:尾崎秀実らに影響をあたえたレーニンの敗戦革命とは
1)帝国主義国家同士を謀略でもって、お互いを戦争させる。
2)戦争当事国を疲弊させ、戦争による不満を充満させ、国家元首と国民を離間させる。
3)敗戦国はモラルも一気に低下し、国家元首が窮地に立たされる事で、追い落としが可能となる。
4)共産主義による新たな希望を持たせる宣伝活動と、謀略、時には暴力をもって国家元首を追い落とし、新たな共産主義国家を建国する。